2-1 お互いのこと、知れたね。
ネーレ族は月を基準にして生活する夜行性の種族と云われている。
異種族の生態調査を専門とする偉人の手記に書いてあった。
ネリメアも月が昇り始める夕暮れに起きて、月が沈む日の出と共に活動を終える。
だから、旅立ちの待ち合わせ時間も夕刻だった。
「ギルはどうして私みたいな生活してるの?」
目的地のラオリスに行くにはちょっとした山越えがある。
その山に辿り着くまでも長い。
レンガ道とは程遠いながらも荷馬車が行き来しやすいよう舗装された街道を俺たちは歩いていた。
「う〜ん……色々と理由はあるんだけど、慣れるためかな。夜間の依頼は報酬も高いし、路銀も貯まりやすい」
村を出て数分歩くだけで街灯はなくなる。
月の光は流れる雲で時折遮られるので、俺が手にするランタンが頼りだ。
「そっかぁ。盗賊退治とか?」
「ああ。でも農村なら害獣駆除だったり、商売人ならそれこそ夜間の荷物番や護衛の方が多いかな。さっきの村では水汲みやゴミの撤去なんかも頼まれたよ」
このところ雨は降っていない。
ぬかるみのない平坦な道は暗闇でも歩きやすい。
「話に聞いてたとおり、本当に何でもやってくれるんだね」
砂利混じりの土を踏み締める音が二人分聞こえていた。
歩幅の異なる、男女の足音。
久しぶりの感覚だった。
「できることは限られてるけどな」
「凄いことだよ。私にはできないもん」
「ネリメアは? 薬屋の店主と親しかったよな」
「採取した薬草を買い取ってもらってたんだ〜。他の店でも動物の素材や見つけた石を売ったりもしてたよ。採集家っていうの?」
俺を見上げるネリメアの瞳が、内から光輝くように赤い。
まだ出会って間もないけれど彼女とは何度か目を合わせていた。
もっと深く落ち着いた色合いに見えたのに。
「ネーレ族の目が役に立つんだろうな。俺も宿屋の皆も助けられたし」
種族特性や月の光が関係しているのだろうか?
「うん、そうみたい。質が良いって高値で買い取ってくれるんだよね」
「便利だな。羨ましい」
「そう言ってもらえて嬉しいな! きっと、少しはギルの役に立てるよ」
弾むような足取りが俺の歩みも進めてくれる。
「ネリメアはどうしてラオリスに行きたいんだ?」
「それ聞いちゃう? 怒らないでね?」
「ああ」
どんな理由であれ、知り合ったばかりの俺にはその資格がない。
けれども、とある危険な”噂”を知ったうえでのことだから大事な用があるはず。
「今時期にしか出回らない貴重なお酒を買いたいなって」
そう思っていたから、まず自分の耳を疑った。
「酒か……酒。あーっと、それは誰かへの贈り物で?」
「ううん。私が飲みたいの。もしかしてお酒を飲めない年齢に思ってた?」
「いや、まあ……どうかなとは思ったけど」
驚いたのは年齢の問題ではない。
ネリメアは武装をしていない。
長剣や弓、魔法使いの杖といった武器はおろか、防具すらない。
それなのに季節限定の酒を求めて不気味な噂が出回る町に向かう彼女の心情は、俺には理解が出来なかった。
けれども女一人で旅をしているのだし、彼女には何らかの身を守る術があるのだろう。
余程自信がなければ、分の悪い賭けのような旅はしないはず。
「この前は初対面だったから遠慮したけど普段はそれなりに飲むよ、私」
「なら町に着いたらその酒で乾杯しよう」
「いいね! 楽しみ〜」
足音が一歩先を行く。
スピードも跳ねるように上がった気がして、俺の歩幅も大きくなる。
「ギルは? 何しにいくの?」
「俺は噂の調査かな。俺の旅を支援してくれてる人が興味持つ話だからさ。報告も兼ねて調べてみるつもり」
互いを知るための会話。
本来なら二人旅を始める前にするべき話を、月に照らされながら続けていた。
幼馴染と夜の散歩をするくらい気さくに。
幼馴染に似て、快活で話好きな子だったから俺は素でいられた。
外向きの顔を用意せずとも悩むことなく会話ができる安心感。
話題を探さずとも俺から彼女に問いかけていた。
けれど、どちらも一歩を踏み込まない。互いの上っ面を知るような会話だった。
俺がそうするのは彼女に話したくないことがあるからで。
彼女も同様だと思った。
ネリメアに影はない。
足元が覚束なくなる夜闇の中で、月の光のように明るく俺に話しかける。
そんな彼女の鮮やかな赤い瞳は不思議と綺麗に思えた。
ルビーの宝石が嵌め込まれているのかと見紛うほどに綺麗だった。
そんな、俺にとって心地よい距離感でネリメアとの旅は始まった――




