1-5 心配してくれるなら一緒に行こうよ!
宿に着いた俺たちは一旦別れて食堂で落ち合うことにした。
薬の詰まった鞄を机に置いて、そのまま空の竹筒を手にする。
一息もつかずに部屋を去り食堂に向かうと、カウンター席の向かいにある円卓に腰を下ろした。
厨房から顔を出したマスターの奥さんに彼女と会えた旨を報告して、果実水を二杯頼む。
彼女の好みは分からないから、苦手だったら俺が飲めば良い。
食堂の出入り口からばらばらと入ってくる客にめをむけていると、見知った顔がいたので立ち上がって手を挙げた。
「俺そろそろ次の町に行こうと思ってるんです。色々とお世話になりました」
「おお、もう行くのか。俺の方こそ助かったよ。ありがとうな」
この村に来てから二度、依頼をくれた商人だ。
荷運びや大きな取引での護衛を任されて、それなりの報酬としてお金と多彩な噂話を貰えた。
「何処に行くか決めてるのか?」
「峠を越えた先のラオリスに行こうと思ってる」
「おい、ギル……「ギルもラオリスに行くの?」」
眉を寄せた商人の渋った声を覆い隠すネリメアの明るい声が俺の鼓膜を占領した。
真横にネリメアが立っていることに驚いて、飛び跳ねるように一歩退がる。
「危ないよ、ギル」
腕を掴まれて、もっと跳ねた。
「ッいで……」
酒場の盛り上がり始めた賑わいを、椅子と机がガタガタとぶつかる物音が抑制する。
椅子の背に腰を打ちつけた俺は、慌ててグラついたテーブルを抑えた。
「お騒がせしてすみません。ネリメアもごめん、驚きすぎた」
「大丈夫かー?」と多少の笑い混じりに心配してくれる客達にぺこぺこと頭を下げて、最後にネリメアに謝る。
「私こそ。驚かせてごめんね?」
ふるふるとネリメアが頭を振ると、高い位置で一括りにした髪も左右に靡く。
ネリメアの首元を覆っていた大きなストールが薄い生地のスカーフに代わっていた。
幾分か顔周りがすっきりしたことで、彼女の長い髪はより映える。
触れたくなって目が釘付けになる。
邪な気持ちでは断じてない。
上質な絹糸のようにさらさらと流れるから触り心地が良いだろうと思っただけだ。
「いや、ほんと俺こそ」
「おうおう、そうだな。ギルが悪い」
繰り返しそうな謝り合いを呆れ交じりに切った商人は、やれやれと肩をすくめた。
「それよりな、お嬢さん。ギルは百歩譲って良しとしても、ラオリスに行くのはお勧めしないぞ」
「そうなの? でも私どうしても行きたくて」
「どぉ〜してもってんなら、ギルに守ってもらえ。お金は多少取られるだろうが依頼には忠実だぞ」
「そうだろ、ギル!!」と力加減なんて気にせず背を叩いた商人は、別れの挨拶もそこそこに待ち合わせしていたらしき人の元へと去っていく。
(言いたいことだけ話して……全く……)
顔を見合わせたネリメアは何故忠告されたのか疑問なようできょとんと大きな瞳を更に大きく開いていた。
「あーっと……」
商人の勢いに押されて、考えていた台詞が飛んでしまった俺は意味のない言葉で場を繋ぐ。
その間に幼馴染を思い出していた。
俺の何倍も社交的だった幼馴染なら言うだろう言葉。
「まずはネリメアが食べたいもの頼もうか?」
人に好かれる笑みも忘れない。
俺はお礼の食事へと軌道修正するのだった。
◇◇◇
一通りの注文を終えると、ものの数分で皿やグラスが運ばれてくる。
四人で囲むには狭い小さめの円卓でも、様々な料理で埋め尽くされれば豪勢にみえそうなものだが――
「ネーレ族ってスープが食事……なのか?」
テーブルを埋め尽くした皿はどれも平たいスープ皿ばかり。
コンソメスープにクリームシチュー、グリーンハーブの冷製スープといった具合で色合いも味も違うのだが、彼女に提供されたスープには具すらない。
その分俺の皿は具で溢れかえっていた。
添えられたパンも一人分ではないだろうか?
「ん?」
「ネリメアってネーレ族だと思ったんだけど、違った?」
俺と同じで一旦部屋に戻ったネリメアは軽装になっていて、ローブは身につけていない。
手振りも交えて「あのローブさ」と続けると、彼女は「知ってるんだね」と笑った。
口元はスカーフで隠れているが、彼女の目元はよく笑う。
「私はスープがあれば生きていけるかな!」
「そういうもんなんだ。俺、聞き齧った程度で会ったのは初めてだから知らなくて」
「それでも凄いよ! 私長いこと旅してるけど、異種族とは思われないもん」
「容姿が人間とそんな変わらないもんな。服が違ったら俺も分かんなかったよ――と、ごめん。冷める前にいただこうか」
湯気がほくほくと立っていたスープはもう白い揺らぎを霞ませている。
略式でも食前の祈りは欠かさずする。
瞑った瞼を早々と開けた俺は、同じように手を組んで目を閉じるネリメアに首を捻る。
(旅先の慣習に倣っているのか?)
真っ先にそう思ったけれどネーレ族も俺たちと同じ教えなのかもしれない。
種族名や特徴をかいつまんで知っているだけで、俺は彼女の故郷が何処にあるのかも分からないのである。
彼女の存在自体が人間には余りにも希薄なのだ。
祈り終えた彼女は「どれも美味しそう!」と声を弾ませる。
口元を塞ぐスカーフの留め具に手をかけていたから、
木製のスプーンを手に取った俺は先に食べ始めることにした。
シチューの具は豪快だ。
包丁を二、三回しか入れてない原形を残した野菜に塊肉。長時間煮込むことで角から崩れてはいるが、それでも大きい。
丸みを帯びたスプーンで半分に分けて、ルーと一緒に頬張る。
咀嚼しながら俺はネリメアを眺めていた。
留め具を外して緩やかに首に巻かれたスカーフ。
隠れていた唇は小さく山なりだった。
具のないスープで満たされたスプーンに合わせて薄らと口を開けて飲み込む。
俺の幼馴染は大きく口を開けて元気良く食べる子だった。『女性らしく』だとか『淑やかに』とかは俺の前では気にもしていなかった。
「美味しいね」
口元に指先をあてたネリメアが微笑む。
その仕草もやはり幼馴染とは違っていた。
(違って当たり前なんだけど)
幼馴染に重ねてギャップを感じて。
そうして、綺麗だなとただただ思う。
「ああ、美味い」
それからというもの、ネリメアは音を立てずに食していた。
皿とスープがぶつかる音も啜る音もない。
食事中の会話はあまり好まない空気を感じとって、互いに食事に集中していた。
けれども時折漏れる感嘆や幸せそうな表情が空気を明るくする。
そんな彼女を見ていると俺のお腹が食べ物を寄越せと叫ぶから、スプーンをもつ手も止まることはなかった。
料理皿の底に辿り着くことでようやく商人との会話を切り出す。
「ネリメア。ラオリスに今行くのは俺も勧めれない」
グラスに入った果実水を飲み干した彼女は、真剣な声音の俺を見て、考え込んだ表情でスカーフを直す。
「噂なら私も聞いたよ。本当なのか気になるよね」
両の手のひらを合わせてネリメアは楽しそうに目を細めた。
彼女は木々が行手を阻む峠を越えたこの村にまで広がっている、とある噂を全く信じていない。完全なる法螺話だと思っている口ぶりだ。
「噂の真偽が分からないからこそ危険なんだ。女の子の一人旅なら尚更危ない」
「本当に大丈夫なんだけどなぁ。でも、そうだね」
うん、と納得した彼女に俺は安心して。
「一緒に行こっか、ギル。出発は明日で良い?」
よかった、と。
間をおかずに続いた彼女の言葉に頷いてしまうのだった。




