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吸血少女は牙隠す。 〜どうやら彼女、吸血鬼と呼ばれるのは心外だそうです〜  作者: 青葉 ユウ


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1-4 お兄さんのこと知ってたよ。

 



 ――寝過ごした。


 溜まりに溜まった疲れを全て解消するように熟睡してしまった。

 窓から射しこむ陽の光に照らされても目を覚まさず、定期的に時間を告げる鐘の音にも反応せず、日暮れになってようやく目を覚ました。


 昼夜逆転した生活を送っている俺の、普段の起床時間である。


(寝すぎたせいで体が重い……)


 両手を上げて伸びをして、腕や体を徐々に動かしてストレッチする。

 旅支度をしようと思っていたのに既に店仕舞いの時間帯だ。

 食事は後回しにして、中身がすかすかの鞄を手に宿を出る。


(まずは薬屋に行っとくか)


 旅立つ前に買い揃えたいものは色々とあるが、中でも薬は必需品だ。

 自生している薬草を収集して自分で調合できれば金銭的に有難いのだが、残念なことにそうした知識はない。

 本を片手に見よう見まねで挑戦するよりも、旅のリスクを減らすために多少値段を吹っ掛けられても薬は優先的に入手することにしている。


 他の物資は余ったお金で買って、食材は現地調達だ。


(薬屋は突き当たりを左に曲がった先で――)


 村の地図を脳裏に思い浮かべて、目印にしている建物の裏手を通り、更に突き当たりを曲がる。


 個人営業の小さくて個性的な店がぽつぽつと並ぶ通りは、扉が開いていれば開店の合図なのだそう。

 薬屋の目印と聞いた深い緑色の古めかしい扉が開放されたままになっているのが目について小走りだった足を緩めた。


(間に合った)


 既に多くの店が扉を閉めて営業を終えている。

 そんな中で開け放たれた扉は、客を求めてなさそうな地味な色合いでも目立つ。


 薄暗くなった外よりは明るさが燈る店内へと踏み入れると、一人の女性が老店主と親しげに話していた。


「あ……」


 俺の間抜けな声に反応して、二人の会話はぴたりと止まった。


(あの女性(ひと)だ――)


 意図せぬ再会に咄嗟の言葉が出てこない。


「ごねんね、お兄さんが来てたことに気づかなくて。私の用は終わったからどうぞ」


「それじゃあね」と老店主に手を振る彼女が俺の横をすり抜けて行く。

 高い位置で結んだ長い髪が瑞々しい果実のような香りを置き土産に、視界から消えていく。


「ちょっ、と、待って」


 この幸運を逃してはいけない。

 そう思った体が言葉よりも少しだけ早く動いていた。


 掴んでしまった細い手首を慌てて離す。


「うん?」


 いきなり手を掴んだ俺に警戒心を抱くことはなく。

 彼女はこてん、と首を傾げた。


(スリィもこんな感じだった)


 俺にはできない。

 言葉にしていない何かしらの意図があると無意識のうちに判断して、疑り深く顔色を読んでしまう。

 人を限られた知識で形成した枠にはめて無意な疑念を抱くのは日常茶飯事だ。


 だから、誰とでも分け隔てなく接する幼馴染を危ういと心配しながらも、その実羨ましく、憧れていた。

 俺にとって幼馴染は穢れを知らぬ天使のような、神に仕える聖職者以上に善性に富んだ幼馴染だったのである。


「いきなり掴んでごめん。君にこの前の礼を伝えたくて」

「いいよいいよ。気にしないで!」

「や、何かお礼させてほしいんだ。それに水筒も返したいんだけど、今手元になくて」

「お兄さんは律儀だね。そういうことなら――」


 どうしようかな、と視線を彷徨わせた彼女は俺の後ろで瞳の動きが止まる。


「とりあえず私は店の外で待ってるよ。お兄さんは先に買い物済ませてあげてね」


「それじゃあ」と手を振りながら扉を潜って、夜になり始めた薄暗い闇へと消えていく彼女を目で追う。


 宙に浮かぶ手はじわじわと熱が籠って、今にも汗が吹き出しそうだった。掴んだ彼女の手首は冷えていたから、これは俺から湧き上がった熱だ。

 気恥ずかしさを振り切るように俺は振り返る。


 老店主は静かに待っていた。

 俺と彼女との一部始終を口を挟まずに見守り続けていた。

 赤の他人()を、出来損ないの子の成長を見守るような、目を背けたくなるほどの生暖かな眼差しで見ていた。


 ◇◇◇


 彼女から受け取った革製の水筒は宿に置いてある。


 特に用事はないと彼女が言うので宿に戻って食事を共にすることにした俺たちは、道の両脇を固める家の窓から漏れる灯りとぽつぽつと点在する街灯を頼りに、陽の沈んだ夜道を歩いていた。


「さっき薬を買い込んでたみたいだけど、ギルももうこの村を離れるんだ?」

「俺()ってことは――ネリメアも?」


 彼女はネリメア・ウィドリンと名乗った。

 自己紹介した際に「良ければ名で呼んでほしい」と伝えると、勘違いしてしまいそうなほどに親しみ深く俺の名を呼ぶから、俺はどぎまぎしながら彼女の名を呼び捨てる。


「うん。結構長居してたし路銀が貯まったからね」

「俺もそれなりに居たけど、全く顔合わせなかったよな」

「私宿に戻らない日もあったから。ギルもそうでしょ? マスターから傭兵でも水汲みでもなんでも引き受けてくれるお兄さんがいるって聞いてたんだ。困った時は頼りになるよって」

「ああ……そっか。何でもって訳じゃないけど、出来ることなら、まあそうなるかな」


 村に到着した日、宿屋のマスターに仕事の斡旋を依頼している。

 それで一人旅をしているという彼女に声をかけてくれたようだ。


(困りごとはなかったってことだよな……)


 ネリメアは人間の女性なら成人してるかどうか――十代後半に見える容姿だ。

 俺と大差ない年齢に見えるが、人間とそう変わらない容姿の異種族もいるし長命種もいる。

 彼女の身に纏う服装からネーレ族ではないかと思っているが、資料には寿命について記載されていなかった。


 鍛えているとは思えない細身な体躯だし、街中だからかもしれないが武器の装備もしていない。


 宿に戻らない日もあったというのなら危険はなかったのだろうか?


「だからね、初めて会った時すぐに分かったよ。優しいんだろうなぁとも思った」

「そう言ってもらえて嬉しいけど、外見で判断しないほうがいいよ。女の子なら尚更」


 元の性格からこういう子なんだと思いながらも、彼女の気を許しきったような距離感に胸を高鳴らせてしまう。

 可愛い笑顔を向けられると、好意を寄せられているのではと単純に受け取る男は俺だけじゃないはず。


 幼馴染もそうだったから、俺は勝手に勘違いした男共にやっかまれていたものだ。


「なら、警戒してお食事の誘いは断った方がいい?」


 駆け出すように飛び出て、彼女は無邪気に笑う。スカーフに覆われた口元までも容易に想像できる彼女の眼差し。

 ひとつ結びにした長い髪が反動で左右に揺れていた。


「俺は例外にしてもらえたら……有難いんだけど」


 初めて会った時にも見た、答えはわかりきっていると言いたげな笑み。

 警戒するよう促しておいて自分だけは例外だなんて馬鹿げているけれど、そういう他ない。


「うん、そうでしょ! 行こう!」


 俺はどうしようもなく、彼女が気にかかるのだから。


(スリィに似てるからかもしれないな)


 自分よりも何十倍も社交的な幼馴染は、俺なんていなくても上手くやっていける。

 そう思っても心配で、俺は目が離せなかった。


(ああ……許せない)


 彼女を通して幼馴染を思い返す。

 彼女よりも青白くなった、幼馴染の最後を思い出す。


 ぷつり。


 張り詰められた何かが切れる音が聞こえた気がして、握りしめていた手のひらを広げる。


 乾燥した皮膚が裂けて、血が滲んでいた。


  ――――許さない。


 スリィの赤に似ても似つかない俺の血は指先で拭って消し去った。




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