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吸血少女は牙隠す。 〜どうやら彼女、吸血鬼と呼ばれるのは心外だそうです〜  作者: 青葉 ユウ


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1-2 注意したのに汲んだんだ?



 さて、問題だ。

 俺の前には水の入ったコップが二つある。


 片方は木製の水筒に入れた水瓶の水。

 これは腐っていないが、何か良くないものが混ざっているらしい。


 もう一方は、それを教えてくれた女性(ひと)が手渡してくれた水だ。

 井戸から組んできたと話していたので、新鮮な水なのだろう。


 ――スリィだったら。


 迷うことなく、彼女からもらった水を飲む。

 ふたつの水を並べて天秤にかけることはおろか、そもそも水瓶の水を汲みもしない。


 俺とは違って疑問を持たない。

 基本的に悪意を前提に物事を捉えないのだ。


 俺もそうしたら良かったのに、ついつい気になってしまった。人目がないことも行動力に拍車をかけて水瓶の蓋を持ち上げていた。


 旅先で出会う人々には幼馴染のように明るく社交的に、輪に馴染む風を装っているが、ひとりであれば話は異なる。


 人の目に触れないのなら幼馴染の真似事をしなくて良いのだから、俺は内心に生まれた疑り深い疑問に向き合いたい。


「臭いは……しないよな。色も濁ってない」


 水辺から離れたこの村では、飲用水は貴重だ。

 村の中心から少し離れた位置に川は流れていのだが、年々流れる水量が減っているのだという。


 ここより遠く離れた上流に近年栄えだした都市がある。

 メティ草という草花を用いた織物が人気で、国内外からの需要に応えるために生産体制を整えているのだそう。

 それによって栄えた都市であり、必然的にその近辺にはメティ草の農園が広がっているのだろう。


 繊維産業は大量の水を用いる。

 メティ草の栽培に、採取から糸にするまでの過程、染色や織った生地の精錬。全ての工程に必要な水を一つの川から供給しているのだとしたら、川が干上がっていくのも納得だ。

 異国の都市だから、下流への影響を配慮していないのかもしれない。


(ありがちな憶測に過ぎないけど)


 地図上の地形と人伝てに知り得た情報からの想像だ。


 移民によって村落が増えたり、自然災害で水流が変わるなど理由なんていくらでもある。

 繊維産業に力を入れていても、水の精霊(ウンディーネ)と契約をして水を提供してもらっている可能性も考えられる。


 いずれにしても川の水量の変化は領主も知っていることだろう。

 余所者の俺は、争いごとが起きなければ良いなと他人事に思うだけ。


 話は逸れたが、そんな状況も相まって、この村では各々が夜間や早朝用の水を水瓶に溜めている。


 そして、ここは村唯一の宿ということもあり、宿泊者はそれなりにいるらしい。


「大きな水瓶を軒先に置いているから、好きに利用してくれ」と、ふくよかな腹を撫でた宿のマスターが初日に説明してくれた。

 毎日水を入れ換えているとの注釈付きだ。


 夜は外套がないと肌寒いくらいの気温なので、たった1日では腐らない。

 異物が混ざりこんで水質が悪化した、という彼女の話は一理ある。けれど、蓋を開けた水瓶を覗き込んでも薄暗いなかではランプの灯りが役に立たず、水底は真っ黒だった。


(ネーレ族は夜目が利くらしいから、何か見えたのか?)


 だとしたら「よくないもの」なんて曖昧な表現にはならないのでは?

 具体的に話してくれれば良いのに、そうしなかった。


(……できなかった、のか?)


 彼女をネーレ族と断言するには早いのかもしれない。

 星空のような光沢のある布地の縁に赤の飾り紐が垂れ下がるケープは、夜闇の中では存在感を強くする。

 風になびくと際立つ生地の滑らかさと、目を見張る煌びやかな赤糸。

 帝都の市場には出回らない希少価値の高いもの。

 加えて、人間なら「病的なまでに蒼白い」と言い表す肌の白さはネーレ族の特徴だ。外見は人間と大差ないけれど、月明りを糧に生きているからなのか、肌が極端に白く透きとおっている。

 その明確な対比があったからこそ俺は彼女の鮮やかな暗色の髪に目を奪われたのである。


 視覚的な要素だけで判断すると彼女はネーレ族だが、人間にとってはまだまだ謎の多い種族なので、数少ない共通点だけで断定はできない。


「あ~、いくら考えたって答えが出るわけじゃないのにな」


 目の前にある水について考えていたはずが論点がすり替わっている。

 ちょっと親切にしてもらっただけで、ここまで気になってしまうものなのか。


 駄目だ駄目だと頭を振ってふたつの水に集中する。

 どれだけ眺めていても時間の無駄なので、寝台の側に置いていたベルトポーチを引き寄せると小さな紙片の束を取り出した。

 一枚捲って、水瓶から組んだ水に沈ませる。


 水を吸ってゆっくりとコップの底に沈み込んだ紙片は、淡いピンクに色づいていた。


「毒性あり――か。お腹を壊すってのも大体当たりなんだな」


 使い捨ての魔道具である紙片は、俺の旅を支援してくれているパトロンが用意したものだ。


 毒物を検出してくれる、見知らぬ地を渡り歩く旅人には有難い代物。


 色の変化によって水質や危険度を表してくれていて、赤色の濃さで毒性の強さを示す。

 薄っすらと色付いたピンクは少し体調を崩す程度だ。


「今度会ったら礼を言わないと」


 興味と疑惑から眠気も忘れて考え込んでしまったが、結果が疲労と睡魔が襲ってくる。


 小さな窓から射し込み始めた朝陽を布団を被って遮る。そうして俺の"一日"を終わらせた。





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