2-5 遠回りな優しさもあるよね。
山越えも佳境に入り、下り道が続いていた。
傾斜が緩やかな街道を進む。
静まり返る夜に高台から辺りを見渡すと、目的地であるラオリスの街明かりが視界の一部を明るくする。
ラオリスはそれなりに大きな街一帯をぐるりと囲む城壁都市だ。
城壁の内と外で明暗がはっきりと分かれるから、光の密集具合で区域毎の夜の賑わいを感じられた。
「もうすぐ着くんだね! 楽しみ〜」
「どんな味がするのかなぁ」と期待に胸を躍らせて「早く行こう」と暗闇の見えない道を進んでいく。
そんなネリメアに続いて、識別できる僅かな色の差と感覚、手にしたランプを頼りに隣に並んだ。
俺は自分自身を夜目が効く方だと思っていたけれど、ネリメアといると種族の差を思い知る。
眼の構造が全くの別物なのだろう。
武装しなくても一人で旅してこれたのも腑に落ちる。
「ところでさ、ギル。商人のおじさんの話だと、この辺りに山賊がいるんでしょう?」
「かもしれない程度の話だけど、気をつけた方がいいな」
――ラオリス周辺で人を襲う盗賊の拠点が山の中腹か嶺にあると領主が目星を付けている。
旅立つ前に世話になった商人がそう教えてくれた。
金品や貨物の強奪が主で、人攫いの噂はないらしい。
国法で重く禁止されている人身売買はリスクが大きい。手を出していないとなると、そこまで大きな組織でもないのだろう。
俺もネリメアも身一つなので襲う旨味はないはずだが、それでも警戒は必要だ。
(人が近づいたらネリメアが誰より早く気付くけど、その前に狙撃される可能性はあるよな)
キリキリと胃が痛む。
俺に出来る範囲なら護衛役も悪党退治も引き受けているけれど、途轍もなく苦手な分野だ。
何事もなく辿り着きたい。
今後の展開を想像して固唾を飲む俺とは違って、ネリメアは陽気だった。
「見つけたらギルはどうする?」
天気の話をするように――とは良くある例えだが、野原を自由に駆け回る野うさぎを見つけたら、と言うようだった。
まるで相手を脅威とみなしていない。
そう感じさせるほど、彼女の口振りには不安がない。
「見つからないように……見つかっても襲われない限りは、何事もなく通り過ぎたいよな」
ネリメアの言葉は、こちらが先手になることが大前提になっている。
それだけの自信も伺えた。
「退治しないんだ?」
「しないよ。誰からも頼まれてないし」
親切に教えてくれた商人にしてもそうだ。
それなりに大きな町ということもあって、山越えはあるにせよ定期的に往来していると思うのだが、困っているから退治してほしいとは一言も口にしなかった。
「そういうもの?」
「他の人はどうか知らないけど、俺はそう。非情な奴になる?」
「傭兵の依頼もしてるって聞いてたから少し意外かな。でもギルなりの理由があるんでしょう?」
「や、そんな大層なものじゃないよ。単に後々の責任を負えないってだけで」
俺は旅人であって、余所者だ。
路銀を稼ぐ為でもあるが、依頼を請け負うのは人探しという旅の目的の為の手段である。
だから、請け負う依頼には明確な線引きをしていた。
そのひとつは如何なる悪人であれ人殺しはしないこと。
人の過ちは法で罰せられるべきだと、俺に戦う術を教えてくれた師は頑なに口にしていた。
私怨で罪人を罰したら、その者も罪に問わねばならないとも、俺に言い聞かせてきた。
師の教えに不満を感じていないから、俺も行動の指針に組み込んでいる。
皆殺しにするなら話は変わるが、そうでないのなら、依頼のない盗賊退治は単なる自己満足ではないだろうか。
盗賊達の背景を知らずに、通りすがりに痛めつけたところで何になる。
捕縛した後に呆気なく釈放されてしまったら?
その場にいなかった仲間に近隣の集落が報復されてしまったら?
善かれと思っての行動が禍を招く可能性を恐れてしまう小心者だから、その場限りの善行を良しとは思えない。
(結局は保身のための理由付けなんだけどな)
年代問わず人気な英雄伝や冒険譚にでてくる主人公の勇気も行動力も優しさも、俺は持ち合わせていない。
それらしく見える理由で逃げたいだけだ。
「優しいね、ギルは」
それをネリメアは優しいと口にした。
「え……どこが?」
「後々のことを考えてくれているところ。何かをできる力があるのに、見て見ぬふりも辛いよね」
ありえない、と聞き返した俺にネリメアは即答する。
それがどうしようもなく嬉しかった。
「退治しちゃえば気分良く終われるのに、見えない誰かのためにギルは敢えてしないんだよ?」
夜道に旅をする俺は、闇の中で悪事を働く悪党ともそれなりに出会す。
強盗や人攫いの現場に遭遇したら助けるけれど、そうでないなら背を向けてきた。
そう遠くない日に自分ではない誰かが被害に遭うと想像できるのに、未然に防ぐことなく通り過ぎてきた。
それを悪と思いながら行動を変えられずにいた弱さ。
「遠回りすぎて分かってもらえないかもしれないけど、それもひとつの優しさだと思うな」
誇れる選択では決してないけれど。
それでも少しだけ、弱い自分を認められる気がした。




