乙姫様と水亀先生
「先生、ひどいと思いませんか?」水亀先生の前で女性がヒステリックに言う。
「ええ・・・。そうですね」静かに応じる。
「人というものは約束を守らぬものですか?」
「人ですか?」
「あの人ですよ」
「ええ」
「あの人! 名前も呼びたくありません!人の世では浦島太郎とか呼ばれているようですね」
「人の世では?他の世で呼ばれる名がある人ですか?」
「先生、意地悪を言わないで下さい。分かっていらっしゃるのでしょう?彼の者は私と同じ神です」
「すみません。彼の者が神の一柱という事は分かっていましたが、何故、そんなに怒っていらっしゃるのですか?彼の者は今でも貴方のことを愛しているのでしょう?」
「二度、約束を破ったからです」
「二度?」
「浮気も過ちも一度は許します。しかし、二度は許しません!」
「なかなか意思は堅いようですね」
「はい。私も海神の娘であり、自身、神であるという誇りと意地があります」
「そうですね。しかし、その誇りは姫の幸せの邪魔はしていませんか?」
「誇りが、邪魔をですか・・・?」
「貴方の素直な想いを邪魔していませんか?」
「私の素直な想い・・・?」
「貴方の心の声は、彼の者を恨んでいますか?」
「いえ、神は恨みなどという感情を持ってはいけないと思います」
「そんなことはありませんよ。怨む神はたくさんいますよ。日本を滅ぼすような恨みの神もいます。神も素直でいいのですよ。神だから心を押し殺す必要はありません。会いたいのでしょう?彼の者に」
「・・・・・」
「私は魂を見て魂の声を聴きます。貴方は自らの心の声を聴けばよいのです」
「はい・・・」先ほどの強気とは打って変わって豊玉姫はぽろぽろと大粒の涙を溢した。
「昔の・・・かの人の世の名は浦島太郎。何度も魂が流転しながらも、姫を求め続けた男神です。会いに行ってあげて下さい」
「行っても良いのですか? また、会いに行っても良いのですか?私から?」
「はい。行ってあげて下さい。では、飛ばしますよ」と言って、右の袖を上げようとすると、豊玉様が叫んだ。
「待って! 待って下さい」
「どうしましたか?」
「あ、あの・・・。私は恨まれていないのでしょうか?私は豊玉の姫として生きてきていますが、浦島は何度も何度も名を変え、姿を変え、魂もだいぶ疲弊していると思います」
「そうですね。だから、会いに行ってあげて下さい。そして、何故、姫が怒っていたのか教えてあげて下さい」
「・・・少し怖いです・・・」
「大丈夫です。彼もまた神ですから、あと、急がねば彼の魂は消えて無くなりますよ」
「え、どういうことですか?」
「姫の言う通り、かなり魂が疲弊しているのです。自殺するということです。自殺したら魂は消えて無くなります」
「何故、自殺しようとしているのですか?」
「夢の中でなら、貴方に会えるからと考えているようですよ」
「急いで下さい!!」
「では気を取り直して!」右手の袖を挙げてから、豊玉姫に振り下ろした。
豊玉姫の眼前の景色は一変した。




