センター
センター。
正式名称は「ダンジョン庁公認総合医療等相談センター。
ダンジョン関連での負傷や異常などの外的治療だけでなく、トラウマのような心的外傷、ダンジョンアタッカーの健康診断など幅広く対応する総合医療施設。
ぼくたちは予約を取って朝から健康診断を行っていた。
普段なら生体スキャンで事足りるのだけれど、念には念をということで、体芯異常検査や体細胞共振検査などの深部医療にも頼った。
おおよそ2時間ほどかけて検査を終え、心身ともに健康かつ異常がないことを知ったうえで、とどめとばかりに医術士に回復魔法をかけてもらった。
「いやあ~、なんもなくてよかったな、よっしー」
「ああ。大丈夫だとは思っていたけれど、ここまでして何もないなら本当に安心だよ」
「モンスターに捕まっていたってわかったときには気が気じゃなかったけれど、本当に良かった。元気が一番だもんね」
「あの時は本当にありがとう。2人も健康で何よりだ」
「おう!」
検査を終えて、11時すぎ。
さて、次はどこに行こうか。やっぱりまずは消費した物資の買い出しだろうか。
壁に貼られた館内図を見ながら行き先を考えていると、キュルキュルとどこからか音がする。
「? いまなにか…」
「う、ごめん。おれのお腹…」
「ふふ。じゃあ少し早いけどお昼ご飯にしよっか!」
「賛成っ!いやー、今朝ちょっと筋トレしすぎてエネルギー切れなんだよな」
「はいはい。じゃあ混む前に腹ごしらえにするか」
腹ペコのアキの為、センターに内包された食堂で少し早めのお昼ご飯を取ることにした。食堂は時間帯も相まってガラガラに空いていたので気兼ねなく大きなテーブルを3人占めして、食事タイム。
「わたしは軽くサンドイッチにしようかな」
「おれはやっぱ米!うーん、唐揚げ定食かな」
「ぼくは豚汁とおにぎりで。前に食べたことがあるけど美味しかったし」
「お、いいじゃん。一口ちょーだい」
「いいぞ」
「わ、わたしも…」
「照子も?もちろんいいけど」
メニュー表兼注文用のタブレット端末を見ながらそれぞれの食事を注文。空いているおかげで、頼んですぐに取り出し口に食事が届く。
手をつける前に照子たちに豚汁を渡し、代わりとばかりにからあげ1つとミニサンド1つをもらって、ぼくの昼食は豪華になった。
にしても、照子ってそんなに豚汁好きだったっけ。
「「「ごちそうさまでした」」」
ゆっくり食事休憩をした後は買い物だ。
食器を返却口に返して移動する。
3人で雑談しながら通路を歩くけれど、不自然なぐらいに人とすれ違うことがない。
「じゃあとりあえず1階行くか」
「うん」
「にしてもやっぱ人いないなー」
「今頃はみんなダンジョンに籠っている頃だろ」
「去年もすごかったもんね」
「ああ。特にうちの高校は合宿制度もあるし。普段と違って長時間枠があるから」
「でも今年からはあの密集予約取り合い合戦ともおさらばって訳だ!よっしーのおかげで」
「ま、そこは持ちつ持たれつ、だろ」
「うんうん」
夏休み前から初日までの1週間ほどは指定健康診断の時期もあってかなり込み合ったらしいけれど、今日はびっくりするほど人がいない。とはいえ、また夏休み終わりごろにはまた込み合うのだろうけれど。
ダンジョンアタッカー、それも本免許持ちの場合は四半期ごとに健康診断が義務化されている。また、こうした長期休暇中は学生であっても大抵在籍校ごとに付属ダンジョン解放日が設けられているので、それも利用にあたって前後に簡易健康診断の受診が義務付けられている。
こうした健康診断の義務化に伴って、年度の初めや夏、冬と利用者が集中するタイミングがあるのだ。というのもダンジョン発現当初、怪我だけでなく不摂生や病によって倒れる人が続出したからせいでもある。
学生にしろ社会人にしろ、健康は何においても順守されるべき、だ。
「あ。預けた装備類は何時ぐらいに取りに行けばいいんだっけ」
「えっと、14時だから…あと1時間弱ってところかな」
「じゃあさ、ちょっとショップ寄っていい?おれ、新しいフレーバー試したくてさ!」
「そうだな。ぼくもアイテムの購入があるし。照子もそれでいいか?」
「もちろん。異常耐性とか治療に特化した装備の新調を考えていたところだよ」
家から離れた場所にあるこのセンターは県内でもかなり大きく、内包されているのは食堂だけでなく装備の点検・修繕ショップや消費アイテムや装備を購入できるショップなど多岐にわたる。
検査前に3人とも装備をショップに預けておいたため、点検完了までの時間はショップ巡りをしようというわけだ。
あえなく敗退の末のリベンジャーの身としては、消費した物資の補充ももちろんだけれど、より装備を充実させておきたいところでもある。
「じゃあ、まずアキの方を見に行こう」
「いや!おれはひとりでふらつくから、また14時に装備屋のところで!」
じゃ!と軽く片手をあげてさらっと早足で駆けていくアキ。
…気を使わせてしまっただろうか。
「んっと…。じゃあ、わたしたちも行こっか」
「そうだな」
アキの気遣いはありがたく受け取ることにして、ぼくと照子もショップへ向かった。
「状態異常系は…こっちだね」
食堂とは打って変わって、1階にあるショップは割と込み合っていた。
まあ夏休みだし、学生は解放された付属ダンジョンでの挑戦のため装備を新たにするのだろう。専属ダンジョンアタッカーらしき大人たちの姿もちらほら見受けられる。
そんな人々の横をすり抜けながら目当てのアイテムが並ぶコーナーへ。
「少なくとも幻惑トカゲはいるわけだし、状態異常耐性は高めておきたいよな」
「うん。耐性強化のためにも解除のためにも、とりあえず新しい魔本が欲しいなって」
「魔本か。照子のロングバレルには2冊分のカートリッジがあるんだっけ。で、持っているのが4つ」
「えっと、強化系と阻害系と回復系と切り札の黄昏、で4つだね。でも今後の立ち回り次第でもあるけれど、戦闘中にカートリッジ交換できるようなタイミングがあるならもうすこしバリエーションがあってもいいかなって。あとエリアアンカーもあるし、戦闘後に使う状態異常回復の魔法とかも持っていてもいいかな。とれる選択肢は多い方がいいから」
魔本。本というが実際の見た目はスティック状の外部パーツだ。
照子の持つもの以外にも、状態異常に関するものや攻撃魔法、防御魔法、そして特殊な効果が込められたものなど多岐にわたる。
使用できる武器も、照子の持つ銃型以外に杖や剣といった特化型の物もあり、ユーザーの間口は広い。
「とはいえ今使っている物はだいぶ使い勝手がいいからね。買い替えはせず新しく状態異常特化の魔本を購入して、予算的にはちょうどかな」
「なるほどな。サブのショートバレルは散弾とゴム弾固定だっけ」
「うん。軽量小型かつ速射、その2つが備わっていればサブウェポンとしてはベストだよ。威力はほぼないけれど、必要があればわたし自身を強化してしてしまえばいいから。それにほら、攻防どっちもって欲張ってどっちつかずになるのは良くないから」
「そうだよな。でもたしかこの間は回復魔法をショートバレルに付与することで疑似的な光弾にして対処したんだったっけ。あと強化インク弾とか。ほんと、頭の回転が速いというか、アイデアがすごいよな、照子は」
メインウェポンであるロングバレルから放つ攻撃力のない回復魔法。光を伴うそれをサブウェポンであるショートバレルに付与する。
一見何の意味もない行動だ。回復魔法は非生物にかけても、その物体を修復するという効果は発揮しない。治癒と修繕は異なるものだから。
が。しかし。
回復に付随する”発光”という現象によって、ショートバレル及びその弾丸に光を与えることは出来る。らしい。
そんなテクニカルすぎる使い方をしている人がいるとは思えないので、たぶん照子が世界初なんじゃないだろうか。だって副次効果で光るだけであって光ること自体に効果はないわけだし。
本当にイレギュラーすぎる運用方法。そこまでしたって、弾丸には光源とするほどの強い光量はもちろんない。放たれた弾丸の光は淡く、すぐに弾けて消えてしまう。普段のダンジョンでは全くの無意味だ。たぶん武器に負担を強いる行為だろうし。
それでも、それゆえに暗闇をもたらす敵のあぶり出しに転用できた。
もし通路がもっと広ければ、途中で光は消えて効果がなかっただろう。または通路が狭すぎれば反射する動きは目で追えなかったかもしれない。
なにもかも偶然。そして紙一重の奇跡的神業。
榮 照子はそういう発想の転換による危機脱出能力に優れている。
「うーん。褒められた使い方ではないんだけれどね。まあでも、普段からある程度シミュレーションというか、エアーで組み合わせたりしているんだよね。手元にあるものもないものも。ほら、いろいろ考えるのって楽しいから!」
「そう言えるのが一番すごいよ。ぼくは誰かの戦術を参考にすることはあっても、自分で生み出したりって得意じゃないからさ」
「うーん。わたしはむしろ、そういう情報を生かす方が大変だなあ。誰かの思考のトレースは苦手なんだよね。もっと良くできるんじゃないのか、って思っちゃって。抜け道を考えて脱線しちゃう」
脱線。
まあ、そうか。照子の視点だと、与えられた情報からもっとたくさんの選択肢が生まれて止まらないんだろう。
優しそうなヒーラーが実はトリッキーな攻撃手でもあるわけだ。
「……好きだ…」
「うん?何か言った?よしくん」
「いや。…あー、状態異常系だけどさ。ぼくも出すからちょっとイイやつにしよう。備えあれば憂いなし、だろ?」
「そうだね。お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうしてくれ」
ゆっくりショップ全体を見回りながらちょっとイイ魔本を買ったり、携帯食料なんかも買い足して、ぼくたちの買い物は終わった。
いろいろ気になるものもあったし、良い買い物だったな。
買い物を終え、ふらっと他の商品を横目に流して雑談しながら人の波を抜けていく。
現在時刻は13時43分25秒。集合時間のおよそ15分前。
理想的なタイムだ。
預けていた装備を引き取りに武器ショップの方へ…と歩みを進めていればズンズンこちらに向かってくる人影。
「やあやあ、おまちの後輩ちゃんトリオたち。おまたせおまたせ、超天才調律師の僕だよ。うんうん、きみたちのセリフは手に取るようにわかるよ。なになに、予定時間よりも10分以上もはやいって?いやいや、この超天才には当然のことだとも、このくらいのことはね。ではではあっちで早速解説に入ろうかな。もちろんもちろん、超天才であるところの僕には他の有象無象では見逃してしまうような、ちいーっさな違和感すらもつまびらかにできるわけだけれども。やーれやれ。まったくまったく」
おわあ…。
「ど、どうも、お久しぶりです。花屋敷先輩…」
怒涛の長台詞。
言葉を繰り返す癖のある話し方。
ぼくたちの中学時代からの知り合い。尊敬する先輩。
すべてを置き去りにする癖の強さ、そして圧倒的腕の良さ。
「旭ちゃん後輩の活躍ぶりはこの耳でしかと聞いているよ。でもでも、僕のもとへ来るのにはすこーしばかり遅いんじゃあ、ないのかい?」
ちなみにちなみに、具体的には1か月と3日ほどの遅れだと記録しているけれどね?と、花屋敷 調律先輩は笑った。
くっ、相変わらず面白かっこいい…。
「ん~?なんだか余計なことを考えているのかな?」
「すみませんなんでもありません」
「だよねだよね」
こわっ。
当然ながら、ぼくたちは花屋敷先輩に連行される運びとなったのだった…。