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戦略的撤退?


 ここでやっと視点を戻そう。

 まったく、いつまで主人公不在で話を進めようとしているのだろう。


 ダレカによって平静を失いとらえられたぼくは不思議な空間を漂っていた。

 ふわふわと揺れ動いているのに、落下の不安はない。心地の良いまどろみ。

 ああ、このまま揺蕩っていたい。


「だめだよ。目覚めなくちゃ、だめ」


 どうしてそんなことを言うんだ。ぼくの事なんて放っておいてくれ。ぼくはここにいたいんだ。


「ううん、だめ。わたしは何度でも呼びかけるよ。ぜったいこっちに連れ戻す」


 いやだ。


「だめ」


 いやだ。


「だめだよ」


 いやだ。


「いい加減にしなさい!」

「うわあっ!!」


 一気に意識が覚醒し、飛び起きた。

 状況も全くわからないままに吸い込んだ空気で思いっきりむせ、覚醒早々しんどい思いをすることになった。


「な、なんだ…?」

「よしくん!」

「よっしー!」

「うわっ」


 状況を確認するために辺りを見回す…間もなく、飛びついてきた照子とアキによってぼくは地面に落下、積まれていた木箱にぶつかった。

 うっ、背中打った…。


「いてて…。あれ、なんで2人が、いや、ここは…どこだ?」


 あらためて周囲をきょろきょろと見まわしていると、だんだん思考がはっきりしてきた。

 たしか、通路で2人のふりをしたダレカに気づいてしまい、襲われて意識を失ったんだ。急に視界が真っ暗になって、何かに拘束された。


 とりあえず状況を確認すべく周囲を見回す。

 天井から垂れた糸、ベタつく感覚、張り巡らされた巣。

 つまり、


「クモのモンスターに襲われていたのか…」


 しかもただ捕まっていただけではなく、おそらくは繭にされ、捕食されかけていた。

 うげえ。冗談じゃない。ぼくはそういうのは好みじゃないんだ。


「無事でよかった…!ほんとうに……」

「心配させんなよお~、ばか野郎…。にゃん」

「ごめん。油断した。…たすけてくれてありがとう、照子、アキ」

「ん。どういたしまして」

「うんうん、感謝しろ~。にゃん」


 まったく本当にいい奴らだ。自慢の恋人と友人に感謝。

 2人の目じりに滲んだ雫は指摘しないことにして、ぼくはとりあえず手短にこれまでの状況を伺うことにした。

 とりあえず差し当たっての危険はなさそうだけれど、以前敵地であることに変わりはない。悠長に無事を確かめ合う余裕はないだろう。


「ぼくは通路を歩いていたとき、話しかけたアキの反応がないことに気づいて確認したんだけど、その時にはもうアキだけじゃなく照子もニセモノになっていたんだ。それで驚いているうちに周囲がまっくらになって…。すぐにとらえられてしまっていたみたいだ。そのあとは言うまでもないな」

「大体おれたちも同じ感じだな。にゃん」

「うん。よしくんのニセモノに気づいて、でもわたしたちは2人いたからかな、クモのモンスターが操る人形に襲われたんだ。それを何とか撃退して、入口に戻ってからよしくんを探して一番端の通路に入ったの」

「いやあ、しょっぴーマジでキレッキレだったぜ。にゃん。モンスターの違和感からここまでサクサク見抜いてさ、名探偵しょっぴーだった!にゃん」


 おお。名探偵とはなかなか。

 もともと頭の回転も速いし成績もいい照子だが、なんとピンチに陥ってもなお衰えないどころかキレを増すとは…

 現役時代こと中学の頃の照子を思い出す。…うん、可愛い。


「挟み撃ちされた時もテント用のアンカーで壁作ったり、幻惑トカゲをペイント弾で抑え込んだり。にゃん」

「思い返しても自分でもびっくりするぐらいだよ。おんなじことを今しろって言われてもできないと思うな」

「ぼくがつかまっている間にそんなことになっていたんだな」

「そうそう!にゃん。とりあえず分断の元凶の幻惑トカゲは倒したから、もう索敵で後れを取ったりしないし!にゃん」


 そうか。幻惑トカゲ。

 先手を取られてぼくらの感覚を狂わされたのか。だから違和感に気づくのが遅れた。

 規模感から深度7相当のダンジョンと思って気を付けていたつもりだったけど、つもり、でしかなかったんだ。対策だって、今思えばもっとできる事はあっただろう。

 なにせ、このダンジョンはまったくの前人未踏。まっさらな状態だったんだから。森に出るモンスターがいたって、砂漠にいるモンスターがいたって、何もおかしくはなかったわけだ。


 これはさすがにぼくのミスだ。大事に至らなかったからこうして話のタネにできているけれど、誰かが致命的な怪我をしたって、それこそ、いなくなってしまったって。


「…焦っていた、いや、驕っていた、か」


 付属ダンジョンで何度もモンスターを倒したからといって、3人の連係がうまくいっていたからって、念願のダンジョン作成にこぎつけられたからって。

 すべてがうまくいくなんて、あるはずがないのに。


「ごめん。ぼくのミスだ」

「そ、そんなこと――「そうだな。にゃん」―、あ、秋津くん?」

「まったくもってその通り!にゃん」


 照子がぼくの言葉に思わず反論しようとして、アキにぶった切られた。

 いつになく冷たい声。それだけの失態をしたんだ、当然だった。


「おれがパワーアップとかしちゃって、戦力が急激に上がって連係もめっちゃうまく取れるようになって、自分のダンジョンとか持っちゃって…。とんとん拍子でうまくいったもんだから舞い上がったんだ。にゃん」

「あ、…」

「ああ、そうだよ」

「しかも先生とかおばあちゃんにも褒められまくってさ、デキる自分に酔ってたんだ。にゃん」

「…」

「そうだ」

「でもさあ、」


「そんなの、おれたち3人とも同罪だよ。にゃん。おれたち全員バカだったんだ。にゃん」


 耳に痛い現実。

 本当にその通りで、言い訳もできやしない。

 かばおうとしてくれた照子も、気まずそうにうつむいて黙ってしまった。

 最後の言葉までは。


「っ!…、……。そう、だよ、ね。わたしたち、みんな、ばかだった」

「よっしーも悪かったし、おれも悪かったし、しょっぴーも悪かった。にゃん。おれたちみんなおんなじ、だからこっから取り返そう!にゃん」

「力不足だし、準備不足、失敗して痛い目見て、でもおれたちは無事!にゃん。」

 ―――だから、一旦帰ろう。にゃん。


 アキの声は明るい。でもその顔は悔しそうで、ぼくは実力不足を痛感した。

 言わせてしまった。ぼくが言うべきだったのに。

 せめて負けを認めて敗走の意思を示すくらいは、ぼくがしなくちゃいけなかったのに。


「うん。帰ろう。…アキ、ありがとう」


 アキ。おまえ、めちゃくちゃカッコいいよ。


 こうして見通しの甘さを文字通りわからされたぼくらは、おとなしく、負け帰ることにした。しっぽをまいて逃げ出した。どんなに言い繕ったって、戦略的撤退、とは言えそうにない。



「というわけで、作戦会議だ」


 ダンジョンから出て解散し、一旦それぞれ仮眠を挟んだぼくたちは、負け犬から人間へ戻るため、再びぼくの部屋に集まった。


「うーん。あの時はまだまだいけるって思っていたけれど、布団に入ったらぐっすりだったよ。やっぱりハイになっちゃってたんだね」

「おれも。慣れない環境で正体不明の敵と、仲間と分断された状態で戦うってキツイな~」

「あらためてそう聞くととんでもない状況だな」


 ひとまずは大きな怪我もなく、無事に全員で帰ってこられてよかった。

 やれやれ、大した時間籠っていたわけじゃないのに、とんだ重労働だ。…まあ、そのうちぼくはほとんど意識がなかったわけだけれど。


「ま、すっげー勉強になったってことで。やばかった過去より、これからの建設的な話をしよーぜ」

「そうだね。まず今後の対策を練る為にも、さっきも軽く話したけれど、あの時の細かい部分の説明からかな」

「頼む。つかまっていた側のぼくは正直、照子やアキほど情報を得ることはできなかったから。」


 それから2人の冒険譚を微に入り細を穿つように隅々まで聞いたわけだけれど、正直とんでもなかった。

 いや、照子の機転ききすぎだし、アキは強すぎだ。

 分断されて強襲されて、そんな即うまく立て直せることある?…ぼくって足を引っ張っただけなのでは…?


「結構酷使しちゃったから、アンカーは一旦点検に出すつもり。本来の用途じゃない使い方をしたし、高い買い物だったからね。念のため」

「ああ。そうした方がいいだろうな。修理とか、お金がかかるようならぼくが出すよ」

「う~ん、それはいいよっていうところなんだろうけれど。そうだね、もし修理になって実費がかかるなら相談はしようかな。まあでも買ったばかりだし、保証期間内だから大丈夫だと思うけれど」

「おれも1回装備点検に出そっかな~。緊急展開もしたし」


 なるほど、点検か。ぼくも防具の点検をしておこうかな。ついでに武器も。つかまっていた影響がどこにあらわれるかわからないし。事態を甘く見ないことを学習したばかりだから。

 いや、それで言うなら一旦ボディチェックとかした方がいいんだろうな。健康診断…メディカルチェックだな。


「そうだな。ぼくもそうするよ。ついでにセンターいって体も診てもらってくる」

「あ、じゃあわたしも。幻惑トカゲの影響はないと思うけど、備えておくに越したことはないもんね」

「おれも!一緒にいこーぜ。装備の点検もまとめて、メンテ日ってことでさ」

「うん、そうしよう」


 それじゃあ疲労のリフレッシュがてらメンテナンスのためにセンターへ予約を入れておこう。

 夏休みはまだはじまったばかり。今ならむしろ利用者も少なくてちょうどいいだろう。

 端末を起動してセンターのホームページを開く。


「ん、3人まとめて予約取れるのは明後日だな。あさイチで」

「ちょうどいいじゃん!明日はリフレッシュ休暇ってことで」

「そうだね。わたしも思考のリセットにしっかり睡眠取っておきたいな。あとは~、やっぱりお菓子作りかな」

「照子はキッチンにいると頭の中をまとめやすいんだっけ」

「マジ?しょっぴースゴ」

「あはは。なんていうか、慣れた行動をとっているとついでに思考パターンも反復しやすいんだよね。それに、出来立てのクッキーを食べながらお茶するとすっごくリラックスできるし」

「なるほど~」


 本当に趣味というか生活の一部なんだなあ。

 いつもその恩恵にあずかっている身としては、素晴らしい行動パターンとしか言えないけれど。


「じゃ、明後日の10時に予約したから」

「オッケー!」

「ちょっと前に集合して先に装備預けちゃうってことで良いんだよね」

「もち。おれはバスの都合もあるしちょい早めに着くと思うけど、2人はギリでいーぜ」

「いや、ぼくはどうせランニングがてら早起きするからな」

「わたしもギリギリの行動って落ち着かないから…。ふふ、30分くらい前にはみんな揃っていそうだね」

「たしかに!」


 まあ、遅れるよりはずっといいだろう。早く着いたって何も問題はないわけだし。

 敗北からの再挑戦は少しおあずけになりそうだ。


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