奮闘中
湧きだすモンスターたちを重ね撃ち、駆けては切り裂き、壁に縫い付ける。
人形が軽いせいか、響くのは銃声や秋津くんの足音、それに装備のこすれる音ばかり。付属ダンジョンでのいつものゴーレム戦とは勝手が違いすぎて、思考が乱されてしまう。
遠距離攻撃のわたしと違って近距離で直接攻撃する秋津くんは手ごたえがあまりないのか、初めのうちは攻撃のあと体勢を崩しそうな場面もあったけれど、持ち前のセンスですぐに慣れて安定して攻撃できるようになっていった。
「っおし、終わり!にゃん」
作戦会議後、歩いては襲撃、打倒しては一息、そしてまた襲撃。
ゲームに例えるなら5WAVEくらいこなして、わたしたちは入口へと戻ってきた。
本物の人形と幻覚の人形が入り混じっているせいで無駄に体力気力を消費してしまった気がする。
慎重に周囲を索敵しつつ、深呼吸。
こう思うと行きではしゃべりながら結構な距離を歩いていたんだなあ。ううん、戦闘で足止めを食らいながら戻ってきたから、それもまた錯覚なのかもしれないけれど。
「…やっぱり。わたしたちが通った道は壁から2番目」
「こっちの細い方をよっしーは通ったはず、ってことか。にゃん」
「じゃあ、行こう」
ダンジョンの入口を背に通路を正面に見据える。広い通路がひとつ、そう思っていたけれど、あらためて見ればそこにあったのは細めの通路と、それよりは広い通路のふたつ。
この分かれ道がわたしたちの認識から隠されていたんだ。わかった以上はもう惑わされない。
支援用のロングバレルを背に装備したまま、腰に差していた護身用のショートバレルを手に構えて進む。
元々狭いせいか、あるいは窓もなくて閉塞感からそう感じるのか、窮屈な通路を歩く。
秋津くんも、武装展開したままで索敵警戒。展開時の一瞬が命取りになりかねないから、多少の歩きにくさは我慢するみたい。
体感で言うなら、よしくんと離れてから小一時間。
でも日の光のないダンジョン内において時間の感覚は狂いがちだから、どこまで正しいかは疑問だけれど。
そんな風に気を散らさぬように言葉少なに移動していると、あっさりと突き当りに来てしまった。
「ここで終わり?にゃん」
「行き止まり…。この壁はフェイク?ううん、感触もある」
秋津くんが眉を顰めたまま、奥の壁を叩く。音的には空洞があるわけでもなさそうだけれど…。
わたしもこっそり行き止まりの壁に爪を立ててみたけれど感覚はたしかにある。ならここは正しい壁だ。
ってことは、
「じゃ、やっぱり途中の通路に何かあるはず、か。にゃん」
「最初みたいにきっと偽の壁がある。だから、」
「こうしちゃおう!」
わたしの持つ速射式のショートバレルから威力の低い弾が弾幕のごとく張り巡らされる。よしくんのショートバレルよりも小型の銃は、銃身に合わせて弾も小さい。
銃口から飛び出したちいさなゴム製の弾丸が壁に当たっては反発して跳ね、あまり広くはない通路いっぱいに暴れまわる。
その中にぽっかりと空いた空間。跳ね回る弾丸が吸い込まれるように消えている。
そこだ!
「あたりっ!秋津くん!」
「まかせろっ、そおらァッ!にゃん」
秋津くんの脚ブレードが壁を切り裂く。
秋津くんの攻撃で偽装が看破されていたことに気づいたからか、壁だった部分は霧が晴れるように消え、入口が現れる。
やっぱり、隠し通路。流石に入り口に近い場所にはないだろうから、戻らずに試してみてよかった。
「ありがとう、秋津くん。これで道が出来たね」
「いやいや、しょっぴーの機転が天才的なんだって!にゃん。よっしー、待ってろよ。にゃん」
「じゃあ、一旦バフかけなおしておくね」
「さんきゅ。にゃん」
ぽっかりと空いた穴は不自然に暗い。廊下が明るい分、その黒がはっきりと浮かび上がる。
戦闘中に強化支援が途切れないよう、効果時間はまだあるけれど再度かけ直しておく。備えあれば憂いなし。準備は万端に、警戒は最大値でいい。
絶対、よしくんを取り戻す!
決意を新たに、わたしたちは暗い隠し通路に足を踏み入れた。
「…暗いね。ライトも全然効果ないみたい」
「地面を踏む感覚はあるけど、周りが見えないから感覚が狂いそう…。にゃん」
「歩いた感じだとそろそろって感じかな。左右の壁は…感覚的には1.8メートルってところかな。うん」
文字通り手探りの状態で進むため、歩幅も小さいし歩数に対してかかっている時間も長い。
でもこれで通路の幅と足場の確保は大丈夫そう。
非常時用に持ってきたライトが意味をなさないのは痛いなあ。点けて2センチくらいは明るいけれど、それ以上は暗闇に吞まれてしまう。
視界不良の中、片手がふさがれてしまうのは痛いので早々にライトをしまう。
片目を閉じてみたけれど、暗闇になれることもない。やっぱり自然な暗闇じゃないから意味ないか。
「しょっぴー、きた。にゃん」
視界がほぼ塞がれている状態での会敵。
予想はしていたけれど厳しい。もちろんモンスターからすればこの上ないチャンスなのだろうけれど。
こんな時こそ焦らずに、ひとつひとつしっかりと。
サッと武器を取り出す。この状態でもわたしが出来ること。有効かどうかなんて深く考えている場合じゃない。
「装填、ポイント【ゴム弾】。これ、伝えた通り持続力はほとんどないから…よろしく!」
「…!にゃん」
暗闇を光が弾く。
発光の支援効果を付与したショートバレルから放たれる殺傷力の低いゴム弾。副次効果で淡く光る弾丸。光る弾道。
通路に入る前にこっそり仕込んでおいてよかった。
ほんの少しの光源だけれど、それだけあれば秋津くんには十分らしかった。
駆ける靴音と動きによっておこる空気の流れ。布を切り裂く音。
よし、上手くいってる…!
「ぃって。にゃん。ちょい、おこ、った、ぞ!!にゃん」
「秋津くんっ!」
「武装展開ッ、棘!にゃん」
それでもすべての攻撃をさばくことはできず、負傷してしまったらしい秋津くんの声に焦りが募る。
でもすぐ秋津くんの切り札、防具シリーズ【針】の緊急武装展開によって難を逃れられたみたいだった。
「ふう。にゃん」
秋津くんはわたしのすぐ横に軽く戻ってきた。見えないのに器用だなあ。
事前の防御バフのおかげか、負傷は軽いみたいですこし安心した。すかさず回復弾を装填。
「大丈夫?はい、回復するね」
「ありがとう。にゃん。なんかフォークでつつかれたぁ。にゃん」
「どうだった?」
「あっちの方、中くらい。にゃん」
なるほど。
その情報があれば充分。
「じゃあ、わたしも使うね。とっておき」
ショートバレルをホルダーにしまい、ロングバレルを構える。
籠めるのは敵支援用のテクニカル強化弾。
こんなの、間違っても仲間には打ち込めないけれど。
「装填、強化【黄昏】」
――ファイア。
かんしゃく玉が弾けるような軽い破裂音。訪れる静寂。何の変化も起こらない。
黄昏。重く鈍い弾。実戦での激しい戦闘にはあまりにも不向きな性質。
その真価は、着弾した相手の超強化。ただし、その代価はあまりに高い。
着弾からすこし遅れてその効果が牙をむく。
暗闇がゆがむ。チカチカと光が差し込んでくる。
「ギッ、ギイィィィ!」
モンスターの悲鳴がして、暗闇が晴れる。
さあ、出てこい。
「出た!にゃん。」
「やっぱり、モンスター!」
明るい通路を圧迫する大きな蜘蛛型のモンスター。
直ぐ近くにはぼとりと地に転がる中くらいの大きさのトカゲ型モンスターもいる。
わたしたちを襲う見えない敵は1匹じゃなかった。想定通り、2匹いたモンスターに意識を向ける。
視界が明るくなったなら、もっといろんな手が打てる。こんな手にわたしたちは負けない!
「人形を操るクモと感覚を狂わせるトカゲのタッグってわけ。にゃん」
「森系ダンジョンに出る幻惑トカゲが、まさかこんなお城に紛れてるなんてね」
「暗闇の中、ありえない細い反射が紛れてたのはクモの糸ってわけだ。にゃん」
「カトラリーの音のずれは、密集した人形たちで細かい部分が隠れて見えなかったから。音もなく素早い動きのできるトカゲでも、さすがに対応できない部分は出るってことだね」
「暗くしたのは見られたくない物を隠すため。にゃん」
「つまり、よしくんはその大事そうに背にかばった通路の奥!」
「「通してもらうね。/にゃん」」
駆ける秋津くんのカバーに入る。
牽制の散弾をばら撒いて、素早く武器を持ち変える。籠めるのは支援のためのペイント弾。
生物の感覚を惑わせる分泌液、その出所をインクで塞ぐ。
通常は視界を防ぐ用途で使用されるものだけれど、強化され粘性を増したインクはトカゲの背にべっとりと張り付き覆い隠す。
これでもう、わたしたちは惑わない。
「いまっ!」
「まずは一匹ィっ!!」
斬!
高所からの鋭い一撃。
秋津くんのブレードがトカゲの体を両断、即座にバックステップでクモの攻撃をかわす。
見えてさえいれば対処は出来る。ただでさえ大きなクモは秋津くんの速さに敵わない。秋津くんの身軽さが狭い通路で活きてくる。
「っあ~!にゃん。急に音戻ってきた、やばい、しょっぴー!にゃん」
「わかった!」
とはいえ、元凶が絶たれてごまかされていた感覚が一気に戻ったせいもあって、こちらもすぐに万全の状態に戻ったわけじゃない。
研ぎ澄ましていた感覚、とくに聴覚に負担が大きく、秋津くんが怯む。
自分の出している音、クモの音、操られた人形の音。遠ざかっていた音が鮮明になる。わたしでも一瞬くらっとしたから、ねこみみの秋津くんはもっとつらいだろう。体勢を崩さないのは流石と言える。
バックパックから急いで取り出したアンカーを床に打ち、エリアを囲う。
攻防のなか、少し開けた空間に移動していたため、壁を作ることはできずエリアも狭い。そのうえ秋津くんの位置をはかり間違えてしまい、通路に誰もいない空間がぽっかりと出来上がる。
「ごめんっ!装填、阻害【聴覚】!」
真ん中の空白をよけるように左右からいつの間にか湧いていた人形とクモが迫る。
散弾をばら撒いて時間を稼ぎ、いそいでロングバレルを構える。デバフの弾丸がなんとか視界の端で逃げ惑う秋津くんをとらえた。
「…っと、助かった!にゃん」
再び音を遠ざけた秋津くんの脚ブレードが人形たちをかいくぐり、クモの足をとらえる。
浅い。
「結構かったいなあ、こいつ!にゃん」
「装填、強化【貫通】っ」
「ぶちぬけェっ!!にゃん」
足の半ばで止まったブレードを軸に身体をひねり、貫通力の増した左足がクモの腹をぶち抜く。でもクモは止まらない。
残った足が秋津くんを貫かんとばかりに迫る。
「もう一撃ィっ!」
「おりゃあッ!!にゃん!」
悲鳴のように叫びながら弾丸を放つ。声が裏返ってしまったけれど、気にしてなんかいられない。
弾はクモの足にうまっていた秋津くんのブレードを解放し、そのまま背中に迫る足を弾く。
自由になった足でクモの体を駆け上がり、飛び上がった秋津くんからとどめの一撃。落下と自重、強化の入ったブレードが槍のごとく突き貫いた。