一方その頃
「~なんてさ。にゃん。あのときのよっしーは最高だったね!にゃん」
「ふふ。わたしも見たかったなあ、そんなよしくん」
「しょっぴーも同じクラスだったらいいのにさ。にゃん」
「来年こそは3人一緒のクラスだと良いね」
「だよな!にゃん。よっしーもそう思うっしょ?にゃん」
「…よしくん?」
あれ?相槌もないなんてどうしたんだろう。
そう思ってふと視線を泳がせたわたしは、凍り付いてしまった。
そこにいたのは、ううん、あったのはマネキンみたいなダレカ。
「…よしくんじゃ、ない……。あなた、だれ…?」
異常に気が付いた秋津くんが振り向くよりも先に、ゆっくりとよしくんじゃないダレカの首がまわる。
よしくんは絶対にしない、のっぺりと感情のない顔。
目が、わたしの方を。
「…!」
モンスターだ。そう反射的に声を出そうとして、失敗する。
がくっと、音もなく首がずれる。
ごきゅりとのどが鳴る。こわい。
「しょっぴー、ごめんッ!!にゃん」
恐怖と衝撃で固まってしまった。
頭では回避とか衝撃に備えて身構えなきゃと思うのに、体が凍ったように動かない。
怖い。いやだ。動いて。動け…!
そんな動けないわたしの横を突風が過ぎて、わたしの後ろでパカンと衝撃音が鳴った。
インパクトの衝撃と裏腹に、壁に激突した音はひと1人分よりもずっと軽い音。
秋津くんがダレカのことを蹴り飛ばしたのだと、遅れて気が付いた。
「っ、ぁ…」
「しょっぴー大丈夫!?にゃん」
数歩分の距離を一気に埋めた秋津くんがわたしをかばうように立ちふさがり、ダレカがぶつかったほうをにらむ。
けれど、もうそこにはなにもいなかった。
あきらかに重いものがぶつかったはずの壁にも全く変化がない。
そこでわたしはようやく息が出来た。思い出したように酸欠で頭がくらくらする。
酸素がいきわたってすこし頭が回るようになってきた。
「なんだったん、だろう…。ううん、それよりもいつ、よしくんと入れ替わって…?」
「しょっぴー…あの、それどころじゃない、かも。にゃん」
「ぇ、」
秋津くんの指さす方を見る。
いままでの空白が何だったのかと思うほど、通路の奥からモンスターが湧いていた。
さっきまでのダレカとは等身の違う、ドールと呼ぶタイプのお人形。球体関節のシンプルな造形。
けれど、眼孔はぽっかりと暗く不気味だ。
「人形、だから音がなかった…?」
衣擦れの音もない。近づいている事にも全く気づけなかった。
考えのまとまらない頭で必死に思考する。
考えろ、考えろ、考えろ!ちゃんと考えて態勢を整えないと、現状を打破できない…!
もちろんモンスターがそんな暇を与えてくれるはずもなく、人形たちはわたしたちの方へ襲い掛かってきた。
まずい…!
「っまずは一手に絞ろう!秋津くん、そっちおねがい!」
「おっけー!にゃん」
「領域固定、展開!装填、強化【耐久】っ!」
バックパックに手を突っ込んで、手探りでなんとか目当てのものをつかみ取る。視線をそらして強襲されれば、わたしなんてあっさりやられてしまう。
急いで取り出したダンジョン泊用のエリアアンカーをどうにか打ち込み展開したら、背に負ったロングバレルを抜き、アンカーを強化して即席の壁に変える。
ああ、強化用のカートリッジを差したままでよかった…!
問題なく音声を認識したアンカーが共鳴して安全地帯を作り出す。使用方法とは異なる、横ではなく縦に展開したエリアは結界のような役割となってわたしとモンスターを区切る。
行き当たりばったりの苦肉の策だったけれど、なんとか機能したみたい。ふわふわうごめく人形たちではこの疑似守りの壁を崩せないみたいだった。
人形たちの持つおもいおもいの武器、というかカトラリーが壁にぶつかってはカツカツと音を立てている。
「っは、はあ、はあ…。ふう、うまくいった…」
秋津くんは?
とりあえずの安全が確保できたので、ばくばく激しく動く心臓を落ち着かせるように肺いっぱいに空気を取り込みながら、あたりを見まわす。
秋津くんは…。
「ほいっと。にゃん」
全っ然、余裕そうだった。
軽々と空に翻り、鋭い刃と化した脚部装甲がつぎつぎに人形を切り裂いていく。
秋津くん側はわたしの方に来ていた人形たちよりも数が多かったはずだけれど、さすが、相手にもなっていないみたいだった。
切り裂かれた人形はぽとりと床に落ちて、霞のようにその存在を霧散させている。
すごい。頼りになるなあ。
「これでさーいご、っと。にゃん」
秋津くんは余裕を残したまま壁をけって身をひねり、わたしの傍に着地。
10点!
じゃなくて、
「おまたせ!にゃん。しょっぴーは大丈夫だった?って、うわ、すご。にゃん」
「あ、お疲れ様。秋津くん。わたしの方はなんとか」
「ほえ~。にゃん。あ、これって新しく買ったやつ?にゃん。今日の為にいいやつ買ったって言ってたもんね!にゃん」
軽く息を整えると、あとは興味津々そうに即席壁に近づく。
こんな使い方もできるんだ!なんて面白そうに眺めている。
「ふつう、こんな使い方はしないと思うけどね。とっさに思いついて取り出せたのがこれで、あとはなんとなくできるかなって」
「さすがしょっぴー天才ッ!にゃん」
「えへへ。さすがに今回は機転効きすぎだと思う、わたし」
ダンジョン内での宿泊、というのは当然推奨されるべき行いではないのだけれど、規模の大きなダンジョンの場合、長時間の滞在になることはざらにあるのでやむを得ず宿泊という方法をとったりもする。
そんなときに役立つのが、このエリアアンカー。
6本の杭はダンジョン内に打ち込まれることで作動、起動用キーワードを認識して打ち込まれたエリアを隔離する。この際、出来うる限り凹凸なく配置することが重要となる。多少は傾きがあっても問題ないけれど、打ち込みが甘ければ意図せず解除になってしまうかもしれないから。
このエリアアンカーは、セーフティゾーンの限られたダンジョン内に強引にセーフティゾーンを作り出す、画期的かつ実用的なアイテムだ。発売当初から、ううん、発売前からすごく注目を集めていて、一流のダンジョンアタッカーは必須アイテムとも言っているくらい。
もちろんお値段も結構、そう結構な額だし、より広く強度を高くと求めれば学生どころか社会人でも手が出せないような金額になってしまうわけなのだけれど。まあ、わたしは心配性の両親から半ばプレゼントのような形で受け取っている。多少自分でもお金を出したから、自分で買ったとも言えなくもない、はず。
まあお値段に関してはダンジョンという未知の空間に対して無理矢理に外から干渉するのだから、さもありなんって感じなのだけれど。安全をお金で買えるなら、それに越したことはないよね。
息を整えて壁の方に意識を集中すると、壁にはじかれるカツカツ音は少し減っているような気がする。
いや、目視でもさっきより人形の数が少ない様に見受けられるから、あきらめて散ったのかもしれない。
ということは、今のうちに。
「秋津くん、いけそう?」
「もち!にゃん」
とっても頼もしい返答。
1人じゃなくてよかった。
もちろんその分、孤軍奮闘中のよしくんは大変なのだろうけれど。
そのためにもここをさっさとクリアしちゃわないと!
「じゃあ、いくよ。…領域固定、解除っ」
「っしゃあ!にゃん」
音声を認識したアンカーが領域を解除する。せき止める壁を失ったことで人形たちがなだれ込んでくる。
その隙を、ばびゅん、と飛び出した秋津くんが無双していく。
舞い散る布きれ、きらめくカトラリー。
わあ、きれい。なんて場にそぐわない感想さえ浮かんでしまう。
「よーっし、完了!にゃん」
「ありがとう、お疲れ様。新手が来ないうちに一旦エリア隔離して作戦会議しようか。入口まで退却している間にまた挟まれてもこまっちゃうし」
「さんせー。にゃん。おれもまだ体力的に余裕あるし早くよっしーを探したいけど、こういう時は焦っても良くない、もんね。にゃん」
アンカーを回収。
ただしく床に打ちなおして一旦安全圏を確保したわたしたちは、情報のすり合わせととりあえずの方針を決めるべく話し合うことにした。
「入れ替わりのタイミングがつかめなかったこと。五感が強化された秋津くんでもモンスターの接近にギリギリまで気づけなかったこと。モンスターたちの挙動で音がしなかったこと。…つまりこれは、幻覚、なんだと思う」
「おれたちの感覚が騙されてる、ってことか。にゃん」
「そう。モンスターたちの持つ武器、カトラリーはわたしがつくった即席の壁にあたったとき、カツカツ音がしていた。けれど、よーく見てみると、壁に接触したときと音の発生にはほんの少し、わずかなズレがあったの」
「視覚が騙されているなら聴覚も騙されている、か。にゃん。ま、当然の結論だよなあ。にゃん」
孤立無援となっているよしくんを思うと今すぐにでもダンジョン内を駆けまわって探したいけれど、それが悪手であるくらいは、さすがにわかる。
わたしも秋津くんも、握りこんだ手のひらにはきっと爪の跡がついている。
わからないことがこんなにも怖いことだなんて、思わなかった。悔しいな。
「ただ、アンカーを打ち込んだ距離、疑似壁がモンスターたちの侵入を阻めたってことは、この通路の幅はおそらく正しいはず、だよね」
「装飾は無視するとして、モンスターたちはダンジョンの外殻までは騙せない。にゃん。いや、騙せるけど、それをするには大規模すぎるしリソースがない。にゃん」
「あるいは、メリットがない、だね」
「そう。にゃん。入れ替わりが通路に踏み出した時には発生していたと考えれば、たぶん、通路自体の見え方が違った。にゃん」
ダンジョンに入った段階、入口では確実に本人だった。
バフをかけた手ごたえもあったし、そこは間違いない。攻略方針だっていつものよしくんだったし、そこで襲われていたならもっと違和感があったはず。
つまり、マッピングの話の後、踏み込んだ通路が違っていたんだ。お互いの顔が見えなくなって、前の人の背を追う形になったからおかしくなった。
結果、わたしたち2人と偽よしくん、本物のよしくんは1人で偽のわたしたちと。それぞれ別の通路に入った。
「偽物の通路……最初から分断目的ってことだよね」
「壁の偽装、か。にゃん」
チッ、小賢しい真似を…にゃん。小声で悪態をつく秋津くんは堂に入っていて、けれど語尾もあいまってちぐはぐだった。
いままで聞いたことが無いような低い声だった。
「とりあえず。これ以上の分断は絶対に避けたい」
「もちろん。にゃん。おれはともかくしょっぴーが1人になるのは最悪のケースだから。にゃん」
「そのための対策をしなくちゃ、だね」
「五感が騙されるとしたら対策のしようもないけど、実際にはその精度には粗がある。にゃん」
「それがモンスターの限界値ならいいんだけれど。でも、敵を侮るのは論外としても、あんまり強大に仮定しすぎてもキリがないから…」
どうしたって上を見ればキリがない。
強すぎる敵の想定はどこまでもできてしまうから、今はこれまでの範囲のなかで評価・分析するとしよう。
それだって不確定要素が多すぎて、全然穴だらけなのだけれど。
「奇襲を考えれば身軽さを捨てるわけにはいかないし…にゃん」
「あ、じゃあ、こうしよう。………、…」
「……、うん。にゃん。それでいこう。にゃん」
念のため小声で対策を共有し、わたしたちは戦うことにした。
待っててね、よしくん…!