ぼくのダンジョン
時計の針を進めて、夏。
夏休み初日。7月20日。
とうとうダンジョンを作る日がやってきた。
「天候は良好。異物の除去は完璧。陣の構築も最後の仕上げだけ」
完璧だ。
あとは最後の1本を地面にセットして陣を完成させるだけ。
「よし。ふう……心臓バクバクしてきた…」
ダンジョン経営という単語というか職業を知ってから8年。
幼いなりに書斎の本を読み込んだりライブラリに通って勉強して、予定地の準備には7年かけた。
ぼくの人生のおよそ半分をかけて準備してきた、今日の為に。
願わくば、深度7レベルの上位ダンジョンになりますように…!
【起動】
【異境接続、門構築、第一、第二、第三、第四、第五、第六点、接続】
【循環増幅、回転数上昇】
手に持った六角の鏡面端末が発光し、籠目に打ち付けられた境界杭に連動して甲高い音を響かせる。
システマチックな音声が流れる。
6本の杭。端末にはめ込まれた6つの球。
目の前の杭が熱を帯び、目に見えるほどの強いエネルギーを発する。
視界の外にある他の5本の杭も、同じように稼働しているのだろう。
【臨界点突破】
【異境、現界】
とても大きな、まるで城のようなテクスチャが薄く張り巡らされ、瞬きの間に定着した。
端末が震え、吐き出されるように1本の鍵が投影された。
【幻想固着】
【管理権限作成】
【鍵生成】
【構築完了】
光が収束し、端末は沈黙。
ぼくの手元には、手に収まるくらいの大きさの鍵が残った。
「…っふう~」
いつの間にか息を止めていたらしい。
安堵とともに吐き出し、新鮮な空気をいっぱいに吸い込む。
そのまま深呼吸を2度3度と繰り返し、その場に崩れ落ちるように腰を落とす。
握りしめた鍵はほんのりと熱を帯びている。
「これが、ダンジョンの管理権限か」
とりあえず少し休憩して、照子とアキを呼ぼう。ああ、でもまず、おばあちゃんに報告だな。それから2人を呼んで軽く探索しよう。
とりあえずは、いましがた作られたこの城。もとい、ぼくのダンジョンに誰も入らないよう対策をしなければ。
いくら私有地の山のなかとは言え、物理的におおきな変化だし、ダンジョンが建ったとすぐにわかってしまうから。
鍵を握るとなんとなくどうすればいいかわかる。
「異境施錠【ロック】」
ダンジョンの入口に向けた鍵を宙でひねる。
音もなく、しかし魔法陣のようなエフェクトが出て、鎖が伸びた。
魔法っぽい…!かっこいい!
「うわ、すご…。テンション上がるなあ…!」
記念に写真撮っておこう。
端末を向けて一枚。とりあえず証拠写真というか記念写真を撮って一時帰宅。
朝とはいえ夏なのでもう日差しは暑い。山中を杭打って歩いたこともあって汗もかいてしまっている。
軽くシャワーで汗を流して水分補給。やっぱこのハーブウォーターが一番美味しんだよな。
そんなこんなですこしの休憩をはさんでいると、大きな荷物を背負った照子とアキが合流した。
といっても元々来る予定だったので近くまで来てくれていたというわけなのだけれど。
「おつ〜。やってんね〜、よっしー」
「お疲れ様。よしくん」
「ああ。照子もアキもありがとう。荷物はいつものところに置いておいてくれ。じゃあ、早速行こう」
「おー!」
まあ、行くと言っても家の裏手から少しの距離なのですぐに到着するわけだが。
荷物を置いてサクサク歩く。さて、2人はどういう反応をするだろうか。
「これがぼくのダンジョンだ」
ダンジョンを背に大きく手を広げてアピール。
流石の規模とビジュアルに2人も驚いているようだ。うんうん。
「これがよしくんのダンジョン…」
「なんか、ダンジョンっていうか…」
「わかる。城、だよな」
「うん」
「建国そこそこ経ってそろそろ修繕するか~、って感じの城」
アキの的確すぎるコメントに返す言葉もない。というか全面同意だ。
城。
それも西洋風の、華美過ぎないが荘厳な趣のある佇まい。
新品同然の美しさ、というわけではなくて、しかし薄汚れたとかボロいという表現も正しくないのだろう。
アキの言う通り、使用と経年劣化による少々のくたびれ具合。いうなればヴィンテージ、だろうか。
いや建物にヴィンテージはないか。歴史ある佇まい、だな。うん。
「海外には塔っぽいダンジョンもいくつかあるって聞くし、画像を見たこともあるけれど…」
「国内だとめずらしい、ってか、こういう城は初じゃないっけ?」
「ああ。首都第一ダンジョンを除けば一番有名なのは北海道の監獄ダンジョンだけど、他は大体、洞窟の入口っぽいタイプか大きい門だけって感じだし」
「これ大きさもかなりでかいし、地上部分でこんなにデカい時は中の広さとか階層もめっちゃ多いっていうじゃん」
特徴的な外観のダンジョン。地上部分にダンジョンの露出が多く、それが過去現在において実在を確認された建造物に似た形状をしているダンジョン。
そういうダンジョンは稀に出現する。
噂によるとそういうダンジョンには裏で規格外の称号が与えられ、本免許持ちでも利用には特別な許可が必要とかなんとか。
身近にないから詳細は不明だが、すくなくとも首都第一には利用制限があるらしいので本当なのかもしれない。
「このレベルなら絶対に深度7だね!」
「深度審査はもうした?」
「いや、まだ。構築陣セットは間に合ったけど、深度審査は落ち着いてからでいいかなって。開業までに済ませればいいしさ」
「じゃあ暫定深度7ってことで!」
「初踏破、まではいかないかもしれないけれど…行こう!よしくん」
わくわくした表情の2人はさっさとコンバートし、準備万端という感じだ。
もちろんぼくも2人につづく。
「リング、コンバート」
「よーっし!!行くぞ!!!にゃん」
「うんっ」
「ああ」
この日の為により鍛錬を積んだぼくたちなら、初日踏破も夢じゃないかもしれない。なんて。
希望的観測と根拠のない万能感で身体も軽く感じる。
ぼくたちはお互いの顔を見合わせ、頷き合う。
この夏休みをダンジョンに捧げるべく、ぼくたちは意気揚々とダンジョンへ侵入した。
「…」
侵入失敗。
ガチャガチャ、扉を開けようとするも全く開かない。
え、押しても引いても駄目なのか…?もしかしてスライド……。
「…」
開かない。
「どしたー、よっしー?感極まっちゃった?にゃん」
「よしくん?」
すうー…。ふんっ!
「…」
え、何か間違えたかぼく!?
本当にびくともしないんだが!
1人焦りまくるぼくの後ろで不思議そうな2人。いやいや、ここまで来てまさかそんな、え?
「…よしくん、鍵かかってない?」
「解錠【アンロック】」
懐から取り出した鍵でドアの施錠を解く。
…いや、何にもなかったですけど?
気を取り直してダンジョンへ。
見た目通り重厚な扉は手を離すとズウンと重い音を立てて閉ざされる。
付属ダンジョンのどれとも違う内装。空気。
まだ日は高かったけれど、ダンジョン内は外と隔絶された空間なので外からの光は入ってこない。
「…なかも結構西洋風だね」
「雰囲気あるな」
「たしかに。本物のお城って感じ。にゃん」
石造りの城。壁にはタペストリーや装飾、窓から外の景色は見えない。
外観から想像した通りのデザインというか、中に入っても特に違和感はない。
ただ、照明の類はほとんどないのに煌々と明るい。
とはいえ、ダンジョン内ではそういうものなので不思議はない。
「まずはマッピングもかねて丁寧に行こう。なんとなく大まかな構造はわかるけれど、細かい所は未知の領域だし。分岐は右、突き当ってから戻って次」
「おっけー!にゃん」
「奇襲がないとも限らないし、モンスターの情報もないから、今のうちにバフ盛っちゃうね」
「ありがとう、照子」
「さっすが、しょっぴー。にゃん。お願いしまっす!にゃん」
「装填、強化【体躯】」
そのまま玄関口となる開けたフロアで下準備を済ませる。
手早く重ねがけられていくバフの強力さは身にしみてわかっている。
とても頼りになる支援だ。
照子のバフを受けながら視線だけは動かして周囲の確認。
「ん~、聞こえる範囲ではモンスターの動きはないかな。にゃん」
「ねこみみのアキでも何も感じないってことは、少なくとも入口付近はセーフティエリアってことかな」
「ダンジョンによっては入って即奇襲もありえるもんね」
一応ぼくも目を閉じて耳をそばだててみるが、特にモンスターの動く気配はなさそうだ。
この玄関ポーチに怪しそうなものもないし、トラップの線も薄そうだ。
残念ながら管理権限があると言っても、ダンジョン内が手に取るようにわかるとかモンスターに襲われないとか、そういう権能はないみたいだし。地道にあたっていくしかないだろう。
兎にも角にも、攻略開始だ。
「…なんか、なにもないな」
モンスターの影も形もない。
幸いはじめに選んだ通路はほどほどに広く3人で横並びに歩いても問題はないけれど、念のため隊形をつくって歩く。
隊形といっても3人なので、先頭にアキ、すこし空けてぼく、その1歩分斜め後ろに照子という並びだ。気持ち壁沿いに伝い歩く。いや、怖いわけじゃないですけど?
ぼくたちのパーティは人数が少ない分ごちゃごちゃと混戦するようなこともないのだけれど、役割や立ち位置を決めておくといざというときに役に立つ。って宮先生が言っていたし。
等間隔に配置された窓にぼくたちの姿がぼんやりと反射している。
「内装もそうだけど、モンスターも湧かないし、明るいのもあってダンジョンっぽくないな」
なにか条件を満たしていないとダメ、とかなのだろうか。
特にモンスターの発生に条件があるという話も聞かないけれど、新しいダンジョンは情報がないから何とも言えないなあ。
「どう思う?アキ」
警戒して索敵しているせいか普段より口数が少ないアキに問いかける。
しかし、アキは反応せず、ずっと同じ歩調で先を見据えて歩いている。
「…アキ?」
アキにしか感じ取れないレベルの違和感や異常があるのだろうか?
ぼくも足を止め集中し、感覚を研ぎ澄ませる。
「…」
おかしい。なにも感じない。
これはぼくの耳では聞き取れないほど遠くからか、あるいは小さな音なのか。
照子にも確認してみようと振り向いた。
「…え?」
そこにいたのはのっぺりとした表情のダレカ。照子、ではない。
一瞬フリーズしてしまったが、慌ててアキに駆け寄り顔を覗き込む。
ヒュッとのどが絞まる音がする。
アキじゃない。
「っな、なにが、おこってるんだ…?」
たった数分前まで会話していたはずの照子。先頭を歩いていたはずのアキ。
2人は忽然と姿を消していた。
歩みを止め、呆然と立ち尽くすぼくの視界の端に光が映りこむ。
さきほども見た窓に、ぼくの姿がぼんやりと映っている。
通路を歩きはじめたのと同じ隊形。その姿は歩いているように横からしか伺えない。ぼくはこうして立ち止まっているのに。
おかしい。そう思うよりも早く、すうっと窓のなかの姿が鏡のように鮮明に変わっていく。
向こうのぼくが横を向く。ぼくの方に。
バッと勢いよく振り返ると、そこはまっくらだった。
「え、…?」
明かりが消える。
見ていたはずの鏡のような窓も消えて、ぼくは狭くまっくらな闇の中に取り残された。