許可証
申請からおおよそ2か月の月日が経って、ようやくダンジョン庁から封筒が届いた。
数日前からそろそろ届くだろうかとそわそわして、早朝配達に時間にエンジン音で飛び起きてはポストへ駆け寄っていたけれど、やっと。
長辺約34cm、短辺約25cm、厚さ約2cm。
ごく一般的な郵便形式。
中身は書類が数枚と薄い10センチ四方のケース。
厳かに納められていたのは金色のラインが引かれた黒いカード。
表にはシンプルなダンジョン庁のマーク。正円のなかに正三角形を上下に組み合わせた籠目。
裏には異界門所持管理許可の文字。右下にさりげなく振られたシリアルナンバー。
シンプルな金属製。光沢から見るにダンジョン合金。
「おお~。これが許可証かぁ。見た目以上に結構重いな。うわ、本物のダンジョン合金だ」
爪で軽くはじいてみる。
ひんやりとした温度が指先に伝わる。
ダンジョン合金。ダンジョンドロップとの掛け合わせで作られる超合金。
生産も加工も厳重に秘匿され、勇者でも薄い傷を入れるのが精いっぱいという強度。そして金属光沢がうろこ状という特徴がある。
一通りカードを眺め終わると丁寧にまたケースにしまい込む。
いや、この短時間に落として破損なんて堪ったものではないし。念のため。ダンジョン合金なら落としたくらいで傷つかないだろ、とか正論はこの際いらない。
同封された書類には、紛失・破損などの注意書きが小難しく書かれている。
なになに…、ふむ。再発行時には始末書の提出と審査、罰金と再発行料がかかる厳重っぷり。さすがだな。
ほかにこのダンジョン合金が使われるカードといえば、四半期ごとのランキングでトップ100に入るような実力者くらい。
つまり、ダンジョン合金製のカードなんて持っているだけでステータス、というやつなのだ。かっこいい。
まあ、紛失はともかく破損はなさそうだし。紛失には細心の注意を払うように気をつけよう。
このために買った革の定期入れにカードをしまい、しっかりとチェーンをつなぐ。
早起きしてワクワクしながら開封したからか、ひと段落ついてお腹が減ってきた。
さっさと支度を済ませてリビングに出ておばあちゃんが用意してくれた朝食にありつく。
「いただきます」
手を合わせたら、がぶり。
朝からがっつり肉。1日の活力はやっぱり肉からだ。
うん、おいしい。
ぺろりと平らげて食後の牛乳を喉に流し込んでいると、畑の水やりに離席していたおばあちゃんが戻ってきた。
「由水。おめでとう」
「ありがとう。おばあちゃん」
ぼくに残された唯一の身内。大恩ある祖母。旭 とみ。
しゃんと伸びた背筋が本来よりも年若く見える一因というか、見た目以上に本当にしっかりした人なのである。
普段からめちゃくちゃ助けてもらっている身だし、今朝届いた許可証なんて申請書類のみならずいろいろ準備してもらったし、全然ぼく一人の力ではないわけだが、おばあちゃんに祝われることはシンプルにうれしい。
カードと書類一式をおばあちゃんに渡す。
さて。
カードを手に入れて終了、というわけでは当然なく。むしろここからがスタート。
ダンジョンをいつでも好きなだけ利用出来て、かつ、外部利用者からの一定の収入も見込める。
ダンジョン経営はぼくにとって夢であり、自分の好奇心を満たせて、かつ、おばあちゃんを安心させられる一挙両得の手段なのだ。
そのためにもあと少し土台作りが必要だ。頑張るぞ…!
人知れず決意を新たに食器を片していると、広げていた書類を見終わったおばあちゃんに声をかけられる。
「照子ちゃんには報告したのかい」
「ううん。まだ。照子とアキには今日報告するつもりだよ」
照子ちゃん。ぼくの恋人。そして友人のアキ。
2人には中学で出会った時からこれまで、時には家にも呼んで遊んだりもして仲良くしているから、おばあちゃんは2人がお気に入りだ。
2人もおばあちゃんを慕ってくれて、春休みにはお肉や庭の野菜たちを使ってバーベキューをしたりもした。あの時はアキの即席肉サンドがめちゃくちゃに美味しかったんだよな。
「そうかい。ダンジョンは秋ちゃんも手伝ってくれるんだろう?今日はそのまま3人で帰ってきなさい。御馳走を作ってお祝いにするからね」
「わかった。伝えるよ」
「まっすぐ帰ってくるんだよ」
「うん。いってきます」
「いってらっしゃい」
今朝は2人にいい報告が出来るな。きっと驚いてくれるだろう。
おばあちゃんから返されたカードをきちんとしまい、うっかり落とさないようにチェーンをベルトを通す輪っかに付けてポケットにしまう。
靴を履きながら肩にかけたスクールバッグの持ち手をしっかりと握りしめて歩き出した。
普段よりずっと早い時間。
教室には誰もいない…はずだった。
「おはよう、よっしー」
「おはよう、よしくん」
「お、はよう」
教室につくと照子とアキがぼくの机の傍に立っていた。
あれ、なんでいるんだろう。今朝は特に何も約束していなかったはずだけれど。
「なんでいるんだろうって表情してるね」
心を読んだのかと疑いたくなるほどドンピシャリと心境を当てられてどきりとする。
にこにことした笑顔の照子。
なんだか楽しそうだ。可愛い。
「ふっふ~ん。おれたち実は気づいちゃったんだよな~」
「そうそう。わかっちゃった」
にんまりしたアキが照子に続く。
この流れは良くないぞ。いつものパターンだ。
つまり、
「「許可証、届いたんでしょ」」
「降参」
両手を上げる。お手上げ。ハンズアップ。
勘の鋭いアキと書類作成を手伝ってくれた照子。
2人の目をかいくぐることなどぼくには不可能なのだ。まったくサプライズ泣かせの2人だ。
「見して見して!」
「見たい見たい!」
はしゃぐ2人におとなしくカードを渡す。
ぼくが今朝そうしたみたいに、かるくはじいてみたり照明に透かして見たり、くるくる手遊んでいる。
「これがダンジョン経営許可証かあ。ダンジョン合金、はじめて触っちゃった」
「おれも。結構重いんだな~。ずっしりしてる」
「うん。まあ気づいていたみたいだけど今朝届いてさ。こうして実際にカードが手元にあると、なんていうか、ようやくスタート地点って感じ」
「うんうん!今年の夏はダンジョン合宿の参加を見送って自分のダンジョン攻略をするんだよね」
「ああ。予定地にしていた裏山もおおかた整備が終わったから、あとは規模に応じた陣の構築だな」
「どのくらいの規模にするんだっけ?」
「土地の許す限りの大きさ。だからまあ、深度5~7くらいになると思う」
「デカッ!!」
ダンジョンの規模は深度1~7と数字で表記される。普通にダンジョンレベルとも呼ぶけれど。
基本的にはダンジョンを構築する土地の大きさに比例しており、大きいほど構築陣が複雑になり準備にも手間がかかる。あとお金も。
ほぼ無収入の学生には世知辛い話だが、のちのリターンを考えるなら妥当な金額なのだろう。
「下準備はよしくんがひとりでしているんだっけ」
「何でもかんでも頼りっぱなしじゃあいけないからな。おばあちゃんも手伝うって言ってくれたんだけど、このくらいは自分だけでしたくってさ」
「立派だぞ!よっしー!」
「なんの立場なんだよ、アキは」
「すごいよ、よしくん」
「ありがとう、照子」
下準備。
おばあちゃんが用意してくれたぼく名義で所有するそこそこの広さの山。それをだいたい7年くらいかけてチマチマ自力で整備した。
といってもゴミ拾いとか雑草刈りとかだけれど。私有地とはいえゴミが皆無なわけではなかったので。
もちろん購入時にきちんと柵も立てて看板も設置しているので、新しいゴミ被害はほとんどないけれど。でもまあ、皆無ともいえないのが悲しい現実だ。ポイ捨てダメ、絶対。
「ダンジョンを作る時って、植物みたいな自然物は撤去しなくてもいいんだっけ」
「うん。ただ建物とか人工物は異物になるらしくて完全撤去が推奨されているんだ。小さなものならそこまで影響しないらしいけれど、異物があると等級が低くなりやすい、らしい」
「へえ~。おもしろいよな、ダンジョンって」
「まだまだ謎も多いからな」
ダンジョンの謎。
いろいろあるけれど、まあ、ファンタジーは全てをつまびらかにすべきではない。とぼくは思う。
謎だから、おもしろい。
昔のファンタジーものとか、都市伝説やミステリーはぼくの好物なので馴染み深いのだけれど、やっぱりワクワクするのは謎が、未知がそこにあるからなのだと思う。
「あ、それでなんだけどさ」
3人でわちゃわちゃしているとそのうちに他の生徒が登校してくる時間になっていて、窓の外がにわかに騒がしくなってきた。
予鈴が鳴って教室がもっと騒がしくなる前に伝えておかないと。特に照子はクラスも違う。
あやうく伝えそびれる所だった。あぶないあぶない。
「おばあちゃんがお祝いしようって。急だけど今日はぼくの家でパーティーしよう。おばあちゃん、ごちそう作って待ってるって」
「やったあ!」
「よっしゃ!」
おばあちゃんのごちそう。
自分で伝えておいてなんだけれど、朝からもう夜が楽しみすぎる言葉だ。
なんども味わっている2人もまた楽しみに喜びの声を上げた。
今日は寄り道せずに帰らなければ!ダンジョンはお預け、たまにはリフレッシュしないと。
はやる気持ちから次第に駆け足になって、飛びつくように玄関のドアを開ける。
「ただいま!」
「おじゃまします!」
「おじゃましまーっす!」
三者三様に玄関口をくぐる。
扉を開く前から、換気扇経由で食欲をそそるいいにおいが漂っている。
あれからぼくたちはそわそわしながら授業を終え、荷物を手に小学生みたいにわくわくしながら帰路についたわけで、なんなら結構急ぎ足だったので、お腹もペコペコだった。
高校2年生としては、わんぱくすぎるだろうか。
「おかえり。さあ、手を洗っておいで」
「「「は~い」」」
キッチンの奥からおばあちゃんの返事が聞こえてくる。
さっさと手洗いうがいを済ませた子供たちは、期待に輝く目を隠さず席についた。
テーブルにはおおきな机をおおいつくすごちそうの数々。
照り焼きの魚。ぶ厚いステーキ。いろ鮮やかなちらし寿司。スープにサラダ。
お刺身もだし巻き卵もハンバーグもある。
おばあちゃんが最後の大皿を持ってくる。たっぷり盛られた自家製完熟トマトのミートソーススパゲッティ。アキの大好物。
「おいしそ~!とみちゃん最高ッ!!!」
なぜかおばあちゃんをちゃん付けで呼ぶアキだが、まあ、おばあちゃんが許しているし仲がいいことはいいことだろう。うん。
「わたし、ちょうど昨日、いただいたお野菜でチップスを作ったんです。ぜひ食べてください!」
かたや、おばあちゃんの自家製野菜を加工して持参する彼女。
テーブルにまた美味しそうなチップスが盛られる。
料理上手って本当にすごいよなあ。ぼくは簡単な焼くとか煮るとかしかできないから。
「ほんと、照子もアキもおばあちゃんっ子だよな」
「いい子たちだよ。もちろん、由水もね」
「さあ、グラスをもって。ジュースはないけれど、みんな大好きハーブウォーターはたっぷり用意したからね」
「やった。おれオレンジのやつ!」
「わたしはカモミールのにしようかな。よしくんはソルトだよね」
「うん。ありがとう」
透き通る水の中、輪切りのオレンジやハーブがゆらめいている。
手近にあるボトルをとって、それぞれのグラスにさわやかなハーブウォーターがたっぷり注いでいく。それぞれお目当てのグラスと交換して好きな味を手元に確保。
おばあちゃんのハーブウォーターを飲みなれていると市販のジュースって甘すぎたり濃すぎたりして落ち着かないんだよなあ。
たまに飲む分には美味しいけれど。
「それじゃあ、由水のダンジョン経営の第一歩を祝して」
「「「「かんぱい!」」」」
グラスを合わせたらやっとごちそうタイムだ。
ぼくたちは料理に舌鼓を打ち、パーティーを満喫した。
「うんっま!最高!」
「このドレッシング、新しいレシピですよね。美味しい〜」
「ごくごく」
「おやおや。頬にソースが飛んでいるよ、アキちゃん」
「ング、ありがとう」
「ドレッシングが気に入ったならあとでレシピを書いてあげようね」
「わあ!嬉しいです!」
「この野菜のチップスはいいねえ。今度一緒に作ろうか」
「もちろんです!」
大好物のミートソーススパゲッティを抱え込んで頬一杯に味わうアキ。サラダの味付けに虜になる照子。そんな2人をよそにまず乾いた喉を潤すぼく。
おばあちゃんもマイペースに返事をしながら料理を味わっている。特に照子のチップスはお眼鏡に適ったようで、次回作も期待できそうだ。
ぼくも手を伸ばして一枚。
「美味しい」
「本当!よかったあ」
オクラのチップスなんて初めて食べたけれど、本当に美味しい。
軽食にもちょうどいいし、ぼくも作るときには参加しようかな。
「さ、まだ料理もあるけれど、今日はデザートもあるんだからね」
透き通った青いゼリーにはいくつかの星が浮かんでいる。
おしゃれだ…!
「最近はこんな可愛らしいデザートもあるんだねえ。ネットでレシピを見つけたから作ってみたんだよ」
「すげー!映えスイーツだ!」
「今の時期にもぴったりですね!」
「美味しい」
口に含んだ星のゼリーは少しシュワシュワして面白い。
4人で一通り味わい尽くして、夜は更けていった。