付属ダンジョン
熱気。照り付ける日差しの暑さ。カラカラに乾いた空気。
一歩ダンジョンに踏み込めば、そこはまるで異世界だ。
砂漠ダンジョンはその名の通り、乾いた空気に暑い日差し、砂に覆われたダンジョンだ。実際には太陽は存在しないわけだけれど、なぜか上部から刺すような熱気が感じられる。
装備に付属した外気温調整機能である程度軽減されているとはいえ、暑さを完全にシャットアウトできるわけではない。湿気が少ない分不快感はないけれど、当然ながらいるだけでじんわりと汗がにじんでくる。
「ひさびさに砂漠ダンジョン来たけど、やっぱアッチぃ~。にゃん」
「ダンジョンだから日焼けとかのダメージは気にしなくていいけど、汗かいたら脱水になっちゃうもんね」
「湿気がない分、外よりもマシだけどな」
「あ〜、ちょい水のむ。にゃん」
「そうしておけ。アキは代謝いいし近接職だしな」
「本当は喉が渇いたって思う前に飲むのが良いんだっけ。わたしも今のうちに飲んでおこうかな」
うちの高校の3つある付属ダンジョンの中でも1番レベルが高い故に1番人気も高い砂漠ダンジョンだけれど、その難点は脱水による行動不能が生じやすいことだ。
熱中症はシンプルに命に直結する。
まあバイタル異常が検知されればアラートが鳴るし、いつまでも入った生徒が出てこないともなれば先生たちが救助に来てはくれるのだけれど、対策として装備の調整はもちろん、水分の持ち込みが固く義務付けられている。適宜の休憩も。
よってこのダンジョンは長時間の利用が難しかったりする。
それは翻って言えば回転率がいいともいえるのだけれど。
それぞれバックパックからボトルを取り出して喉を潤す。
慣れているダンジョンとはいえ危険がないとは言えないので、1人づつ順番に水分補給。
全員が無防備になるタイミングは作らない。ダンジョン挑戦の大前提である。
ある程度自由にしつつ探索をしていると、前方の曲がり角から中型のゴーレムが1体。
ここではベーシックな砂岩ゴーレムだ。ある程度の硬さはあるが素早い動きはしないので、焦らずに対処。
「お、モンスター発見!にゃん。おれやりますっ!にゃん」
「わかった」
「展開【槌型】ぁッ!!にゃん」
新しい装備の性能確認も兼ねてアキが単独で駆ける。もちろん、何かあればすぐに対応できるようにぼくも武器を構えておく。
そんな援護射撃など不要とばかりにアキはかろやかに駆け、壁を蹴り飛び上がって高所から強襲の一撃。
落下の勢いも相まってゴーレムはあっけなく砕かれて崩れた。
アキの武器は脚部の重量装甲。通常は歩行時に絡まらないように厚めのブーツのような見た目だが、任意で展開できるようになっている。認証キーワードを着用者が発することで音声認識し、3つのパターンに武装展開するのだ。重量級の武装としては一般的な構造である。
ちなみに重さは変わらないため、常に片足20kgの鈍器が付属している状態だ。アキは筋トレにもなって一石二鳥だというけれど、ぼくじゃそもそも動けなくなりそうだ。
とはいえアキだって重さのせいもあって以前はここまで身軽な動きはできなかったはずなのだけれど。
やはりねこみみのチカラか…。
けもみみはイイぞ。内なるぼくも大満足だ。
「わあ!今日は絶好調だね。秋津くん」
「ああ。素早さといい飛び上がりの身軽さといい、さすがのねこみみだな」
「うんうん。ねこみみってすごい!」
「やっぱねこみみは違うな」
「ねこみみだよね」
「や、ねこみみはたしかにすごいんだけどさぁ…にゃん」
ええ…?そこぉ??という声が聞こえてきそうな神妙なジト目のアキ…からフイっと目をそらす。
つよいぞ、ねこみみ。
すごいぞ、ねこみみ。△△
「ごほん」
少しからかい過ぎたか。アキのなんとも言えない視線から逃げるように咳払いを一つ。
「実際、かなり有効な装備なのは確かだろ。忍び寄って高所からの一撃。高く飛べばその分重量の利が活かせるわけだし」
「でっしょ!?やっぱいい組み合わせだよね~。にゃん。おれ、ゴリ先輩に話聞いたときにピーンときたんだよね!にゃん」
「秋津くんにぴったりだね。本当、即戦力級の装備だよ。大体の戦術に組み込めて即パワーアップできるし。よっぽどレベル高いダンジョン産なんだろうなあ」
「これまでだったらしょっぴーのバフを受けて2~3撃だったけど、高く飛べればその分威力が上がるから、素でこの威力出せるようになったわけで…。にゃん。前衛のおれの火力が上がったから、これからは今まで以上に効率よく踏破できるってわけ!にゃん」
ドヤ顔ねこみみ…ごほんごほん。
ぼくもアキの意見に全面同意だ。
正直、これはぼくたちにとってかなりありがたい強化なのだ。
通常、ダンジョンの攻略には5人程度のパーティーが最高率と言われている。前衛2人、中・後衛が1~2人、支援・回復が2人。このバランスが最もパーティーの損傷を少なくし長期戦にも対応できるとして推奨されているチーム構成だ。
これ以上の人数ではもてあますし、それ以下の人数では火力ないし回復がおろそかになってしまう。もちろん何事にも例外はあるわけだけれど。尖った編成のパーティでも強いところは強いわけだし。
まあ、ぼくたちは本職ダンジョンアタッカーではない学生の身だからそこまで突っ込まれることもないので、必要最低限の気軽なメンバーで組めているのだが。お互いの得意とする役割が被らなくてよかった。
「つぎはバフ有りで威力確認したいから、今のうちにわたしかけちゃうね」
「おっけー。にゃん」
「装填、強化【体躯】」
セットされた魔本が音声を認識し回路をめぐって発動、照子のロングバレルに強化魔法の圧縮弾丸がセットされる。
自分を攻撃するためではないとはいえ、至近距離で銃口が向けられているという絵面には背筋を冷やすものがある。いつまでも慣れないというか、ぼくがビビリなだけなのだろうか。
「おし、こいっ!にゃん」
「えい」
軽い掛声とともに撃鉄が落ちる。放たれた光がアキを貫く。
2人とも躊躇いがないよなあ。
「わ、いつもより軽い。にゃん」
淡い燐光をまとうアキがぴょんぴょんとその場ではねる。
ポピュラーかつ単純な身体強化のバフだが、ねこみみ前とはやはり体感が異なるみたいだった。
強化幅の上昇効果もあるのだろうか。それとも強化前の数値が高くなったから相対的にそう感じるだけなのだろうか。
またアキに使用感を詳しく聞いておきたいな。
「アキ、後方と左からそれぞれ1体。いや、左は2体だ」
そうこうしている間にあらたなモンスターが湧いた。
挟み撃ちになる位置に複数のモンスター。形勢不利となる状況にとっさに声をかけるが、その優れた聴覚ですでに気づいていたアキは臨戦態勢に入っていた。
「まずおれが後ろ。にゃん。よっしーは左の牽制よろっ!にゃん」
「まかせろ。照子、支援頼む!」
「うんっ」
「展開【釘型】!にゃん」
「装填、ポイント【ハーフ】」
「装填、強化【威力】!」
アキが飛び上がり壁を蹴り上げ、さらに高い打点からピンポイントで強襲。鋭く展開した脚部装甲の一撃がゴーレムを砕く。
それを横目にぼくは手元のショートバレルに散弾を装填、牽制の弾幕を張りながら2体のゴーレムを場に縫い留める。今のぼくの攻撃力では撃破には至らない。
ジリジリ近づいてくるモンスターに焦りを感じていると、すかさず照子の強化魔法がぼくを貫く。
ばら撒いた牽制の為の弾丸はグンと威力を増してゴーレムの外殻を削っていく。鉱石ではなく砂岩で出来たゴーレム故か、その外殻には次々に細かい傷が入り、大きくヒビになって確実にボディを砕く。
強化されたとはいえこの弾丸では致命的な一撃こそ与えられないが、ゴーレムの可動部の動きを的確に阻害していく。
大丈夫。モンスターが2体いたって、ぼくは1人じゃない。
「装填、ポイント【ボール】」
崩れたゴーレムから飛びのき、こちらにかけてくるアキを感じながら、弾丸を切り替える。
ぼくの声を認識してシステムが起動し弾丸が再構築される。
より威力の高いフルメタルジャケット弾。損傷の大きい手前のゴーレムに的を絞ってヒビに入り込むように畳みかける。
当然、追いつくどころか追い抜いて駆け抜ける勢いのまま低空の脚撃。アキのブレードが後方のゴーレムの中心をぶち抜く。
「展開【剣型】ぁッ!!にゃん」
腹をぶち抜かれたゴーレムがざらりと崩れていく。
少し遅れて、ぼくの弾丸に体を砕かれたもう一体のゴーレムが崩れ落ち、砂となってほどけていく。
「標的、沈黙」
細く息を吐きだす。
安堵に少し手が震えるのを隠すように背にまわして、アキに近づく。
「うまくいったな、アキ。照子も支援さんきゅ」
「おつかれさま。よしくん、秋津くん」
普段なら地の利を生かして一本道へ誘い込み、1体ずつ確実に倒していくところだったが、今回は2手に分かれた上で難なく対処できた。
できると踏んでの即席隊形だったが、ここまでハマるとは。
文字通りの即戦力。高機動力かつ高威力の鋭いブレード。
やれやれ、これじゃあ本当に秋津様様、だ。
「あと何度か実践すれば今後のメイン戦術にできそうだな」
「うん。今後は1対1なら足止めだけじゃなく撃破向けに強化して、2方向からの強襲もかけられそう」
「ぼくはアキに当てないように気をつけなくちゃいけないけどな」
「だね。連携の強化が課題かな。わたしも秋津くんのスピードに合わせた的確な支援をしなくちゃ!」
「これなら承認後の新設ダンジョン攻略も負担が…、アキ?」
いつもだったらハイテンションで撃破を喜ぶアキの反応がない。
早く移動しすぎて目が回ったとか?
いや、アキに限ってそんなこともないか。
「お~い、アキ?どうしたんだ?」
「秋津くん?」
崩れ消えゆくゴーレムをじいっと見つめたまま固まったアキに声をかけるが、やはり反応がない。
近寄って目線の先を追うと、何やら砂の中にきらりと反射する塊。
「なんだ、これ…」
まるいあお。
形状からしてもドロップではない。モンスターを倒してドロップ以外が出るとは聞いたことがないし。
「中に何か入ってる?琥珀…ではないよな。さすがに」
「…ん~、なんかわかんないけど、よっしーが持ってるといい気がする?にゃん」
「ぼくが?」
埋まったあおを取り出すように砂をよける。
指先で軽くつまめる大きさだ。
一見して水晶やビー玉みたいだけれど…。
「なんだろうね?」
「さあ。こんなドロップなんて見たことも聞いたことが無い気がするけど」
「…ま、いいじゃん!にゃん。よっしーにあげる。にゃん。レアドロップっぽいし、よっしーが持ってた方がいいっておれの感が言ってる!にゃん」
そういって笑ったアキはもういつも通りで、なんだか引っかかるような気もするけど、こういう時のアキの感は外れることが無い。
「まあせっかくだし、そうしようかな」
「それより、さっきの!にゃん。めっっっちゃくちゃ気持ちよかった!!!にゃん」
爆発したように飛び上がる。
テンションの振り幅がすごいな、相変わらず。
「もっかい!にゃん。ううん、あと30回くらいしよ!!にゃん」
勢いを取り戻したアキが目を輝かせて言った。
まったく調子がいいんだから。ま、アキはこうでないとな。
はしゃぎだしたアキをよそに、照子と目を合わせて笑いあった。
「30回はやりすぎだ」
「あはは。ちょっと休憩がてら打ち合わせして、あとは時間いっぱいまで戦おっか」
「おっしゃー!にゃん。時間は有限!にゃん」
「まったく。まあ、今日はぼくたち調子いいみたいだし、やるか!」
「うん!」
「おーっ!にゃん」
砂埃を払ってショートバレルをホルスターにしまう。
モンスターが湧いても対処しやすい開けた通路まで気持ち早めに歩きながら、ぼくたちはそれぞれバックパックのペットボトルやタオルを手に取った。
勝利のあとの水はよく体に染み渡った。砂に撒いた水のように。
「…ねこみみ、ぼくも今度一回だけ借りてみていいか?」
「お、興味湧いた??にゃん」
「まあ、いい装備だっていうのはわかったし…。ずっとは抵抗あるけど」
気分転換というか、まあ最初から気になっていたことを打ち明けてみる。いや、自分に着いたって見えないし萌えないけれど、着けてみたさはある。怖いもの見たさみたいな。
アキの活躍ぶりを見ていると身軽に動けるのはかなり魅力的に思えたのだ。もちろん戦力的にもアキが着けるのが一番ではあるのだけれど。
まあ素直にいうなら照子が付けてくれれば癒し的に最高なのだけれど、流石に照子はつけてくれないだろうな…。
「あ、じゃあわたしもいいかな?秋津くんが装備してる方がいいとは思うけど試してみたいな」
「えっ」
「いいぜいいぜっ!にゃん」
ねこみみって最高!
△△