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ねこみみ


 昨日は帰宅後、待ち構えていたおばあちゃんに申請書をチェックしてもらって太鼓判を押してもらい、ランニングがてらポストに投函しに行った。

 もちろん顔が赤い理由を聞かれたけれど、そこはうまく誤魔化してことなきを得た。

 その後はもう書類を含めて諸々が一旦ぼくの手を離れた安堵の反動故か驚くほどぐっすり寝てしまい、あわや遅刻するところだった。

 おばあちゃんに叩き起こされ支度もそこそこに家を飛び出し、全力ダッシュで何とか辿り着いた教室で眠気と闘いながら本日の授業も終了。まあ途中何度か意識を飛ばしたりもしたけれど。

 そうして授業を乗り越えた結果、今になって逆に目が覚めてきた。日中のあの異様な眠だるさはなんだったのだろうと思うほどに。

 まあまあとはいえ、これなら今日はダンジョンに行けるな。アキが来るまでに用意を、


「よっしー!今日こそダンジョン行こうぜ!」


 帰ろうと教室を出る波に逆らって教室の端から飛び込んできた奴が一人。

 逆瀬川さかせがわ 秋津あきつ

 第一高校入学時からの友人。明るいムードメーカー。

 人を変なあだ名で呼ぶ常習犯。

 人付き合いの薄いぼくの数少ないぼくの友人である。


「おーい、よっしー?起きてるかー?」

「いや、大丈夫だ。やっと目がさえてきたところ」

「ならよーし!」

「あ、照子も一緒でいいか?ちょっと待つ事になると思うけど」

「もち!支援職いるとありがたいって!てゆーか、おれたち3人でパーティじゃん」

「だよな。さんきゅ」


 ダンジョンが世に溢れるなか、それでも未成年や学生にとって一番馴染み深いのは付属ダンジョンだ。学生という資金力のない存在でも気軽に、頻繁に利用できる場所。

 そんな付属ダンジョンだが、ぼくが在籍する第一高校には3つ存在する。

 深度3 草原ベースの2階層ダンジョン

 深度3 洞窟ベースの2階層ダンジョン

 深度4 砂漠ベースの3階層ダンジョン

 うちの学生は大抵、放課後いずれかの付属ダンジョンを利用する。

 付属ダンジョンは外部の一般営利ダンジョンとは違い、モンスターを倒してもドロップは購買での格安買取だし、免許がないのでどんなにモンスターを倒してもドロップを換金してもレベルを上げることはできない。

 が。在学中のダンジョン利用度に応じて卒業時に発行される仮免許に色がつくのだ。

 色。つまりは貢献度。この学生はこれだけの実力があるので相応の学科・実技を免除するに値する。という証明である。ダンジョン版内申点ともいう。いまどき進学したいという専門志望の学生も少ないので、ぼくたちの世代で内申点と言えばこっちなのだけれど。


 つまり、こうした日々の積み重ねが後々の本免許取得においてプラスになるので、学生たちは結構真面目にダンジョンに挑戦し、日々貢献度を上げるべく切磋琢磨するのである。

 もちろんぼくも例にもれず、日々ダンジョンでモンスターを倒している。そして今日も。


「おまたせ、よしくん。よろしくね、秋津くん」

「お、こっちこそよろしく!頼りにしてるぜ、しょっぴー!」

「じゃあ揃ったし、行こう」

「今日はなんと!砂ダンを予約しておいた!いやー、大変だったぜ。先輩らも卒業に向けて貢献度稼ぎにアツイからさぁ」

「すごい!1番人気だから予約しづらいのに!」

「たすかるよ。授業後すぐの枠は競争率高いのに、よく枠取れたな」

「へへん!おれにかかればこんなもんよ!ま、人徳ってヤツ?予約担当のユーキちゃんセンセーに声かけたら一発よ!」


 秋津は本当に人間のできたやつで、校内のあらゆる人間と関わりがあり、その上かなり好かれている。それは生徒に限らず、教師にも。

 うちの高校の付属ダンジョン管理責任者であるところの教諭、みやの 勇気ゆうき先生は、体育会系の教師が多いこの第一高校において珍しい理系の、さらには規則に厳しい真面目な先生である。そんな宮先生にあだ名呼びかつ親しいアキは本当にすごい。顔の広いイイやつだ。

 いや、宮先生はもちろんいい先生なのだが。理不尽に怒られるとか、精神的に責められるようなこともない。

 とはいえ、さすがにユーキちゃんセンセーとか呼ぶ度胸はぼくにはない。

 パッと見ではアキも照子のように優等生っぽいタイプなのに、その中身は誰とでも仲良くなれるコミュ強ムードメーカー愛されキャラ。

 わが親友ながら素晴らしいことだ。うんうん。ぼくは照子一筋だけど、アキもキャラクター性で言うと癖なんだよなあ。ぼくは両親の書庫で学んだんだ。


「ほい、予約券。おれちょっと準備あるから先行っててくれ!」

「ああ、わかった」

「入り口で待ってるね」

「おう!」


 階段を1段飛ばしに駆け下りていくアキを見送り、渡り廊下を歩く。

 他の学校はどうか知らないけれど、うちの学校では付属ダンジョンの利用にあたって事前に予約票の発券が必要だ。ただし、発券機は宮先生のいる準備室にあって、全ての授業が終わった後の放課後にしか使えない。

 それゆえにホームルームが短いクラスや準備室に教室が近い3年生が先に予約していることが多い。

 今日みたいに1番目の予約を、しかも1番人気の砂漠ダンジョンでとるなんてかなり難しい。ありがたや~。


「うーん、秋津くんの準備って何だろうね」

「装備の新調をしたとしても、リングに登録しておけば一瞬なのにな」

「ね」


 そんなこんなでダンジョンの入口につく。同じ敷地内にあるので大した距離でもないのだけれど。

 ロッカーに鞄を入れて鍵をかける。これもダンジョン内で鍵を紛失してしまう事例があったため、いまでは電子ロックになっている。

 やっぱりダンジョンに挑むなら手ぶらでないと。バックパックは装備の内に含まれるから、水も食料も持ち込み不要だ。もちろん、バックパック内の使った分は自分で補充しないといけないわけだけれど。

 ダンジョンの入口を物理的に施錠しているゲートに予約券の番号を打ち込んでロックを解除しスタンバイ。


「リング、コンバート」

「リング、コンバート」


 それぞれ、人差し指につけた大ぶりのリングが光る。

 一瞬にして制服姿からダンジョン用の装備に切り替わる。


 ぼくの装備は近・中距離のテクニカルタイプ。

 武器は連射式ショートバレル2丁と腰の短剣。弾丸をばら撒き、牽制と討伐。弾幕をかいくぐって接近した敵には腰の短剣で対処する。

 防具もシンプルな服タイプ。ある程度の防御機能があって動きやすい。

 ごく一般的な武装だけれど、資金力のない学生にはこれでも十分だ。


 対して照子の装備は後衛のサポートタイプ。

 武器は速射式ロングバレルとサブのショートバレル。実弾ではなく様々な魔法を弾丸にして仲間を射抜き支援する。

 遠距離からのサポートに特化しており、ショートバレルは主に余裕がある時やとっさの牽制などのために使う。

 バフデバフのばら撒きや回復などの支援をひとまとめにしたような器用な立ち回りが特徴的だ。

 デザインにもこだわったバトルドレスは見た目以上に性能も良い。

 照子は実家が太いので、装備も比較的高性能なもので固められている。メインで戦わない照子の守りが硬いのは安心ポイントでもある。

 ここでぼくが、照子も無傷で守り通せる実力者だったなら尚のこと良かったわけだけれど。それは今後の頑張りでなんとかしよう。


「許可証が発行されてダンジョンを作ったら、しばらくは装備の新調のための金策に籠ろうかなと思ってるんだ」

「もちろん秋津くんも呼ぶんでしょう?わたしたちでパーティ組んで、ドロップ稼ぎしつつしばらくは自己攻略したいね」

「ああ。やっぱ品質のいいドロップは初期に出やすいって統計データもあるし。本免許の為にも稼ぎたいしな」


 ダンジョンの攻略は初期が一番いいと言われている。

 完全攻略してもダンジョンが失われることはないし、変わらずモンスターは湧くし稀にドロップもあるが、最初期の方が高品質ドロップが多いのだ。

 あと、初めのうちは新しいアイテムなんかもあるので、ダンジョンを作ったらとりあえず所有者がクリアする、というのが通例となっている。


 ドロップはその名の通り雫型の物質だ。地球上にない成分や構造をしており、ダンジョンでモンスターを倒すしか入手方法がない。

 また、低品質の物から高品質の物、サイズも爪先程から手のひら大まで様々で、ダンジョンアタッカーの装備はもちろんのこと、ダンジョン派生システムのエネルギー源として広く使われている。いわゆる電池であり、アイテム開発の素材でもある。

 そのためドロップは普通に需要が高い。品質による価格の差もあるけれど、無用のゴミになることはない資源だ。

 と言ってもぼくたち学生は学校購買での格安買取なので、その恩恵にあずかれるようになるにはまだかかるのだけれど。


 また、ドロップ以外にも見つかったアイテムは性能によっては買取後に一般化して販売されることもあるのでいい稼ぎになる。もちろん有用なアイテムなら売らずに所有することも。

 そんな事情もあって、ダンジョン初期が一番稼げるタイミングとされているのだ。都市伝説ではなく、情報に裏打ちされた現実だ。


 ちなみに所有ダンジョンの攻略は所有者が所属していればパーティ単位で特別例外対象なので、本免許持ちでない者もパーティメンバーであれば免許不所持を許される。

 この制度によって身内の安全な慣らしや特訓なんかに利用されることもあるようだ。首都第一ダンジョンみたいな最前線のダンジョンアタッカーなんかはみんなそうしているらしい。

 もちろんダンジョン最初期なんかは事前情報なしのリスクがあることは確かなので、依頼して外部から有力なダンジョンアタッカーを呼んでくることも多い。

 その後、充分な情報をもって初心者の慣らしに使っているんだろう。必ずしも一般開放しなければいけないという決まりはないわけだし。


「おまたっせ~ぃ!にゃん」

「ああ、アキ。準備ってなんだっ、た…?」


 みみ。ミミ。耳。


「は?」


 ハイテンションでやってきたアキの頭に、耳があった。

 いや、耳は通常ついているわけだけれど、そうではなく。


「ねこみみ…?」


 ねこみみ。さんかく。

 つけ耳としても愛されるかわいらしいパーツ。

 それが男子高校生の頭にあった。なんなら動いているので生えているのかもしれなかった。


「イエスねこみみ!にゃん。ど?かわいいっしょ?にゃん」

「最高」

「わ~、かわいいね!」

「でっしょ!さすがしょっぴーはわかってくれるんだなあ~。にゃん。…あれ、よっしーなんか言った?にゃん」


 ねこみみ男子高校生カワイイ…?

 いや、落ち着け。

 こいつはパッと見は細身に見えても実際には結構筋肉質でゴリゴリの近接ファイターだ。武器は己の肉体とかいうタイプだ。

 そんな、そんなの…ずるいだろ!ケモ耳!?完全にぼくの癖を狙い撃ちにきている…!そんなの反射で最高って答えるに決まっているだろう!

 ぼくは内心めちゃくちゃ混乱したが、そんなぼくを置いて会話は進む。


「でも秋津くん。それどうしたの?生えているんだよね?」

「そそ。ゴリ先輩が外のダンジョン行ったときにレアドロップした「猫戦士の証」ってやつ。にゃん。装備すると猫耳が生えて基礎ステータスがアップする当たりアイテムなんだけどさ、猫耳生えるの邪魔だしいるならやるよって。にゃん」


 犯人は上郡先輩なのか!?

 いや、違う落ち着けぼく。先輩がぼくの癖を知っているはずがないし、そもそもぼくが勝手に取り乱しているだけだ。

 …上郡先輩か。遠目に見たことはあるけれど、ワイルドで雰囲気というか威圧感のある感じの人だったな。レアアイテムっぽそうなものをこうして後輩にあげるってことは、結構気さくな感じの人なのだろうか?いや、アキのコミュ力かも。


「上郡先輩かぁ。たしかうちの高校でも数少ない本免許持ちで、すっごく強いんだよね」

「うん。若手DAダンジョンアタッカーランキングでもトップ20に入る猛者だって話だから…」


 成人から10年以内、つまりUnder25の本免許持ちダンジョンアタッカーの戦績から算出されるランキング。

 ダンジョン庁の公式HPにて四半期に一度更新され、トップ1000位以内に入れば有望株、100位以内に入れば有力パーティーからのスカウトも多い。

 だいたい私立の有名高校出身だの、首都でトップを走っているようなパーティの身内だの、選ばれた人間が占めていることが多いので、こんな公立高校のさらに在学中にトップ20なんて、信じられない強さだ。

 そしてそんな先輩にすら可愛がられるアキのコミュニケーション能力。さすが…。


「ゴリ先輩は優しいよ?けっこーノリいいし!にゃん」

「秋津くんは流石だねぇ」

「ま、そういうことならマジでいい装備なんだろうし、期待できるな」

「ふふん、今日はこの秋津様にまかせたまえ!にゃん」


 まったく調子のいいやつめ。

 とはいえ頼りになるのは事実だ。

 しかも今日はねこみみという癒し効果さえある。…ぼくのパーティって最高だな!うん。


「じゃあ行こう」

「うん」

「おっしゃ!」


 アキの装備も整い、準備万端となったぼくたち3人はダンジョンに挑戦すべく、ようやっと門をくぐった。


「…ちなみにそのとってつけたような語尾のにゃんは何なんだ?」

「あ、そこつっこむんだね。触れちゃいけないのかと思ってたよ」

「ン~、なんか絶対文脈の最後に付くんだよ。にゃん。自動的になりきりさせられるっぽい!にゃん」

「強制ねこムーブか…。先輩の事あんまり知らないけど、絶対ねこみみだけじゃなくその語尾も嫌だったんだろうな…」


 ぼくは最高にイイ装備だと思うけれど。

 本当に最高の装備だと思うけれど!


「結構欲しがる人もいそうな装備だけど、男の人だとやっぱり抵抗あるよね」

「おれは気にしないけど…。にゃん。実はこのねこみみ、装備貫通して生えるから隠せないんだよな。にゃん」

「ま、ますますいらなそう…」


 でも上郡先輩のねこみみも見てみたかった…!

 強くてかっこいい人にねこみみ。アリだと思います!



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