はじまり
Q.今一番アツい職業は?
A.もちろんダンジョンでしょ!
朝、飛び起きてテレビの前に急ぐ。画面に映し出される大好きな魔法少女の活躍を見ていると、途中で街頭インタビュー風のコマーシャルが流れる。
今思うと、君たちもダンジョンに行こう!みたいなよくある宣伝のなんでもないCMだったけれど、当時の幼いぼくは釘付けになってしまった。
だって、さっきまで見ていた大好きな人に似たキラキラした格好の人たちが入れ替わり立ち替わりでダンジョンはワクワクするとか楽しいとかやりがいがあるとか騒ぐなか、一等目を引くひらひらの服の女の子が、自分のダンジョンを持っているなんてかっこいいとか憧れるとか、格好と同じくらいキラキラした目で語っていて…。
感化されやすい年頃の子供の話。ぼくは幼いながらに決めたのだ。
ぼくも、自分のダンジョンを持って、いつかこんな風にキラキラした魔法少女になるんだ!……って。
「きりーつ、れーい」
「ありがとうございました~」
やる気のない号令と覇気のないあいさつ。
ガタガタと椅子や机のぶつかる音を立てながら、帰り支度を済ませた生徒たちが教室を後にする。
そんなクラスメイト達の姿を見送りつつ、伸びをひとつ。机の横に引っ掛けたスクールバックを取って肩にかける。
やっと今日の授業が終わった。
そろそろ日差しがキツイんだよな、窓際って。はやく席替えをしてほしいところだ。
「よっしー!今日もダンジョン行くだろ?一緒にいこーぜ!」
「いや、今日はやめとくよ。照子とライブラリに行く予定だから。また明日な、アキ」
「あー、なるほど。例のやつね、リョーカイリョーカイ。んじゃ、また明日〜」
ぼくこと、旭 由水。
友人からのあだ名は名前からとって「よっしー」。
県立の共学高校に通うごく普通の一般男子高校生。
成績は優よりの良、クラスでの立ち位置は可もなく不可もなくといったところか。
強いて言えば声変わりしてから「意外と声が低い」とよく言われることだろうか。まあ、そんなガタイがいいとか彫りが深いといったタイプではないから、イメージされうるところはわかるのだけれど。
先日めでたく16歳の誕生日を迎えとりあえずは成人のくくりに入ったぼくは、かねてよりの目的である異界門所持管理許可証申請書の作成の為、日課ともいえる友人との付属ダンジョンの攻略を今日に限っては行わないことにした。
大変なことは早く終わらせないと。申請してから結果が出るまでには結構時間がかかるわけだし。
「よしくん。おまたせ」
「ん。行こう」
友人と別れ、彼女とふたり連れだって歩く。
彼女、榮 照子は中学時代からの同級生であり、まあ、恋人だ。うん。
頭が良くて物事を上手く整理し解決するのが得意、頼られるのも世話を焼くのも好きなタイプ。
中学時代は真面目を絵に描いたようなお堅いタイプだったけれど、本人曰くの高校デビューにより、真面目さこそ変わらないが活発そうな雰囲気になった。
ちなみに、本人はギャルに転身しようとしていたみたいだけれど流石に難しいということもあって今の感じに落ち着いた、というこぼれ話があったりする。
割と人付き合いの薄い、というか、自分から人に話しかけたりするのが得意ではないぼくだが、照子とは何がきっかけで仲良くなったのかわからないくらい、自然と仲良くなった。そうこうしているうちになんやかんやあったりなかったりして、今では恋人同士なのだから、不思議なものだ。
「申請書は昨日のうちに印刷してあるんだよね。ライブラリで細かい所を詰めたら今日中に投函しちゃうんだっけ」
「ああ。おおかたの書類はダウンロードして印刷したし、権利書関係の書類はおばあちゃんが用意してくれた。ついでに申請書のある程度ややこしいところについても教えてくれたよ」
「よしくんのおばあさん、たしかダンジョン庁勤めだったんだっけ」
「今も一応、在籍はしているらしい。照子も知っている通り、いろいろしっかりした人だし、書類とかおばあちゃんが考案したものや作成したものも多くて頼りにされているみたいだ」
ぼくの祖母、旭 とみ。御年70歳。実年齢より若々しく見られることが多い。
何かと謎の多い人だが、早くに両親を亡くしたぼくの唯一の身内だ。ダンジョン庁と呼ばれる防衛省管轄の異界関連部署に所属している。
立ち上げ当初からの人員ということもありかなり重要な部分に携わっていたらしい。そのせいか還暦を迎えた今でも籍を置き、仕事を手伝っているそうだ。
「そっかあ。頼もしいね」
「こうしてぼくがダンジョン経営に乗り出せるのも、おばあちゃんのおかげだからな」
「それだけよしくんの本気をわかってくれているってことだよ。頑張っている人を応援したくなるのは自然なことだから」
「そう言ってくれるとぼくも身が入るよ」
ダンジョンという少し前まではファンタジーだったものが当たり前に存在する現代では、それらを管理運営する職業も一般化している。いわゆるダンジョンマスターというやつだ。
ダンジョンは公営だったり民間経営だったりさまざまで、場所や利用者層もまちまちだ。個人所有はかなり少ない。
ともかく学生のぼくたちにとって馴染み深いのは、もちろん付属ダンジョンである。
今どきは大抵学校ひとつにつき2~3個の付属ダンジョンが設けられている。
それは学校の敷地内にあったり、近隣に独立していたり。私立では付属ダンジョンのほかに、民間のダンジョン経営者と契約して提携ダンジョンをいくつか抱えていたりもする。
基本的に成人までは所属する学校のダンジョンしか利用できないので、学校選びとは学生にとって結構重要なポイントなのだ。
昔は制服のデザインなんかが学校選びに影響していたらしいけれど、いまではほとんどいないだろう。いまどき服装なんて自由な学校の方が圧倒的に多いし。
と長々語ってみたが、成人した今、ぼくに与えられた選択肢は3つ。
1つ目。これまで通り学校付属ダンジョンを利用する。
2つ目。教習所に通ってテストに合格し、異界門利用許可証を取得する。
3つ目。異界門所持管理許可証を申請し、自分がダンジョン経営者になる。
ひとまずぼくの話は置いておくとして。このうち、大抵の学生は1つ目を選ぶ事になる。
理由としては単純で、学校によっては在学中に教習所へ通うことが禁じられているところもあるわけだけれど、それを除いたって正直教習所に通って許可証を取得しようと思うと時間と金銭的に厳しいからだ。
なにせ高校生ともなれば付属ダンジョンは深度3~4でかつ教師の安全対策が施されているし、在学中の利用は基本フリー。
対して教習所は深度1~7までの異界門利用許可証、通称、本免許の取得が出来るが、取得には最低20万はかかるし学科と実技で最低半年は教習所通いを余儀なくされる。
そもそも通常卒業時には2年間有効な仮免許、深度1~4までの異界門利用一時許可証が発行されるので、卒業後の仮免期間中に外部のダンジョンを利用したり働いたりしてお金を貯めつつ時間を作って本免許を取る。というのが一般的な流れになるわけだ。
そしてぼくが選んだ3つ目の選択肢。これは卒業後も大体の人は取らない。
異界門所持管理許可証。通称、ダンマス免許。
16歳以上の成人した日本国籍保有者がダンジョン庁に申請書を提出し、受理されることで発行される許可証。自らの所有するダンジョンは深度・免許問わずいつでも利用可能となる。
これがないとダンジョンを経営できない。いや、勝手にやっている違法ダンジョン経営者もいるが、その場合、普通に法律違反なのでバレたら罰金だし、黒紙ことダンジョン関係一時制限書を出されてしまうので合法ダンジョンの利用他いろんなダンジョン関係の恩恵にあずかれなくなってしまう。
さらに悪質だと判断されると赤紙、ダンジョン関係一切永劫封印書が出されることになる。そうなれば国内ではダンジョン関係のあらゆる利益を受けられないし、赤紙は撤回されることもない。いわゆる「終了のお知らせ」ってやつだ。
逆に言えばダンマス免許さえあれば、ダンジョン経営自体は役所に届け出をするだけで済むのだ。きちんと申請書を出せば不備がないかぎり許可証は比較的簡単に取得できる。
ではなぜ取得する人間が少ないのかというと、申請書に記載の必須条件が厳しいのだ。
簡単に言うと、想定するダンジョンの規模に値する土地の保有。ダンジョンの規模はおおよそ土地の規模に比例する。
深度1であっても必須保有面積は最低150平米程度。一般的な一軒家より広い土地を、借用ではなく所有していなければならない。
だから大抵のダンジョンは個人ではなく法人での経営が主で、個人のダンジョン経営者は少ない。
そんな条件を16歳の、特別じゃないぼくが達成できるのは、もちろんおばあちゃんあってのこと。本人曰く、特に何もない山だから安かった、とのことだけれど。
「よしくん家の裏山って小さいころからダンジョンマスターになりたいっていうよしくんの夢の為におばあさんが購入してくれていたんだよね」
「ある日鍵を渡されて、今日から裏の山はぼくのだからちゃんと管理するんだよ、なんて言われたら普通にびっくりするけどな」
「あはは。でもそんな風にポンッと山一つプレゼントなんて、本当にすごいよね。スケールが違うっていうか」
「おばあちゃん曰く、本気で叶えたいなら本気で応援する、これはぼくへの投資だ、って。もちろん、理由なく挫折するなら購入資金は回収するとも言っていたけれど、普通にありがたいよな。広さ以前に土地の購入なんて、今のぼくじゃいろいろ遠すぎるしさ。それに目的の明確化と実現化のイロハも叩きこんでくれたんだ。本当におばあちゃんには頭が上がらないよ」
「じゃあ、今日はじっくりつめて完璧な申請書をつくらないとね!」
「うん。がんばるよ」
「よし!じゃあライブラリの席、先に行ってとっとくね!」
明るく言い切って照子はかろやかにかけていく。
ぼくも彼女の背を追った。
高校から徒歩圏内にあるライブラリは県内最大規模の蔵書数と最新の設備が整っている。
ぼくの高校進学の際、志望校決定の決め手にもなった施設だ。
涼やかなガラス張りの建物は利用者の快適さを追求した造りになっている。広々とした通路に、しっかりと区切られた利用スペース。
予約すると小会議室を貸し切ることもできる。今回はここを利用するつもりだ。いくら資料目的で利用するとしても、話し声がするのは他の利用者に迷惑だろうから。
先に到着していた照子が空いている部屋を押さえてくれたおかげで、予定通り周りを気にすることなく申請書の作成に取り組めそうだ。
「テスト時期が被ってなくてよかった。結構空いていて、とりあえず2時間予約できたから」
「ありがとう、照子」
「うんうん。感謝してくれたまえ~、なんてね」
さ、さくさく片づけちゃお。と照子は笑った。
それから休憩を何度かはさみつつ、何とか書類を完成させることが出来た。さほど枚数が多いわけではないけれど、こんな作業は初めてなのでなかなか思ったようにいかなかった。
所要時間はおよそ1時間50分。予約時間ギリギリだ。とはいえ、後が詰まっているわけでもなさそうだけれど。
使った資料を片づけてライブラリを後にする。
本当におばあちゃんから書き方について教わっていてよかった。いくつか言い回しが難解で手間取ってしまった。
ちゃんとした機関の書類って、どうしてこうも小難しいのだろう。作っている人たちも大変じゃないのだろうか。
「ふぅ。なんとか形になったね~」
「ああ。手伝ってくれてありがとう。ひとりじゃ3日はかかったはずだし、不備もあっただろうし…」
「ううん。わたしは言い回しとちょっとしたところの修正くらい。よしくんが完成させたんだよ」
「そういうところ、ほんとかっこいいな」
「そ、そうかな…?」
くるくると指先で髪をいじりながら照れ笑いする彼女にあたたかい気持ちになる。本当にぼくにはもったいないくらい素敵な女性だ。
2時間近くも作業に付き合って疲労しているはずなのに文句の一つもないし、ぞれが上部だけの言葉じゃないこともわかる。
他人の良いところを見つけるのが上手く、傷つけることはしない。
ぼくもこうありたいものだ。
そんな照子もほんの1年ほど前までは真面目一辺倒でお堅い感じだったのだ…。月日が経つのは早いなあ。
あれはあれで打てば響く感じが好きだったけれど、いまの高校デビュー後のやさしいお姉さん感もいい。元々持っていた照子のいいところが惜しみなく出ていて。
いやあ、高校デビューの練習に春休みいっぱい付き合った甲斐があるな。
こころの中のぼくも腕組みでうんうん頷く。
「じゃ、じゃあ、あとは帰っておばあさんにチェックしてもらって投函するだけだね!」
「ああ。今日は本当にありがとう、照子。このお礼はかならず」
「お礼なんていいよ。って、言うところなんだろうけれど、そうだね。じゃあ、今度またおばあさんも一緒によしくん家でお茶会しようよ!わたし、ケーキ作るから」
「それじゃあぼくが得するばっかな気もするけど。照子の作るお菓子、美味しいし」
「いいんだよ!作りたいだけだし、おばあさんのハーブティー好きだし!」
「そっか。じゃあ帰ったら言っておくよ」
「うん。おねがい」
二人で話していると時間もあっという間に感じる。
もう分かれ道についてしまった。
「じゃあ、また明日ね」
「また明日」
照子と別れ、帰路につく。
きっとおばあちゃんも照子の提案には大喜びだろう。
努めて健康な祖母は畑やハーブ園など土いじりが趣味で、つくった作物やハーブを照子が調理すること、祖母特性ハーブティーを大好物としていることもあって照子が来ることに大賛成なのだ。ともすれば孫のぼくより好きかも、なんて。
大切な人たちの仲がいいことに感謝。
「よーし、あと少し!」
気合いを入れるために出した声が思いの外大きくて周囲に人がいないことを恐る恐る確認しつつ、小走りに家まで急ぐ。
少しの羞恥に耳を赤くしながら、慣れない書類作りで凝った肩を誤魔化すようにほぐしつつ門をくぐった。