8、発熱と看病
翌朝。
セオは、起きたらレオンが側にいたので、一瞬びっくりした顔をして、それからにこぉっと笑った。
「おはようございます」
「おはよう。よく寝てたな」
「うん!いっしょに寝てくれたから、あったかかった」
「それは良かった。準備をして、朝めしを食おう。食ったらおれは帰るからな」
「かえる…」
まるで小型犬が叱られた時のように、ぺしょっとなった耳が見えるかのようにテンションが下がったセオだが、首を振ってすぐに笑った。
朝食は、昨日のように二人でとる。
気落ちしたのか、セオは元気がない。食事も少し残してしまった。
「のこして、ごめんなさい」
と言ってシュンとしているセオを、みな慰めた。
朝食後、レオンはすぐに帰っていった。
「また来るから、ジョンと一緒に勉強頑張れよ。なんかあってもなくても、手紙を出してくれ」
「うん!ありがとうございました。気を付けてね」
セオは、笑顔でレオンを見送ったのだが。
レオンの乗った馬車が見えなくなると、またしゅんとして寝室に向かった。
「まだ眠いのでちょっとねます」と言って、パジャマを着てベッドに丸くなる。
朝からちょっとよくない感じがしていたのだ。
膝の関節と、頭が少し痛い。咳も出始めた。
横になった時点でいつもと様子が違うと思っていたメイによって、ラルフが呼ばれる。
「痛いところはありますか?」
「…ちょっと、頭と、のどと、ひざがいたい」
「そうですか。これから少し熱が上がるかもしれません。今のうちに、水分と食事をとれるだけとって、薬湯を飲んで様子をみましょう」
セオは、こくりと頷いて目を瞑った。
メイは、別のメイドに料理長の元へ行くよう伝え、ラルフにこっそりと聞く。
「原因は、辺境伯様がいらっしゃったことでしょうか」
「それもあるじゃろうな。興奮したのと疲れがでたのじゃろう」
「熱は高くなるでしょうか。解熱剤は必要ないですか?」
「今晩は、解熱剤なしで様子を見たほうがセオ様の身体にはいいとワシは思う。熱が出るのは、身体が病気と戦うからじゃ。薬で熱を下げてしまうことで、逆に病気が長引くことがあるからの。明日は、朝一で様子を見に来るが、なにかあれば夜中でも呼びに来てくだされ」
「承知しました」
ラルフが帰ると、りんごをすりおろした物や緩くしたパン粥が用意された。セオは、正直食欲はわかなかったが、りんごだけ食べて、水分も頑張って飲んだ。
午後になると、ジョンが様子を見に来た。
「…おじ上には、言わないで」
帰った後に具合が悪くなったと知れたら、もう来てくれなくなるかもしれないと思ったのだろう。
顔を見るなり懇願したセオに、ジョンは何度も頷いた。セオの少ない楽しみを奪うつもりはない。
「もちろんです。気にせずおやすみください」
「ん」
セオは、ホッとしたように笑って目を閉じた。
夕方頃からは熱があがり始めた。
夕飯は食べられなかった。飲み込むと喉が痛くて、水分だけようよう取る。
それからは、うとうとしては起きてを繰り返しだ。熱と咳のせいで、しんどくてどうしても起きてしまうのだ。メイは付きっきりで看病する。
額の冷やした布を替え、咳がでている時はそっと背中を擦り、折を見て飲み物を差し出す。
飲むのが難しくなると、メイが砕いた氷を持って来てくれた。飲み込む時には温くなっているが、口に含むと冷たくて気持ちがいい。セオは数個口にした。
夜半。
目を覚ましたセオがトイレの方を指差したので、メイは抱っこしてトイレに連れて行った。その身体は熱く、まだ熱が上がるのかずっと震えている。
トイレの介助は嫌がるので、メイは入口で待つ。水が流れる音がすると同時に中に入り、また抱っこしてベッドに戻った。
横になると、セオは口をパクパク動かした。
「どうなさいましたか?」
「…も、…んで」
「無理にお話にならなくて構いません。欲しいものがある時は、目配せを」
それでも、なにか言いたいことがあるようだ。「失礼します」と、セオの口元に耳を寄せると。
「だいじょ…イも、やすんで」
『だいじょぶだから、メイも休んで』
そう言っているのだと、やっと分かった。
トイレに行った時に時計を見て、遅い時間なのが気になったようだ。
「メイは昼間お休みを頂きましたので、大丈夫です。お気になさらないでください」
セオが体調不良を訴えた時から、こうなる予感はしていたので、昼間休みをもらっていたのだ。
そう言うと、セオは頷いて目を閉じたが、きっと気にかかっているのだろう。
長い昏睡から目覚めたセオが洗面所に倒れていた時は、とても驚いた。
自分で水を飲みに来ていた上、ベッドに連れていくよう頼まれたからだ。
セオドアが癇癪を起こすと大変で、寝込んだ時に、ホッとする気持ちがあったかと問われれば、そうだったかもしれない。
だが、セオを見ていて思ったのだ。
癇癪を起こしていたのは、自分たちにも原因があるのではないかと。
いつ何が癇癪につながるか分からなかったため、顔色をうかがいながら接していた。人の温かさを知らず、どうしてまっとうに育つことができるのか。
寝込んでいる間に、セオは、そういった愛情を誰かにもらったようだった。慈悲を知り、こちらに歩み寄ってくれた。
本来なら自分たちがそうするべきだったのに。
メイは、これまでの接し方を悔いており、だからセオに忠誠を誓っている。
翌早朝。
セオの体調が悪くなる一方だったため、メイはラルフのもとに使いをやった。ラルフは、ほとんど寝起きでやってきた。
喉がかなり腫れており、熱も高い。
「喉を直接消毒します。だいぶ痛いが、それが一番効くでしょうから、セオさま、どうぞ堪えて下さい」
明るい場所の方が患部が見えやすいため、メイが抱っこしたまま窓際のソファに移動した。
ソファに座ったメイの膝に座っている体勢だ。
喉の消毒は、細い棒の先端に消毒液を浸した布を巻き、腫れているところに塗るという原始的な方法だ。
時間にして10秒もかからない程度だが、喉の奥に棒を突っ込むため生理的な吐き気がするし、炎症部分に触れるため、かなり痛い。
セオは、治療に抵抗はしなかったが、終わると涙がポロポロこぼれていた。
「よく頑張られましたね。偉かったです」
そう言うと、セオはメイにしがみついて声にならない声をあげながら泣いた。しゃくりあげているセオが可哀想で、メイはよしよしと頭を撫でる。
そのまま泣き疲れて眠ってしまったセオだが、消毒の効果は抜群で、起きた時には、少し熱が下がり、水分も取れるようになっていた。水分が取れると、薬も飲める。パン粥も少し食べられるようになり、徐々に回復している。
ちなみにセオは、喉の炎症の治療後、メイに抱きついて泣いたことは朧気に覚えていて、『セクハラになるか…?』とこっそり悩んでいた。
前世が大人だった身としては嫌な思いをさせたのではないかと気になったのだ。
しばらくメイの様子を見ていたが、特に変わりはない。
言いにくいのかと自分から切り出してみたが、「治療、がんばられていましたね。えらかったです」とほほえましく言われて、やっと「まだ五歳の子どもなのだから、セクハラもなにもない」という結論を導き出せたのだった。