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6、味方になった伯父

 セオドアが起きたのは、1時間程経った時だった。

 焦ったようにキョロっと見回して、ソファにレオンが座っていることに気づくと、ホッとしたように笑う。

「いた」

「いるって約束しただろう。おれは約束したことは守るよ」

「うん。ありがとう」

 にこにこしていたセオだが、すぐにメイによって薬湯が用意される。

 なんとも言えない濃い緑で、漂ってくる匂いだけでも苦い。

「飲めるか?」

「だいじょぶだよ。いっつも、咳出たときは飲んでるから」

 セオは頷き、平気な顔をしてコップに口をつけた。

 苦くて不味いので、一気に飲み干すと、急いで口直しの紅茶を飲んだ。

 ミルクが入ったもので、セオの好物だ。

 やっと落ち着くと、レオンが肩を震わせて笑っているのに気づく。

 レオンが笑っていたのは、薬湯を飲んだ瞬間、顔がしわくちゃになったからだ。

 ツンとして飲んだのに、やはり苦いらしい。めちゃくちゃ顔にでていたのが可愛らしかった。

「なんで笑ってるの?」

「かわいい…いや、違った。ちゃんと飲んでえらいな、セオ」

「…ごまかせてないよ?」

 セオが突っ込むと、咳払いをしたレオンは、わしゃわしゃとセオの頭を撫でた。

 セオは、おとななのでごまかされてあげることにした。


 ようやく本題に入ったのは、人払いをしてふたりになってからだ。

 セオは、ジョンに言ったのと同じように、「寝ている間に誰かに怒ってはだめと教えてもらった」ことを話す。

「それは、いいことを学んだな」

 ジョンから聞いていたのか、レオンのリアクションは薄い。

「それと、ぼくがしなきゃいけないことも教えてくれたんたま」

「しなきゃいけないこと?」

「うん。あのね、父上に分からないように、みんなのためにいいことをしなさいって」

「! 啓示を受けたのか」

 レオンの反応に、「よし、かかった!」と、セオは内心ガッツポーズをした。

 レオンを味方につけるためにセオが考えたのは、セオのしたいことを半端に暴露してしまうことだった。

 反応が薄いなら駄目だと思っていたが、ここまで身を乗り出してくれるなら、少なくとも味方にはなってくれそうだ。


「けーじ?」

 しかしセオは、分からないフリで首を傾げて、きょとんとしてみせる。

「あー…神さまのお告げ?ってやつだな」

「分かんない…そんなにえらい人じゃなさそうだったよ?」

「そうだな、偉ぶってたら『私は神さまだ!』って胸を張って出てきただろうしな」

 レオンが胸を張って偉そうな真似をしたので、セオは可笑しくて笑った。

「セオドア」

「あ、あのね。言うのが遅くなったけど、僕のことはセオって呼んでほしいんだ」

「分かった、セオだな」

 レオンの脳裏に、産まれたばかりの赤ん坊に、愛おしそうにそう呼びかけていた妹の顔がよぎる。

「セオ」

「はい」

「おれは伯父として、辺境伯として、セオが領民のためにしようとすることがあるなら、協力を惜しまないことを約束する」

「ほんと!?ありがとう!」

「よし、じゃあ早速作戦会議と行くか」

「あ、でも…もう帰らなきゃいけないでしょう?」

 セオが寝てしまったので、もう午後になってしまっているはずだ。夜間は危ないので、そろそろ帰る準備をしなければならないだろう。

 しかし。

「おれは今日、ここに泊まることにした。咳をしてたセオが心配だったしな」

 想像だにしていなかった言葉に、セオの両目が零れ落ちるのではないかと思うほどかっぴらかれ、行動が止まった。


 一瞬後。

「メイ、すごい!おじ上がお泊りだって!料理長にごちそう作ってって言って!あと、お酒も買って来てもらって、お泊りの部屋もきれいにして、あと」

「落ち着け、また咳が出たら大変だろうが」

 大興奮のセオに苦笑しながら、レオンはその髪をくしゃくしゃに撫でる。

 口当てをしていたからか、幸いにも咳が出ることはなかった。


 夕食はふたりで食べた。

 誰かと一緒の食事が楽しくて、いつもよりセオの食事が進む。

 レオンのために肉料理が用意されていた。昼に食べなかった、アゴー牛のステーキだ。

 レオンは一口食べて、感心した。

「アゴー牛からこんなに臭みと油抜いてるの、すごいな。かなり食べやすい」

「料理長の料理、いっつもおいしいよ!」

「そうだな。ひとつ食べてみるか?」

 レオンは、一口をさらに半分くらいに切った肉をフォークに刺し、セオに差し出した。

ーーーかなり行儀が悪いのではないか。

 そう思いながら口に入れると、確かに脂がなくて食べやすくて美味しい。

「ほんとだ、おいしいね!」

「だろ?もっと食うか?」

「えぇと、じゃあ一切れください」

 セオの言葉の歯切れがよくないのは、レオンの後ろに控えているジョンの視線が痛かったからだ。

 レオンが来るに当たって、最低限の礼節とテーブルマナーを教えてくれたのはジョンだ。

 貴族にとってマナーがどれだけ大事か、初めの講義の時に口酸っぱくなるほど言っていた彼にとって、レオンの振る舞いはアウトなのではないだろうか。

 セオは、ソワソワしながらレオンからもらった肉を食べきった。メイは、後で胃もたれを起こすのではないかと心配していたが、そのようなこともなく。

 肉を一切れ食べたこと、「お肉美味しかった」という伝言を聞いた料理長は、喜びに崩れ落ちたという。



 その夜は、レオンと一緒のベッドに入った。誰かと一緒に眠るのは初めてで、セオは嬉しくて、べッドの中で足をバタバタさせた。

「こら、そんなことしてたら眠れないだろ。作戦会議はしないのか?」

「する!」

 布団にうつ伏せになり、頭まで布団を被ったレオンを真似して、セオも慌てて布団に潜り込んだ。

「おじ上、さくせん会議は?」

 誰も聞いていないのだが、セオは、声をひそめてレオンに聞く。

「そうだな。まず、今の段階でセオにできることは、元気になることと、無理せず勉強することからだな」

「えぇ、それだけ?」

「大事なことだぞ。元気になって、物事をたくさん知らないと、誰も言うことを聞いてくれないからな」

「むう〜」

「ひとつひとつやっていくのが大事だ。俺も応援してる」

「…分かった。がんばる」

 セオがふわあとあくびをしたので、レオンはセオの背を軽くとんとんと叩く。疲れていたのだろう。

 もっと話したそうだったが、眠気には勝てないようだ。

「おじうえ…あした、おきてもいる?」

「いるよ。約束だ」

 レオンの答えを聞くと、セオはスイッチが落ちたように眠ってしまった。

 そのあどけない寝顔を見ながら、レオンは思い出す。


 妹のオリヴィアが産まれたのは、レオンが五歳の時だった。

 レオンは弟妹なんて要らないと思っていたが、オリヴィアをひと目見た瞬間、かわいさに撃ち抜かれた。

「なにがあっても守らねば!」と思った。

 それからは、せっせと世話をし、たくさん一緒に遊んだ。母は「過保護」だと呆れていたが、レオンにとっては、世界一大切でかわいい存在だ。手は抜けない。

 成長するに従って、オリヴィアのかわいさは国中に広まるまでになった。侯爵の存在がちらつき始めたのは、その頃だ。

 オリヴィアには想い人がいるのを知っていたレオンは、あの手この手を尽くしたが、結局、侯爵家に嫁ぐことになってしまったのだ。

 結婚式の次に出会ったのは、セオドアが産まれた時だった。オリヴィアは、痩せてしまって顔色もよくなかった。

 嫁ぎ先で冷遇されているのは察していたが、その時に確信した。なぜなら、オリヴィアを領地に残し、侯爵は「社交のため」に王都に行ったきりだったからだ。

 それでも、赤ん坊を腕に抱くオリヴィアは、嬉しそうだった。産後から体調を崩していたオリヴィアが儚くなったのは、まだセオドアが一歳半の頃だ。


 葬儀の時に泣きじゃくるセオドアがかわいそうで、レオンが預かる提案をしたが、「それでは養子に」と言いやがった。

 養子にしては、セオドアが将来、侯爵家を継げなくなる。それに、レオンにはふたりの娘がいて、そこに男のセオドアが養子になったなら、後継者問題が発生するのは必死だ。

 色々考えて、やめざるを得なかった。

 

 セオドアのことは気にかかっていたが、立場もあり、頻繁にはこられない。

 そうこうしているうちに、養育がうまくいかなかったセオドアは、我慢ができない肥満児になっていた。

 今思うと、母がいなくなった寂しさを、食べることで誤魔化していたのだろう。

 そんな姿を見て、レオンはセオドアをかわいいと思えなくなってきた。

 オリヴィアの子どもでもあると同時に、侯爵の子でもある。

 オリヴィアを不幸にした侯爵には恨みつらみしかない。侯爵に似てしまったのなら、それは、レオンの敵だ。


 セオが倒れて、オリヴィアに似た利発さを取り戻したことは、僥倖だ。

 セオがあのままだったとしたら、レオンはセオを()()()()()()()()()()のだから。

 

 これからレオンは、セオのために動くつもりだ。

 幸い、色んなところにツテがある。

 侯爵にバレないように慎重にならなければならないが、今からセオを売り込んでおくにこしたことはないだろう。

 それは、この先を見据えてだ。

 今は、「セオが領地にいる意味」がある。ただのワガママな子どもと思われているし、レオンや両親ーーーセオの祖父母もいるため、侯爵が表立って手を出してくることはないだろう。

 しかし、十年も経てば侯爵の愛妾が自分の子を跡取りにしようと、セオを害そうとするかもしれない。

 母がいない子の立場は弱い。父親に顧みられないなら、なおさらだ。

 オリヴィアのように不幸にはさせない。 

 十年後、憂いなくセオが侯爵家を継いで、幸せになれるように。


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