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62、ハローズ公爵家の護衛襲撃事件

※ 今回は、暴力的なシーンが少しあります。

  苦手な方は、前半部分飛ばしてもらえればと思います。

 夜半時。

 とある公爵家の護衛である男は、仕事を終え家路についていた。

 今日は夜会があったため遅くなってしまったが、こんなことはしょっちゅうだ。

 携帯炉を手にした男は、警戒することもなく人気のない道を歩いていく。

 護衛をしているだけあって、ガタイもいいし、腕っぷしにも自信があるからだ。

 やがて自宅に近づいた頃、黒い服を来た細身の男が街灯の下に立っているのが見えた。

 ただ立っているのが不気味で、男は道の反対側を通り過ぎようとしたところ。

「ーーーこんばんは。ハローズ公爵家の護衛の方とお見受けします」

 と、涼やかな声がかけられた。

 男は、十分距離をとったところで足を止め、振り返った。

「あ?お前は」

 誰だ、と問おうとした男の目の前から、細身の男が消えた。

ーーは?

 と、腹に衝撃。

 男の大きな体が浮き上がり、ぐしゃりと落ちた。

 一拍遅れて殴られたのだと理解した男は、すぐさま起き上がった。

「てめぇ…!」

 怒りで顔を真っ赤にしながら、剣を抜いて飛びかかる。

 しかし、またもや姿を見失い、身構えようとした瞬間、頭に衝撃を食らい、巨体は吹っ飛んだ。

 今度はとてもじゃないが起き上がれない。

 はくはくと呼吸を繰り返すことしかできない男は、生まれて初めて死を身近に感じ、恐怖に震えた。

「大丈夫です、殺しはしませんから」

 そう言われてほっとしたが、細身の男に片足を掴まられる。

 反射的に引こうとした瞬間。

 バキッと折れる音がして、男は絶叫した。



 次の夜、その次の夜も、とある公爵家の護衛たちが襲撃される事件は続いた。

 ある者は堂々と立ち向かい、ある者は部屋に立て籠もったが、みな同じ目に遭った。

 反撃すら叶わず、顔をちゃんと見れた者すらいない。

ーー明日は我が身だ。

 五人目が襲われると、他の護衛も全員が辞表を提出した。


 

 数日後、ハローズ公爵家執務室。

「えぇい!早く新しい護衛を雇わんか!このままでは夜会にも行けんではないか」

 当主である男は、そう言ってキレ散らかしていた。

 でっぷりとしており、頭には光るものがある、いかにもな貴族だ。

 昔から短絡的で、思い通りにならないと怒鳴るのが常だ。

 慣れっこな家令は、冷静に返す。

「…募集はしておりますが、なかなか希望者が現れませんで」

 それもこれも、『とある公爵家の護衛が細身の男に襲撃され、足に大ケガをおった。他の護衛も全員が辞めた上、犯人も捕まっていないらしい』という、まるで見てきたかのような噂が広がっているからだ。

 公爵家では、分家を中心に格下貴族の爵位を継げない三男以降を護衛として多く採用してきた。

 王都は平和なため、実力を買ってというよりは、縁故採用だ。

 貴族のしきたりも分かっているため、改まった場にも安心して連れていけるし、食い扶持に困ることもある彼らを採用することで、恩も売れる。

 いつもなら護衛の枠が空くと多くの家から申し込みがあるのだが、今回はどこからも断られる始末だ。

 仕方なく庶民のほうにまで求人を出しているが、こちらにも噂が出回っているらしく、応募はない。

 庶民の方が、ケガをすれば働けなくなり、食うにも困る可能性が高い。当然といえばだろうが。


ーー今回の噂は、不可解極まりない。

 貴族は縦社会のため、高位貴族に不利になる噂はどこかで立ち消えたり、事実より縮小して伝わることが多い。

 しかし、今回は判で押したように同じような噂が貴族にも庶民にも広がっている。

 それに、噂の広がり方もおかしい。

 普通、貴族から使用人を経て庶民に伝わるため、時間がかかるものだが、今回は一週間足らずに庶民に伝わっている。

 恐らく、公爵家が護衛を募集すると踏んで、阻止するために意図的に広めたのだろう。


 そう思った家令が、裏の人脈を辿って調べても、噂の出どころはおろか、犯人の手がかりさえ掴むことはできなかった。

 家名が一番である貴族にとって、不祥事があった場合、速やかにしなければならないのは、火消しだ。

 今回の件なら、犯人を捕まえることだ。

 公爵家も威信をかけて犯人を追っているが、なんせ背格好しか分からないのだから、お手上げ状態だ。

 捕まえられなかった場合は、適当に犯人をでっち上げることもあるのだが、今回の相手は一枚も二枚も上手なようだ。迂闊には動けない。


 それに、護衛がいないということは、いつでも当主の命を狙えることと同義だ。

 それなのに当主は、「ひとりも護衛が集まらないだと!?来週までにはなんとかしろ!」と、癇癪を起こして机を叩く始末。

ーーー潮時かと、長年、あの主をフォローしながら甘い汁を吸いまくってきた家令は、そう思った。 

 いつこうなっても良いように後釜も育てていたし、円満に辞めることができるだろう。



 数週間後。

 家令は、高齢を理由に公爵家を辞した。

 住み込みで働いていたため、私物は多くない。

 トランクひとつ持って、屋敷を出た。

 昼過ぎに出て、夕方頃、別の街にある隠れ家にたどり着く。

 数十年前に買った、こじんまりとした一軒家だ。

 中に入った家令は、灯りをつけ、やれやれとソファに座り込んだ。

 昔はこんなことはなかったが、年齢のこともあり、体力が落ちているらしい。

 家令は独り身だ。

 身の回りのことをする誰かを雇ってもいいかもしれないーーそんなことを考えていると、背後から涼やかな声がかけられた。

「こんばんは」

「ひっ!?」

 家令は、思わず悲鳴をあげた。

 さっき玄関を時を開けた時は確かに鍵も閉まっていたし、このリビングには、隠れられる大きな家具はない。他の扉も閉まっている。

 誰も、いるはずがないのに。

 もしや幻聴かと後ろを振り向こうとした家令は、首元にヒヤリとした感触を感じて動きを止めた。 

「おとなしくしていただければ、危害は加えません。私は、伝言を伝えにきただけですので」

 目線を下にやると、刃物であることが見て取れた。

「で、伝言…?」

 カラカラの喉から辛うじて声を絞り出す。

「あなたが公爵家から持ち出したものを、取り返させていただきました」

 家令の血の気がざあっと下がる。

ーーそんな、なんで。

 あれらを持ち出したことを知る者は、誰もいないはずなのに。

「あれらは、あなたが持っていていいものではありません。領地の皆さまにきちんと還元いたしますので。それでは」

 首元の冷たさが消えると同時に、男の気配もなくなった。

 もう、誰の声もしない。

 呆然としていた家令は、やがて震える足で立ち上がると、奥の主寝室に向かった。

 端に置かれている本棚の側面にしゃがみ込むと、指を這わせる。

 そこには、触らないと分からないほど小さな穴が開いていた。

 それを確認すると、服の下に身につけていた、ネックレスを取り出す。

 一般的な、幸運を呼び寄せると言われている星形のものだ。

 その角二ヶ所を穴にあてがい、そっと回した。

ーーカチャリ。

 小さな音がして、本棚がゆっくりと横にスライドする。

 奥にあるのは、隠し収納だ。

 そこには、家令が長年かけて公爵家から拝借してきた、宝石や装飾品、現金が大量にあるはずだったーーのに。

 それらは、きれいさっぱりなくなっていた。

 ただ一つ、父の形見である懐中時計だけを残して。

 信じられない光景に、力が抜けた家令は、座り込んだ。

 先ほどの口ぶりから、青年が持って行ったことは明白だった。

 だがーーそんなこと、あり得ない。



 家令が公爵家に見切りをつけたのは、先代当主が急死し、ちょっとあれな当主になった瞬間だった。

 それから、数十年。

 計画的に、慎重に、時間をかけて、公爵家から少しずつ宝飾品や現金を持ち出した。

 当主はもちろん、他の使用人にも悟られたことはない。

 初めは、別の場所で管理していたが、隠し収納があると聞いて、この家を購入した。

 本棚には、時間をかけて自分で鍵を取り付けた。

 人に管理を任せ、短期で貸し出しもしていたのは、絶対にバレないという自信があったからだ。

 家令は、年に一、二度ここを訪れた。

 隠し収納に、少しずつ宝飾品が増えていくのを見るのが楽しみだった。

 いつか家令を引退したら、この家に住んで、悠々自適な生活を送るのだと、想像しては悦に入っていた。

 まさかーー取り返される日が来るなど、頭を掠めることさえなかった。

 

 

 初めての失敗は、家令をどん底に叩き込むのに十分な出来事だった。

 数日後。

 様子を見に来た管理人に、家令は廃人のようになっているところを発見された。

 医者にもかかったが、「なにか、精神的に大きな負担がかかったのでしょう。回復するかは分かりません」と言われ、打つ手がないと言われてしまう。

 その後、身寄りのない家令がどうなったのか知る者は、誰もいない。

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