5、伯父のお見舞い
その日の午後、珍しくジョンがやってきた。
「レオン・フォード辺境伯からお見舞いの打診がありましたが、いかが致しましょうか」
「レオン…おじ上?」
その名を聞いて、思い出した。
彼は亡き母の兄で、実家の辺境伯を継いでいる。なにかとセオドアを気にかけてくれていた唯一の血縁者だ。
セオドアもレオンが好きで、一緒にいる間は癇癪を抑えようと頑張っていたのを思い出す。
「すぐにおいで頂こう!」
目を輝かせて答えたセオに、ジョンは微笑む。
「それでは、そのように返事を出しておきますね」
「うん!」
セオは、ニコニコ笑う。
なぜなら、レオンの立ち位置を思い出したからた。
彼は、『悪に染まる義弟を見ていられずに、主人公たちに味方。二人の断罪後、その領地を治める』役柄だ。
ぜひ味方に引き込みたい。
ちなみに、断罪シーンはなかなかの長尺だが、父がなにをしたかは短文でしかでてこない。
多分、作者はレオンが好きで、断罪するかっこいいシーンを書きたかったために、自分たちを登場させたのだろうと、セオは思っている。
十日後、待ちに待ったおじがやってきた。
「お久しぶりです、レオンおじ上。このたびはお見舞いに来ていただき、ありがとうございます」
セオは、付け焼き刃の紳士の礼をした。レオンを迎えるにあたり、ジョンに習ったのだ。
筋力が足りず、ふらつきそうになるところをぐっと耐えて顔をあげる。
しかし、高身長で筋骨隆々なイケオジは、セオを見て、呆然としていた。
なぜなら、セオは亡き妹ーーーつまり、セオの母にうり二つだったからだ。
細くてふわふわな白金の髪、キラキラ輝く大きなエメラルドブルーの瞳。太っている時には気づかなかったが、目鼻立ちも輪郭も何もかも、似ていた。
「おじ上?」
不思議そうにセオに呼ばれ、レオンははっとして笑った。
「久しぶりだな、セオ。上手に礼ができるようになっていて驚いた。身体の方は大丈夫か?」
「うん、だいぶ元気になったよ」
「それは良かった。元気になったお祝いに、アゴー牛のステーキを食べに行こうか?大好きだろう?」
アゴー牛とは、前世でいうブランド牛だ。
たっぷりのった脂身が特徴で、セオドアの好物だったと、料理長から聞いたことがある。
セオには絶対食べられないだろう。
「まだ長い距離を歩けないから、お外は行けないよ」
「私が抱っこして行こう。ステーキを食べて、甘い菓子を買いに行くか」
にこにこと笑うレオンに、セオは正直に言うことにした。
「…あのね、今はお肉も甘いものも、好きじゃないんだ。だから、お外は行かなくていいよ」
その言葉に、レオンは絶句した。
セオドアは、肉と甘いものが大好きで、時には同い年の子どもの二倍は食べることもあったくらいだ。
まさか、断られるとは思わなかった。
「それでね。お話ししたいことがあるんだけど、お部屋で聞いてくれますか?」
「…分かった、部屋に行こう。おいで」
レオンは、セオドアも抱っこしていた力持ちだ。セオがおずおずと両手を差し出すと、軽々と持ち上げた。
「軽いな。ちゃんと食べているか?」
「うん。でも、すぐおなかいっぱいになるんだ。お爺は、ずっと寝てたから胃も小さくなってるって言ってたよ」
お爺とは、ラルフのことだ。
一人称が「じい」なので移ってしまった。
「そうか。運動は?」
「えーと、筋力?が弱ってるから、たくさんは歩けないけど、あるく練習をしてるよ。こないだね、久しぶりにお外のかだんに行ったんだ。たくさんお花が咲いてて、すっごくきれいだった!」
「そうか。セオは花が好きか?」
「うん。いろんな色で咲いてるし、きれいだと思う」
そんな会話をしていると、セオの部屋についた。
以前は物がなく殺風景だったが、今は部屋の中で過ごすことが多いので、多くの雑貨や絵画が飾られている。
花壇の花を見に行ってから、それに花瓶が加わった。花を見て大喜びしているセオに、庭師側から「花を生けるのはどうか」と提案があったのだ。
花粉はセオの身体によくないため、どれも丁寧に花粉を取り除いている。
全部で五つほどある花びんには、どれも違う花が飾られている。
「まいにちね、庭師のひとが持ってきてくれるの」
「よかったな。どの花が好きなんだ?」
「全部好きだよ。庭師のひとが、花のなまえとか、どうやって育つかとかおしえてくれるの。それぞれがすごいおもしろいんだよ」
「そうか、知るのがおもしろいのか」
「うん!」
以前のセオドアは、花に興味を持つことはなかった。
ジョンから「セオドアが変わった」ということは聞いていたが、趣味嗜好がここまで変わるのかと、レオンは驚いていたのだった。
ふかふかなソファの上に二人で座ると、すぐにお茶の準備がされた。
お茶菓子は、甘さ控えめの紅茶クッキーだ。
セオの皿には五枚ほどしか出されなかったので、レオンは驚いた。
「クッキーは好きじゃないのか?」
「ううん、好きだよ」
「じゃあ、たくさん食べれば良い。おれのもやろう」
「そんなに食べられないよ。まだそんなに動けないから、おなかがすかないのかも」
大人びた口調は、五歳とは思えない。
ふと、長女が幼い頃を思い出した。下の子と年が近いからか、あまり甘えない、おませで大人びた子。
こちらからちょっかいを出すと嬉しそうにしていた。ーーー加減を間違えて怒られることもたびたびだったが。
「じゃあ、動かすのを手伝ってやろう」
レオンは、軽くセオをくすぐった。
だっこをした時に、子どもなのに身体が冷たいのが気になっていたのだ。
きゃあきゃあ笑うセオは、年相応に見えた。
しかし、はしゃいで楽しそうにしていたのも最初のうちだった。
笑いすぎたのか咳こむと、止まらなくなったのだ。笑い過ぎた後だからか、うまく息も吸えなくなって、苦しそうだ。
「大丈夫か!?」
レオンが焦る傍ら、冷静なのはメイだった。
「セオさま、失礼致します」
そう言って、すぐさま口当てをあてがったのだ。
口当ては、ラルフによって改良が重ねられ、ほぼマスクになった代物だ。いや、それ以上かもしれない。清涼感のある香草が不織布に練り込まれており、呼吸を助けてくれるのだ。
しばらくすると咳が治まり、息もできるようになってきた。レオンはほっとしてメイに尋ねる。
「これは何だ?」
「口当てといい、喉への刺激を弱めるものだそうです。寝込まれてから、喉がお弱くなられたようで、医師が考案しました」
普段、起きているときはおおむねつけているのだが、久しぶりに会うレオンが驚くだろうと、つけていなかったのだ。
「びっくり…させ、ごめんなさい」
まだ脂汗がでているというのに、弱々しく笑むセオドアの頭をそっと撫でる。
「謝るのは私の方だ。病み上がりなのに無理させてしまってすまない。今日はもう休んだ方がいい」
「だいじょぶ」
「…セオドア」
「や…おはなし」
エメラルドブルーの瞳にうっすら膜が張る。
泣かせたくないが、ムリもさせたくない。葛藤するレオンに、助け舟をだしたのは、メイだった。
「少し休めば大丈夫ではないでしょうか。マスクをしていれば、咳は出ないと思われます」
「…分かった。でも、落ち着くまではベッドに行こう」
「でも」
「もし寝てしまっても、黙って帰ったりしないよ」
そういえば、やっとセオドアは頷いた。
セオドアをベッドに運び、ベッド脇に座ったまま頭をなでてやると、目がとろんとして、すぐに眠ってしまった。
それからしばらくして小さな寝息が聞こえてきた頃、レオンは、メイに目配せをした。近づいてきた彼女に、小さな声で伝える。
「今日は私もこの家に泊まることにする。手配を頼む」
「かしこまりました」