58、困った時に
セオが夜中に起きることはなく、三日目からは、夜の付き添いはなくなることとなった。
「夜中、付き添ってくれてありがとう。今日からは夜、ゆっくり寝てね」
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、私はいつでもどこでも寝られますので、大丈夫ですよ」
そう言って笑う護衛①は、少し大人の余裕が出てきたようだ。
以前は緊張していたメイにも、最近は穏やかな笑みを浮かべて話していることが多い。
メイも、一目置いているというか、頼りにしているように見える。
ーーーそれは、相変わらず護衛②が頼りにならないからかもしれないが。
ケガから一週間。
医師は、毎日来てセオの足を診察し、処置を行った。
そのおかげか、足の腫れはだいぶ引き、少し引きずるが歩けるようになった。
しかし、学校に行くのはリスクがある。
もし、他の子とぶつかったりして転倒したりすれば、今度こそ骨折などの事態になりかねないからだ。
使用人たちは、とても心配していた。
いつも通り振る舞ってはいるが、セオが時折ぼーっとしていて、少し気持ちが沈んでいるようにも見えるからだ。
物事をあまり引きづらないセオがそうなるなんて、よほどのことがあったのだろうし、原因も解決していないのだろう。
みなは、せめてケガが治りきるまでは屋敷にいてほしいと思っていたが、そうもいかなかった。
あと数日後には期末試験があり、飛び級を狙うセオは、「絶対出る」と宣言していたからだ。
使用人という立場でできることはないだろうが、心配する気持ちは募る。
屋敷内は、少し陰鬱としていた。
その日の午後。
セオは、二階の自室で勉強していた。
試験があるからだが、内容はほとんど頭に入っている。復習程度だ。
机は窓際にあり、門や前庭に面している。
勉強の息抜きに花を見られるようにとの配慮だ。
ーーーふと、視界の端に動くものが映ったことに気づいたセオは、顔をあげた。
立ち上がって下を見ると、門が開き、一台の馬車が入ってくるところだった。
「レオンおじ上だ…!!」
辺境伯の馬車には独特の模様があり、セオにははっきりとそれが見えた。
「お出迎えに行く!」
セオは、左足に負担をかけないように気をつけながら、階下に降りて玄関に向かう。
ホールでは、レオンが待ってくれていた。
「おじ上!」
「セオ!」
まるで離れ離れになった親子の再会だ。
レオンは、セオを軽々と抱き上げ、ほおずりをする。
ひげがジョリジョリと痛いが、レオンが来てくれた嬉しさに、セオは自分からもほっぺを押し付けた。
いつもならそのままくるくる回るが、足に配慮したのだろう。
レオンは、セオを抱っこしたまま応接間に向かった。
「足の具合はどうだ?」
「もう痛くないよ。ちゃんと歩けてたでしょう?」
「ああ。早めに治りそうで、本当によかった」
レオンは、本当にほっとしているようだった。
どうやら、カーターからの定期報告にケガのことが書かれており、飛んで来てくれたらしい。
「…ありがと、ごめんなさい」
セオは、ちょっと俯いた。
レオンに手間をかけさせて悪いなと思ったからだ。
「謝る必要はない。お前は俺の大事な甥なんだ」
「…うん」
諭しても、セオの歯切れは悪い。
「あー、そうだな。もし、セオが大人になったとして、俺が領地でケガをしたって聞いたらどうする?」
「…心配する」
「そうだな。で、行けるなら様子見に行こうってならねぇか?」
「…なる」
「俺が来たのもおんなじ理由だよ。セオが気にすることじゃない。というか、俺はセオが来んなっつっても行くからな?」
胸を張って言うレオンに、セオは笑った。
レオンも笑い、ふたりのやりとりを見た使用人たちも微笑んでいる。
セオは、こういった雰囲気になるのは、久しぶりであることに気づいた。
隠していたつもりだったが、きっと気落ちしていたのだろう。
それは、今後のルークたちとの関係性が心配だからだ。
第一王子がどう伝えたのか分からないが、今後距離を置かれることは確実だと思う。
ずっと仲良くしていた友達に無視をされるのは辛い。
それに、そうなれば、ルークと仲違いしたという噂が流れるだろう。
セオのことが気に入らない一部の貴族にとっては、ざまあみろ案件となる。
特に、ブラッドリー辺りは小躍りして喜ぶのではないだろうか。
第一王子に無視される振る舞いをして、自身の立場がどうなっているかはともかくとして。
夜。
セオはいつもより早い時間にあくびをし、ベッドに入った。
レオンが来てくれて、安心したのだろう。
以前は同じベッドで寝ていたが、そこまで幼稚ではなくなったし、レオンは忙しいのも知っている。
十歳になった時に、「もうひとりで寝てもさみしくないから、だいじょぶだよ」と伝えたが、「それは俺がさみしいだろ」とレオンに言われ。
以降、添い寝はなくなったが、レオンはベッドに入ったセオのそばに座り、冷セオの手を握って温めながら、眠くなるまで話をしてくれるようになった。
冷え性のセオのために、ただでさえもこもこの布団は、よく眠れるように温められている。
しかし、レオンの手はそれ以上に温かく、セオは好きだった。
「文化祭では、確か、花を売ったんだったか?」
「うん!花を乾燥させて、ドライフラワーっていうのも作ったよ。初めてだからうまくいくか分からなかったけど、ちゃんと成功したんだ。すごい行列ができてね、みんなにこにこしながら買っていってくれたよ」
「そうなのか。また見せてくれるか?」
「うん、また作るね!あ、でも、作り方は、お世話になった花屋の店長さんにも教えたんだ。廃棄する花がなくなるって、すごく喜んでた。だから、そのうちお店に並ぶんじゃないかな?」
「…あー、そうか」
レオンの歯切れが悪いのは、貴族であるセオが発案者な以上、花屋が勝手に売り出すのは難しいと知っているからだ。
売り出すには、セオにそれなりの金額を支払わなければならないし、本来なら、商家も通さなければならない案件だろう。
その花屋なら、うちも付き合いがある。
そのうち、ドライフラワーを持って別邸にやって来る店長の姿が思い浮かんだレオンは、後でエドガーに伝えておこうと思ったのだった。
そんな話しをしているうち、セオの目はとろんとしてきて、もう一度あくびをした。手もすっかりぽかぽかだ。
「眠くなってきたか?」
「うん…おじ上、おやすみなさい」
「おやすみ」
レオンは、目を閉じたセオの額にキスを落として、寝室を出た。
向かったのは執務室だ。
そこには、カーターとエドガーが座って待っていた。
本来なら、立って出迎えるところだが、そこはレオンなので、座って待たせている。
カーターから王都の情勢や屋敷のことについて報告があった後、レオンはエドガーに向き直った。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」
「かしこまりました。それでは、セオさまのお怪我の件について、集めた情報を報告させていただきます」
エドガーは、セオが、ブラッドリーと廊下の曲がり角でぶつかってケガをしたこと、その少し前から、ブラッドリーたちが不自然に待機していたようだと報告した。
それは、セオも知らない事実だ。
また、そこに第一王子が助けに入ったこと、不自然な空白の時間があった後、保健室に行ったことも伝える。
エドガーの報告は、まるで見ていたかのように正確だった。
しかし、ただの使用人であるエドガーが、文化祭に参加できるはずがない。
それなのに、何故事実を把握できたのか。




