57、医師とのやりとり
セオたちが屋敷に戻ってしばらくすると、医師がやってきた。
セオの王都でのかかりつけ医で、喉に塗る消毒液の道具を発明した人物だ。
本来なら、医師が管理し、必要な時に治療費を取れるだろう。
しかし、医師は、「そちらで管理していただき、必要な時に使ってください」と言った。
「えっ、いいの?」
「はい。セオさまは、ご自分の体調に合わせて、お使いになることができるでしょう。迷うなら、ご連絡くださればと思います」
「ありがとう!じゃあ、金額については、カーターと調整してください」
すでにレオンとは相談済みだ。
カーターには、言い値を支払うよう、レオンは伝えている。
「いえ。お代など受け取れません。喉を直接消毒するという、画期的な治療法を知らなければ、思いつかないことでしたので」
「そうかもしれないけど、でも、ぼくはあの道具があると、とても助かるんだよ。レオンおじ上も、道具については知っているので、心配しないで下さい」
レオンのことを引き合いに出したのは、「辺境伯が出すって言ってるのを無視するつもりか?」という意味も込めている。
これは逃れられないと悟った医師は、少しして、ポツリと言った。
「…それでは、私個人への礼は構いませんので、診療所に少額でも寄付していただけると助かります」
「分かった、またレオンおじ上に相談してみるね!」
満面の笑みで答えるセオは、普通の子どもみたいだ。ほほ笑み返した医師は、少し肩の力を抜いたのだった。
セオは、医師とやりとりを書いた手紙をレオンに送った。
レオンがやってきたのは、それからひと月ほど経ってからだ。
夜。
使用人が下がった後、セオは道具についてレオンに切りだした。
以前は気にしなかったが、セオの父親が、セオたちの動きを気にしているという情報が入ってきてからは、こみいった話しは二人だけの時にしている。
別邸の使用人は、レオンに忠誠を誓っている者ばかりのため、警戒する必要はないだろう。
しかし、万が一のことが起きた時に、誰も疑いたくはない。
「あのね、この道具と口当てが広まれば、感冒を抑えることにも繋がるんじゃないかと思うんだ」
「だが、口当てはともかく、これは流通させるには、ちと値が張るんじゃねえか?」
「うん。だから、一般の人向けと貴族向け、二種類売るのはどうかなと思うんだ」
「二種類?」
「そう。町の人向けには簡素で手入れしやすく、できるだけ安価なものを。貴族向けには、効果は高いけど、手入れが必要なものを用意するのはどうかな?繊細な飾りなんかついてたら、多少高くても買ってくれると思うんだ」
つまり、庶民向けのものは原価ギリギリで作り、その分、貴族向けのものに色をつけて利益を得るということだ。
「…よく考えつくな、おい」
レオンが苦笑しているのは、もちろん今までそういった製品はなかったからだ。
話し合いの結果、今回は、レオンもセオも表には立たないことになった。
レオンは、口当てと喉消毒について、商品づくりから販売まで一任するため、懇意にしている商家に話を持っていった。
ここ十年ほどでメキメキ力をつけてきた商家で、王都のみならず、周辺の領地まで顔が利く。
レオンは、セオとのやりとりを大まかに伝え、道具については、売り上げ数に応じて、診療所に一定の金額を支払い続けることを頼んだ。
つまり、『特許』のようなものだ。
今までになかった考えに商家は驚いたが、すぐに了承した。
売れそうだと思ったのももちろんだが、その昔、潰れそうなところをレオンに助けてもらった恩がある。
今こそ、返したいと思ったのだ。
その後、レオンは医師の所属する診療所に莫大な寄付を行った。
「素晴らしい発明に感謝する。可能なら、道具を広める手伝いをさせてほしい」と、書いた手紙を同封して。
医師が驚いている間に、レオンと繋がりの深い商家たちがやって来た。
そして、あれよあれよという間に、商品化することになったのである。
商品名は、「喉消毒」。
「ど」がふたつも入っていて言いづらいネーミングは、医師が仮でつけていた名前だ。
周りはどうかなと思ったが、そこはレオンの関係者。
「考え直すのもあれだし、ま、いいんじゃね?」
ということで、その名が採用されたのだった。
口当てについては、王都でセオの服飾を担当しているお針子と、美人メイドが商家と調整していくことになった。
庶民向けにはシンプルな布で、貴族向けは、どうせオーダーメイドになるだろうが、サンプルをいくつか作ることにしたためだ。
その際、美人メイドの美人さに商家の若が一目惚れするという驚き展開のち、すったもんだがあったのだが、それはともかく。
無事に口当てと「喉消毒」は商品化されたのだった。
庶民向けのものは、医師の診療所や、懇意にしている薬屋など、数カ所での発売となった。
「喉消毒」は、使い方を誤れば、逆に喉を痛めかねない。
必ず医師などによる説明を行い、同意が得られた人物に販売することとした。
初めは少ししか売れなかったが、徐々に「効いた」という口コミで広がると、爆発的に売れ、一時は生産が追いつかないほどだった。
貴族用のは、逆に初動に大きく出た。
なぜなら、新しもの好きの人物が多いから
今は、口当ての注文が多い。
人前でつけるものなので、ファッション感覚で売れるのだろう。
こうして、診療所には大金が舞い込んできたが、そのお金の行方を、医師たちは心配していた。
なぜなら所長の方針は、「どんなひとにも医療を」で、支払いが難しい人たちも進んで診るような人物だからだ。
レオンからもらった寄付金も、あっという間に薬代に化けてもうない。
そこに名乗りをあげたのは、彼の妻だった。
所長のことは尊敬していたが、医師たちにすずめの涙ほどの給料しか払えないことを、ずっと心苦しく思っていたのだ。
妻は、商家に相談し、診療所の経理を見直した。
結果、薬は、所長の人の良さにつけこまれ、不当に高く売られていたことが発覚。
商家の伝手を使って、良い薬をかなり安く買えることになり、長年の清貧から抜け出すことができたのだった。
ーーー閑話休題。
「腫れはひどいですが…幸いにも、骨折していないようです」
セオの足を診察した医師は、そう言った。
そして、大きなカバンから、緑色のペースト状のなにかが入った器と、包帯を取り出した。
「これは、数種類の薬草を混ぜて作った膏薬です。炎症を鎮める効能があります」
「私が先に試してみてもいいですか?」
「もちろんです」
メイが薬を試すのは、毒見代わりだ。
医師のことは信用しているが、なにかあった時に、医師の潔白を証明することにも繋がる。
メイは、自分の手の甲に少量薬を塗った。すぐに冷感があり、驚く。
「スースーしますね」
「ハッカが入っていますので。人によっては、体質的に合わず、発疹が出ることがあります。その時は、すぐに膏薬を洗い流してください」
「分かりました。どんな薬草が入っているか教えていただけますか」
「はい」
医師は、どんな薬草を使い、どういった処理をしているか事細かに説明し、メイは小さな紙に書き留めていく。
やがて薬の説明が終わると、メイの許可が出た。
「セオさま、少し痛むかもしれませんが、薬を塗って、処置をしても構いませんか?」
「お願いします」
普通、子どもは見慣れない薬を警戒するものだが、セオにそんな様子はない。
医師は、できるだけそっと膏薬を塗ると、添え木をして、包帯をきつめに巻いた。
痛みがあるだろうに、セオの表情は変わらない。ただ、処置が終わると、そっと息を吐いた。
きっと、我慢していたのだろう。
「本日は以上となります。できるだけ、足首を動かしたり、体重をかけるのは避けて下さい。患部を温めない方がいいので、今日の入浴は控えてもらった方がいいかもしれません」
「それは、ご自分で歩かれない方がいいということですか?」
「そうですね、できれば」
「えっ、それは困るよ」
自分で歩けないイコール、移動する時は誰かに運んでもらわなければならないということだ。
昼間はまだ手を借りやすいが、問題は夜間だ。
メイは、一パーセントでもケガが悪化する可能性があれば、誰かに夜間の見守りを頼むだろう。
しかし、セオは一度寝ると朝まで起きないことが多い。誰かに待機してもらうまでもないと思う。
セオは、先手を打って医師に聞いた。
「でも、先生、絶対に自分で歩いちゃダメってことはないんですよね?」
「はい。可能な範囲で気をつけていただければと思います」
「だって。だから、夜は付き添わなくて大丈夫だよ」
「ーーーですが、もし足に体重をかけてしまうと、治るのが遅くなる可能性もあるのですよね?」
「そうですね」
「それでしたら、特に、寝起きでぼんやりされている時は危険ですよね?」
「そ、そうですね…?」
「分かりました、ありがとうございました」
夜間、セオが起きない保証も、寝ぼけない保証もない。
夜勤攻防戦は、セオの敗北が決定し、いつも通り、夜間は護衛①が待機してくれることとなったのだった。




