55、文化祭での事件 ①
文化祭二日目。
セオのクラスは、また行列からスタートした。
目が回る忙しさだが、二日目ということもあって、みんな流れが分かっており、手際も良い。
フラワーボックスが早々に完売すると、担当していた子たちは、ブーケ担当の子に声をかけ、補助に回る。
ランドルフも感心するチームワークだった。
そして、昼前にはすべての商品が売り切れたのだったのだった。
やりきった感満載の子どもたちは、そのまま休憩に入ることになった。
昨日は自由時間がほとんど取れなかったため、休憩時間は二時間だ。
シリルたちとの待ち合わせ時間には早い。
セオは、一人で文化祭を見て回ることにした。
みんなで昼休みに食べられるよう、良さそうなお菓子があれば買おうと思う。
普段、別で食事をするルークは、こんな時じゃないと自由にお菓子を食べられないからだ。
おサイフとハンカチ、ティッシュ、予備のマスク。
この日のために用意してもらった小さな斜めがけカバンをかけ、準備はばっちりだ。
各クラスを回っていたセオは、とあるクラスで足を止めた。
取り扱っているのは、クッキーやフィナンシェなどの焼き菓子五種類程度なのだが、とにかく色んな味がある。
チョコレート(ミルクとビター)、キャラメル、はちみつ、紅茶、コーヒー、いちごなどなど。
「あの、全部の味の中で甘いのはどれですか?」
「そうですね…。ミルクチョコレートとはちみつあたりが特に甘いと思います」
「じゃあ、そのふたつと…」
セオは、店員と相談しながら全部違う味を十種類選び、購入した。
「ありがとうございました!」
商品は、紙袋に入れて渡してくれたが、それはきれいな青色だった。
セオの好きな色だ。
お菓子はみんなで食べるとなくなってしまうが、この紙袋は、きっと記念になるに違いない。
家で大切に保管しておこうと思う。
その後も、セオは買い物を楽しんだ。
チョコレートを中心に、甘い菓子をたくさん購入する。
自分のためなら躊躇するが、他人のためだと思ったら、歯止めが効かなくなるのはなぜなのだろうか。
視界の端に、かつて因縁をつけられていたブラッドリーの取り巻きがちらついたが、すぐに消えた。
きっと偶然だったのだろう。
手元の紙袋が重くなり、少し早いが、セオは待ち合わせの中庭に向かうことにした。
渡り廊下を通り、曲がり角を曲がった時だった。
ーーードン!
体の左側に衝撃を感じたセオは、勢いのまま反対側の壁に倒れ込んだ。
持ったままの紙袋から、お菓子が飛び出して床に散らばった。
「あ?小さすぎて見えなかったわ」
聞き覚えのある声に、セオはキッと顔をあげた。
そこに立っているのは、ブラッドリー・ハローズ。
どうやら、角を曲がったところにいたブラッドリーに体当たりされたようだ。
先ほど、取り巻きがいたことからも考えて、偶然ではないだろう。
半年以上会っていなかったが、さらに横に大きくなっているようだ。
セオなんて、がんばって食べても大きくならないのに、ある意味羨ましい。
ーーーではなく。
「…足」
身を起こしたセオから、低い声が出た。
それは、ブラッドリーが、太い足を紙袋に乗せていたからだ。
「足だかなんだか知らないけど、動かしてほしかったら、言うことがあるよな?」
ニヤニヤしているブラッドリーに、ふつふつと怒りが沸き上がる。
ーーー別のクラスになっても、まだ絡んでくるなんて鬱陶しい!!
絶対に足を退かすよう下手にでるつもりなんてない。
怒りを言葉にするため、息を吸ったところ。
「あれ?セオくんじゃないか」
能天気な声が割って入った。
セオが反対側を見上げると、そこには、昨日会った第一王子が微笑んでいた。
王子がいるのに、怒鳴るわけにはいかない
「転んでしまったのかい?立てるかな?」
口をつぐんだセオは、手を差し出され、ちらりとブラッドリーに目をやった。
彼が慌てて紙袋から足を退けたため、セオは王子の手を借りて立ち上がる。
「どこか痛いところは?」
「だいじょぶです、ありがとうございます」
「そうか。それなら、お菓子を買い直しに行こうか。どこで買ったんだい?」
王子は、散らばって無事だった菓子を拾うと、セオを支えたままその場から立ち去った。
ーーーまるで、ブラッドリーなど、初めからいないかのように。
それは、「無視すべき振る舞い」だったからだ。
人を転ばせて、下手に出るよう強要するなど、高位貴族のすることではないからだろう。
セオが飛び級した後、ブラッドリーは、ルークに絡むことが多くなっていたらしい。
ルークが困っていると、シリルから聞いたことがある。
ブラッドリーは、なんらかの形で罰が下るのかもしれない。
セオは後ろを振り返らなかったが、ブラッドリーが、青い顔をして呆然と突っ立っているのが想像できる。
セオは、少しだけ同情しなくもないのだった。




