53、文化祭一日目 ①
文化祭一日目。
セオたちのクラスには、多くの女生徒たちがやってきていた。
枯れない花があると噂になったらしく、記念に買おうと、仲の良い子同士できゃっきゃと並んでいる。
行列は途切れることはなく、交代で行く予定だった休憩も取れないほど忙しい。
ランドルフもできる限りサポートをし、幾度となく休憩を促したが、「いっぱいお客様が来てくれているから」と、子どもたちは手を止めない。
がんばっているのも分かっているので、しんどくなったら言うよう伝えていたが、誰も言うことはなく、午後になってしまった。
これ以上はとランドルフが思っていると、誰かのおなかがキュウ〜っと可愛い音を立てた。
これ以上無理させるわけにはいかないと、一日目は閉店することにした。
「並んでくれている生徒たちについては、明日来てくれたら優先的に対応できるよう、先生がする。みんなはすぐにでもなにか食べて、ゆっくりしてきなさい」
「えっ、先生はー?」
「先生もおなかすいてるでしょ?」
「僕たちも一緒にお名前を聞いてきます」
きっと疲れているし空腹だろうに、自分のことを気にかけてくれるなんて、いい子たちすぎる。
笑顔が怖い自覚のあるランドルフは、内心で微笑んだ。
「ありがとう。でも、先生は大人だから大丈夫。さぁ、行っておいで」
「…はぁい」
「先生も、みんなのお名前聞いたら、ご飯食べて下さいね」
「そうするよ。ありがとう」
みんなは、後ろ髪をひかれる思いで休憩に入った。
セオも、ひとりでなにか買って食べようと思っていたが、シリルたちが来て、ご飯に誘ってくれた。
元々、タイミングが合えばいっしょにご飯を食べる約束をしていたので、お昼過ぎから近くにいてくれたようだ。
二人は午前中に校内を見回ったらしく、美味しそうなケーキのある喫茶へと案内してくれた。
席に着いたセオの第一印象は、「すごいな」だった。
このクラスは、王都では知らない者はいない、超有名菓子店と提携しているようだ。
カウンター横のショーケースには、その店のケーキがずらりと並んでいる他、サンドイッチやパンケーキなどもある。飲み物の種類も多い。
外部に委託をすると、店の利益分も上乗せされるため、必然的に単価も高くなる。
その上、ケーキなどの生物だと、ショーケースを貸与するお金もかかってしまう。
セオは、よほどうまくやりくりしたのだろうと感心した。
しかし、それにしては人気もまばらで、ケーキもたくさん残っているのはなぜなのか。
ピークの時間帯を越したといっても、これだけメニューが豊富なら、客足が途切れることはなさそうなのに。
ーーーまさか、面倒くさい高位貴族がいたりして。
と、セオは思った。
そういった人たちの学年と氏名は知っているが、さすがにどのクラスかまでは把握していない。
こちらにら第二王子がいるため、滅多なことはないだろうが、警戒を緩めないに越したことはない。
そう思いながらメニューを見ていたセオは、パンケーキセットを選んだ。
シリルはケーキを二種類、ルークはコーヒーのみ注文する。
「ルーク、飲み物だけでいいの?」
「あぁ。ここで五店鋪目だからな」
「そんなに巡ったの!?」
「だって、色んなところに文化祭だけのスペシャルメニューなんかがあるんだよ?行かない手はないじゃないか」
スペシャルメニューとは、店とクラスとで共同開発した、文化祭限定メニューだ。
店のはしごをしたシリルは、すでに七個のケーキを完食したという。
「ま、まだ食べられるの?」
「うん。あと十個はいけるよ。でも、使用人にも今日は十個までにしなさいって言われてるからね」
「へぇ…すごいね」
いつも思うが、甘い物に目がなく、こんなに大食いのシリルは、なぜこんなに細身なのだろうか。
甘い物の『カロリー』が、全部身長にいっているのだとしたら、不公平極まりない。
それだけは、セオは神に文句を言いたいと思う。
「お待たせしました、パンケーキセットです」
しばらくすると、店員がセオの頼んだものを運んで来てくれた。
大きなお皿に、小さめだが厚みのあるパンケーキがふたつ。
たくさんの果物が飾られて色とりどりで、生クリームと蜂蜜が小皿に入って添えられていた。
「うわー、おいしそう!ありがとうございます」
笑顔で店員を振りあおいだセオはーーー彼が、真っ黒な腰までの髪を後ろで一つに結んでいる少年であるのを見ると、すぐにまた頭を下げた。
面識はないが、髪の色ですぐに分かった。
彼は、この国の第一王子だ。
「顔をあげてよ。ここは学校だしさ」
彼の言葉に従い、顔を上げると、目が合った。
初めて見る王子は、細面のイケメンだった。
意志の強そうな目をしたルークとは、あまり似ていない。
「ルークからよく話は聞いてるよ。君がセオくんかな?」
「はい。お初にお目にかかります。ブライアント侯爵家の嫡男、セオドアと申します。どうかセオとお呼びください」
「お初にお目にかかります。私は、ファラー伯爵家のシリルでございます」
「はじめまして、セオ、ルーク。ふたりとも、ルークがいつもお世話になっているね」
笑顔でそう答えた王子は、空いている席にさっさと座ってしまった。
「兄様、」
「弟の友達と話してみたくてね。少しの時間だけだから」
「…分かった」
ルークがしぶしぶ頷くと、王子はセオに食べるよう勧めた。
本当はえらい人の前で食べては行けないのだが、仕方がない。
セオは、蜂蜜を少しかけると、パンケーキを一口分切り分け、口に運んだ。
見た目通りのふわふわな生地に、甘すぎない蜂蜜と果物がとても合っている。
「とても美味しいです」
「それは良かった」
セオがそう言って笑うと、王子も笑んだ。
相変わらずむっつりしているのは、ルークだけだ。
その後もとりとめもない話をしていたが、注文が揃うと、王子は席を立った。
「それじゃあ、僕は給仕に戻るよ。ごゆっくり」
「「ありがとうございます」」
また頭を下げて王子を見送ったセオは、どうしてこうなっているのか、理解した。
きっと店側は、第一王子がいるということで、かなり値を下げたのだろう。
だから、たくさん商品を仕入れることができたが、
このクラスに王子がいることを知っている生徒たちは、畏れ多くて行き難い。
そのため、こんなに売れ残りが出ているのだろう。
その後、第一王子がやって来ることはなかったが、時折、視線を感じることがあったので、見られていたのかもしれない。
目線を交わしたセオとシリルは、表面上は急いで見えないように急いで食事を終えると、笑顔でお礼を言い、店を出たのだった。




