52、文化祭準備③
十分後。
必要な情報を聞けた一行は店を出た。
花粉は気管支に良くないため、初めから短時間で終わらせる予定だったのだ。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。よければご検討、よろしくお願いします」
「はい。クラスのみんなで話し合ったら、また注文に来ます。ね、委員長?」
「は、はぃっ。また、よろしくお願いします」
「はい、お待ちしています」
お店のひとに笑顔で見送られ、ふたりはそれぞれ迎えの使用人たちと帰路に着いた。
道中、セオに応対を任せてしまったことに少し落ち込んでいた委員長だが、自分もちゃんと最後に挨拶できた。
初めてにしては上出来だったのではないかと思い直し、次はがんばろうと気合いを入れたのだった。
翌日。
ホームルームの時間が組まれ、下見した結果を報告し、話し合うことになった。
ドライフラワーに勧められた花は、バラ、カスミソウ、ミモザ、スターチスの五種類。
いずれも女性人気がありながら、水分量の少ない花だ。
しかし、ここで誤算があった。
花の単価が想定より高く、茶葉や焼き菓子などといっしょに販売すると、数えるくらいしか作れなさそうだったのだ。
「じゃあ、今回はお花だけにするのはどう?」
誰かがそう言うと、みな賛同した。
「先生、今から変えても大丈夫ですか?」
委員長に聞かれ、ランドルフは頷いた。
「ああ。他のクラスからは花の販売希望は出てないからな」
「じゃあ、ドライフラワーを売るということでいいですか?」
「えっと…すみません」
セオは、そっと手を挙げた。
「ドライフラワー作りは、絶対成功するか分かりません。お花屋さんも言ってたけど、花も生きてるから。だから、半分は生花にするのはどうでしょう?」
天才なセオが言い出したこと。失敗するなんて、考えてもみなかったこどもたちは驚いた。
しかし、「じゃあ、半分ずつでいいと思う!」と誰かが言い出し、セオの提案は受け入れられたのだった。
こうして枠組みは決まったが、他にも決めなければならないことは山程ある。
ラッピングや教室の飾り付けはどうするのか、生花の保管はどうするかなど。
委員長は、みんなの意見も聞きながら、いくつかの班に分けた。
セオはもちろん、ドライフラワーを作る担当だ。
その後、それぞれの班で必要な予算を計算し、それをもとに、翌日の放課後には、花の発注に行く算段がついたのだった。
このスピード感には、ランドルフも驚いた。
初めて文化祭準備を行うクラスは、もっと時間がかかるものだ。意見が分かれると、ケンカが勃発することもある。
しかし、このクラスにはセオがいる。
みな年下のセオを意識しているようで、建設的な意見をどんどん出すし、意見が通らなくても話し合いで解決する。
セオの働きはそれだけではなく、他の子に気づかれないまま、委員長になにをどう決めるかなど、さりげなくアドバイスもしていた。
昨日の花屋の下見の時もだが、自分の存在意義とは…と、少し遠い目になるランドルフだった。
花屋の店員は、昨日今日の訪問に驚いていたが、歓迎してくれた。
ドライフラワー用の花は、多少盛りが過ぎたものでかまわないことを話すと、大喜びであれもこれもとけっこうなおまけをしてくれた。
なぜかというと、この店の主な取引先は貴族で、高い品質を求められる。
しかし、花も生きている。同じ日に仕入れても、納品できないものが出てきてしまうのだ。
そういったものは安く庶民に卸しているのだが、間に合わず廃棄することも多い。
だから、とても助かる提案だったのだ。
当然、ドライフラワーの作り方や完成系も気になるようだ。
セオは、絶対に成功するかは保証できないこと、販売するにしても文化祭が終わってからにしてほしいことを伝えた上で、作り方や注意点を店長に教えたのだった。
翌日。
ドライフラワー作りのために申請していた空き教室が借りられることになった。
早速やってみることになったが、セオは花粉を避けるために、手順を説明した後は、廊下から見守る形となった。
誰かが聞きにくればアドバイスを行い、まるで教師のような立ち位置だ。
そして、花同士を紐で結んだ後は、壁に紐を固定することになる。
ランドルフは出番かと思ったのだが、「イスに乗って届くところで大丈夫だよ」というセオの一言で、クラスで一番の高身長の男の子ーーーセオより二十センチほども高いーーーが大役を果たし、クラスの人気者になるという一幕もあったりした。
そして、風通しをよくするために、毎朝窓を開けて換気し、夕方には閉める当番が決められた。
風の強さによって、窓の開け具合を調整する必要があったので、風が強い日は昼休みにも見に行ったりと、みんな気にかけた。
そのおかげで、花びらの小さなカスミソウなどは、一週間もかからずできたし、一番日数がかかったバラも、二週間ほどで完成したのだった。
みんなは大喜びし、セオはほっとしていた。
花弁の色はくすんでいないし、ちゃんとパリパリになっている。
冬が近づき、乾燥している時期だったことも良かったのだろう。
後はブーケにするだけなのだが、花は乾燥しているため、少し包装紙に触れるだけで花弁は落ちてしまい、形にならない。
なにか良い方法がないか、みんなで考えているときに、セオの耳に、「小さな箱に入れるのは…?」というつぶやきが聞こえてきた。
「小さな箱?」
セオが聞き返すと、まさか聞かれていると思っていなかった少女は、びっくりして縮こまってしまった。
セオが聞き返したことで、クラス中から注目が集まってしまったからだ。
「なるほど…!箱なら、花をそのまま入れて固定できるし、ふたをすればきれいなまま持って帰られるね!」
「明日、箱を持ってきて、早速やってみようよ!」
「えっ、買うんじゃないの?」
「委員長、もう予算ないよねぇ?」
「はい、残念ながら」
「じゃあ、みんなで箱をもちよって、装飾で余った布を貼ればいいんじゃないかな?」
わいわいと盛り上がるクラスメイトたちに、彼女は俯いたまま、嬉しくてはにかんだ。
自分の発言が認められたのなんて初めてで、まだ胸がドキドキしている。
その後、子どもたちは家にあった小箱を持ち寄って装飾し、無事フラワーボックスは出来上がったのだった。
文化祭前日は、終日準備となっていた。
朝から教室の飾り付けを行ったり、ポップや値札を書く。
午後は、持って来てもらった生花を花の種類と色ごとに分けて水につけて置くとともに、店員からブーケ作りのコツを習ったりした。
その光景を見ながら、セオは、もしここにリーとアビーがいたなら、天性の色彩センスとプロの花冠の作り方も教えてもらえたのになあ、とぼんやりと考える。
ゆくゆくは前世のように、身分の垣根を超えた学校ができればいい。
そうすれば、文化祭はもっと楽しいだろう。
そんなこんなで、夕方。
準備が終わった教室は、花屋さんに大変身していて、みな明日を心待ちにしながら帰宅したのだった。




