51、文化祭準備②
翌日の放課後。
まずは、花屋に下見に行くことになった。
セオが知っているドライフラワーの作り方は、「風通しのいい暗冷所に、逆さに吊るして置いておく」で、花によっては二週間ほどかかるものもあったように思う。
文化祭までは、あと一ヶ月程しかないため、早くしないと間に合わなくなってしまう可能性があるからだ。
ランドルフ引率のもと、言い出しっぺのセオと委員長は花屋へと向かう。
事前にふたりの家庭には連絡済で、許可も得ている。
買い物が終われば解散となるため、互いの家の使用人も外に待機していた。
花屋は、学校から五分ほどの裏通りにある。
広い店内には、たくさんの花が所狭しと並べられており、目にも鮮やかだ。
「うわ〜、お花がたくさんあって、きれいだね!」
「…ええ、そうですね」
セオが笑顔でそう言うと、委員長も同意したが、その表情は硬い。
聞けば、食事をする以外の店に来るのが初めてで、緊張しているそうだ。
「委員長は、なんのお花が好きですか?」
「え、えぇと…私は…」
視線を彷徨わせる委員長の目に、ふとカーネーションが止まった。
母が好きで、よく実家に飾ってあったのを思い出し、表情が緩む。
「私は、ピンクのカーネーションが好きですね。よく家に飾ってました」
「じゃあ、カーネーションは絶対必要ですね」
セオは単に、カーネーションは女性に人気なんだろうとそう言ったのだが、たらしな発言に聞こえた委員長は、少し驚いた。
好きな花を聞いてからの「絶対必要」発言だ。
夢見がちな女の子なら、さらっと意見を採用してくれたことに、ときめいてもおかしくない。
政略結婚なら、婚約者は物心つく前には親同士によって決められている。
セオにいないということは、在学中に相手を見つける可能性が高い。
父親の良くない噂は聞こえているが、セオ自身は天才的に頭がよく、物腰も柔らかい。見目もかなりいいようだ。
あと数年もすれば、きっと婚約者の座を巡ってバトルが繰り広げられるのだろうと、委員長は同情したのだった。
一方、そんなことは知らないセオは、ドライフラワーに向いている花について、店長に質問していた。
初めは近くの店員に声をかけようとしたのだが、目が合った瞬間、バックヤードにダッシュして店長を呼んできたのでそうなったのだ。
ダッシュでやってきた店長は、貴族学校の子たちが来るなんて運が悪いと、引きつった笑みを浮かべた。
幼くても貴族は貴族だ。
きっと無茶な要求をされるのだろう。
そう考えていたのに、きれいな顔をした小さな子は、「お忙しいのにすみません」と前置きをしてから、花屋にやってきた理由を分かりやすく説明してくれた。
そして、花について的確な質問をしながらメモをとっている。
その姿勢に、偏見を持っていたことを恥じた店長は、丁寧に対応したのだった。
そんなふたりのやりとりを見ながら、ランドルフは、レオンのことを思い出していた。
すべての貴族が、セオのように庶民と対峙できるわけではない。
むしろ、逆だ。
普通の貴族は店員と話をしたことがない。
尊大な態度をとるか、なにを聞いていいか分からず固まるかのどちらかが多かった。
セオが対等に話をできているのは、レオンの背中を見てきたからではないだろうか。
話は、学生時代にさかのぼる。
席が近かったことでレオンと仲良くなったランドルフは、ある日レオンに食事に誘われた。
行ってみるとそこはなんと庶民の店だった。
狭い空間にところ狭しとテーブルと椅子が並べられ、物が乱雑に置かれている。
その時点で頭が真っ白になっていたランドルフは、言われるがまま席に座ってしまった。
すぐに店員がやってきて、レオンは慣れた様子で軽口を叩いている。
どうやら注文を取りに来た店員のようだ。
レオンも好みを聞いてくれたが、聞き慣れないものばかりだ。おまかせした。
注文が終わると、ランドルフは、小さな声でレオンに話しかける。
「…君、私を連れて来る店を間違えたんじゃないか?」
「え、なんで?」
「ここは…その、庶民の店だろう。僕たちには、もっと相応しいところがあるんじゃないか?」
「でも、ここは俺たちの領地じゃねーし。治めてないんだったら、貴族もなにもないんじゃないか?」
ランドルフは、一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。
レオンの返答は、自分たちが貴族であることを全否定することだ。
今まで貴族として育てられ、どこに行っても高貴であれと教えられてきたランドルフは、強い衝撃を受けた。
「…どうして、そんなことを言うんだ」
「あー、驚かせたなら悪い。母様が話してくれたから、普通の貴族の生活は分かってるけど、俺の領地では違うんだよ」
そういえば、ランドルフはがちがちの貴族だったと思いながら、レオンは、辺境伯領の話をした。
庶民と共に鍛錬や生活をすること、強くないと本当の意味で領主として認められないなんて、ランドルフにとっては意味不明だ。
「では、もしかしたら将来、君も家督を継げない可能性があるってことか?」
「まあ、その場合でも外交とかはするだろうけどな。その時は、俺の努力が足りないってことだから、仕方ねぇよ」
「努力…」
ランドルフが刷り込まれた貴族の努力とは、曲者だらけの社交界で人脈を作り、自分たちの地位に優位な政策を勝ち取ったり、便宜を図ってもらうことだ。
そのため、第五子で跡目争いに関係ないランドルフだが、将来は家のために官吏になることも考えていた。
ーーーレオンとランドルフでは、根本的に考え方が違う。
ランドルフが考えこんでいると、大きな皿が運ばれてきた。
載っていた骨付き肉を手で持って、レオンは豪快にかぶりついた。
「うまい!」と笑顔のレオンだが、ランドルフはめまいがした。
そもそも、姿形そのものの肉を見たのも、カトラリーを使わない食べ方も初めてだ。
とてもじゃないが受け入れられず、ランドルフは、そっと首を横に振った。
「えっ、なんでだ!?肉嫌いじゃなかっただろ?」
「…」
断る言い方が見つからないでいると、今度は串刺しの魚が運ばれてきた。
さらに顔色が悪くなったランドルフを見て、さすがに察するレオン。
「あー…悪い。驚いたんだな」
「ああ。ーーーすまない。今日は帰る」
「そうか。あー…これだけ誤解しないで欲しいんだけど、俺はここのメシが本当に美味いから勧めたかっただけなんだよ」
「それは分かっている。ーーーが、正直に言うと、レオンみたいな人物には会ったことがなかった。ちょっと考えたい」
「正直だな。ま、いいや。今日は急で悪かった。またな」
レオンは苦笑しながらも快く送り出してくれ、屋敷に帰ったランドルフは、三日三晩、ほとんど自室にこもって考えていた。
幼い頃から刷り込まれ、当たり前だと思っていた、貴族至上主義。
それが根底から覆されてしまったのだから無理もない。
そして、出した結論はーーー『受け入れる』だった。
本来の貴族とは、「民を導くからこそ尊ばれる存在」だったはずだ。
考えてみれば、レオンの言うとおり、貴族の血をひいているだけで尊ばれること、よその領地でも自領と同じように尊大にふるまえるのはおかしい。
レオンの考えに興味を持ったランドルフは、一緒に行動するようになった。
改めて同じ店に行き、かぶりついて食べた肉と魚は美味しかった。
「きれいな景色がある」と言われてついて行ったら、何もない山で野宿する羽目になったりしたが、自分ひとりでは経験できないこともたくさんあった。
そこになぜか皇太子が加わると、ふたりの奔放さに拍車がかかり、大変なことになるのだが、それは置いておいて。
ランドルフという人間は、学校を卒業する頃には、大きく変わっていた。
そして、役人ではなく、教職の道を選択したのである。
それは、レオンのような貴族が出てきたこと、次期国王はあれなことを考えると、貴族制度のあり方が変わっていくかもしれないと考えたからだ。
ランドルフがレオンの考えを受け入れた時は、ひとりきりで悩んで、本当に辛かった。
誰か一人でも話を聞いてくれてくれる人がいたら、ずいぶん違っていただろう。
だから教師になって、同じようなことが起きた時に、子どもたちに寄り添ってあげたいと思ったのだ。
それに、色んな考え方があることを教えてあげたいと。
店員と話すセオを見守りながら、ランドルフはそんなことを懐かしく思い出していたのだった。




