48、みんなとのかかわり
みんなで庭に向かった。
庭は広く、隅にある花壇には、たくさんの花が咲いていた。
初めて女の子たちに囲まれたセオは、男の子だけの時との違いを実感し、驚いていた。
男の子だけの時は、集中している時は黙る子が多いし、会話もひとつ話題が終わってから、次に移ることが多い。
女の子たちは早口で、話題がぽんぽん変わって目まぐるしい。その一方で、手はしっかりと動いているし、セオの様子に変わりないか、誰かが常に目を配ってくれていた。
気軽に女の子を装おうことにしたが、こんなに違いがあるとは思わなかった。
フードで顔を隠し、ゆっくり話すことにして本当によかったと思う。
でなければ、聡い子には、早いうちに男の子だとバレてしまっていただろう。
花摘みの時間は、あっという間に終わった。
女の子たちは、五分もしないうちに「もう帰った方がいいわ」と言い出し、セオは、アビーとリーとともに、一足先に屋敷に帰ることになった。
ほかの子は、追加の花を摘んできてくれるらしい。
帰りを待ち構えていたジョンは、セオが戻ると、ほっとしたような顔をした。
学校では一人で行動することも多いが、領地では常に、セオのそばには大人がいる。
『屋敷を抜け出してジョンの後をついていく事件』の後だし、余計に目を離すのが心配だったのだろう。
「おかえり、セシリア。体調には変わりない?」
「ただいま。体調は、だいじょぶ。…お花摘み、楽しかった」
「それはよかった」
ジョンは微笑んで、椅子に座った三人に、果実水が入ったコップを渡した。
セシリアが真ん中なのは、花冠の作り方を教えるためだろう。
「ありがとう」
「「ありがとうございます」」
果実水を飲んだ三人は、早速、花冠づくりにとりかかった。
セオを女の子だと思っているふたりは、距離が近い。
きゃぴきゃぴした雰囲気は、もう一度異世界にでも迷い込んでしまったようだ。
花を輪っかにしながらそんなことを考えていたセオは、ふと、視線を感じて顔をあげた。
すると、至近距離にアビーの顔があるではないか。
「ッ!?」
「あっ、ごめんなさい。セシリアの目がとってもきれいだから、近くで見たかったの」
「そう…だったの」
「驚かせて、本当にごめんね。リー、セシリアは澄んだ緑のような、青のような色で、キラキラしてて、宝石みたいにきれいなのよ」
「緑と、青…?」
リーは、色が分からないが、アビーはよく見えるものの色を教えてくれる。
だから、「葉っぱは緑、晴れている空は青」というのは知っているが、それが合わさった色はどんなものか想像するかは難しい。
だが、アビーが誰かの瞳の色を褒めているのは聞いたことがないから、よほどきれいなんだろうなと思う。
「私、いつもリーを見ているからか、美人は見慣れてるの。でも、セシリアもすごいきれいな顔してるんだと思うわ」
「そうかしら…?あんまり、自分じゃ分からないわ」
「ーーーもしかして、セシリアも私と同じで、目が見えないの?」
「うぅん。目は見えるんだけど…人の容姿に興味がないから、きれいかどうかは分からないの」
「そうなの…?」
リーは、首を傾げた。
こないだのドレス作りの盛り上がりといい、女の子たちはみんな、顔の造作に興味があるものだと思っていたからだ。
「じゃあ、なにが好きなの?」
「………」
そう聞かれても、セオは、一般の女の子が好むものは分からない。
無言で押し通そうと思っていたが、普段、屋敷の子以外と接することのないふたりは、ワクワクしながら待っている。
セオは、仕方なく正直に答えることにした。
「本を、読むこと…」
「ほん?本って、イアンさまの書斎にあるやつ?子どもでも読めるの?」
子どもたちは二階には行かないが、たまにイアンの客が来た時に、イアンを呼びに行くことがある。
大人気の役目なので、アビーも数回しか仰せつかったことはないが、イアンの本棚には本が並んでいるのを見たことがあった。
「…文字が分かったら、読めるわ」
「セシリア、文字が読めるの?すごいわ!」
「ほん?もじってなに?」
初めて聞く言葉に、リーは首を傾げた。
一般的に使われる単語ではないため、今まで聞いたことがなかったのだ。
「えっと…私たちが話してることばは、書いて表せることができるの」
「書く?」
「そう。…リー、手に触っていい?」
「ええ」
セオは、リーの白く細い人差し指をそっと掴んだ。
触れられた時、リーはセオの手が冷たいので驚いて、性別を偽っているセオは、「これはセクハラにならないだろうか」と心配した。
そして、細心の注意を払いながら、手を動かす。
「リ、ー。これが、あなたの名前」
「リー?私の名前?書くって…こういうこと?形があるの?これを、見ることを読むっていうの?」
「ええ」
「なんて、すごい…」
リーは、感銘を受けた。
ことばとは、「耳で聞いて、口で話すもの」だと思っていたのに、まさか、それ以外の方法があるとは。
リーには見えないが、ことばが「見える」ことのすごさは想像ができた。
「わたしも!私の名前も書いて!」
「…うん」
アビーにも頼まれたセオは、やはり細心の注意を払って名前を書く。
「本当にすごいわ、セシリア!読むだけじゃなく、書けるのね!」
アビーは、飛び上がる勢いで喜ぶ一方で、リーは、冷静に色々考えていた。
「セシリア。本には、だれが、なにを書いてるの?」
「えっと…えらいひとが、自分の考えてることとか、かしら?」
「うーん、どこかどう面白いか、分からないわ。難しいじゃ、面白くないんじゃないの?」
ド直球に言われ、セオは困ったと思った。
セオは、チートで文字を読めるし、前世の影響で本を読むのも好きだ。
文字を読めなかった時のことなんて思い出せない。
しばらく悩んだ後、セオは思いついた。
「例えば、イアン…さまは、みんなが知らないことのお話し、してくれない?」
「してくれる!」
「シサツのお話とか、面白いの!」
「本も、同じ。…いっぱい知ってる人が書いてるから、いろんな知らなかったことを、知れる」
セオがそう言うと、二人は、同時に目を見開いて、「「なるほど!」」と言った。
「つまり、直接話さなくても、その人が考えていることを知れるのね!」
「さっき、セシリアがわたしの名前の文字を教えてくれた時、すごく嬉しかったわ!知ることは楽しいし、面白いのね」
「…うん。だから、わたしは、本が好きなの」
セオは、そう言って笑った。
目元だけしか見えないが、アビーの美的アンテナは反応しまくる。
思わず、再度近くで見ようとした時、追加でお花摘みをしていた子たちが帰ってきた。
戦利品は上々だったが、話を聞いた子たちも自分の名前を書いて欲しがったので、花冠作りは一時中断となってしまった。
「セシリア、文字をかけて本を読めるんだって!」
「すごい、大人じゃないのにできるの!?」
「みんな、自分の名前を書いてもらってるんだって!」
「お、おれも書いてもらいたい!」
騒がしいのを聞きつけた、男の子たちや小さな子もやってきて一列に並ぶ。
中には、じっとするのが苦手で、常に動きたい子もいたが、ちゃんと順番を待ち、椅子に座って、セオに自分の名を書いてもらっていた。
書いてもらった子は教え合い、待っている子もそれを興味津々で見て、興奮したように話している。
ジョンは、こんなに子どもたちがはしゃいで楽しそうなのを、初めて見た。
イアンが事故にあってからは、気を遣っていたのか、特に静かだった気がする。
ここは衣食住は確保されていて、子どもたちには助け合いの精神もしっかり根付いている。
毎日楽しく暮らしているようだが、外部とのかかわりも必要だったのかもしれない。
だから、セオの「働く場」の構想には、地域の人とのかかわりがあったのだろうと、ジョンは納得したのだった。




