46、子どもたちの夢
イアンは、その日、夕食を子どもたちと共にした。
久しぶりのことに子どもたちは興奮しきりだ。
いつもより注意散漫になって、ぽろぽろご飯をこぼす子もいたが、大人たちは苦笑しながらも、嬉しい気持ちに水を差さないよう注意はしない。
イアンが話を切り出したのは、夕食後、お茶を飲んでゆっくりしていた時のことだった。
「みんなに聞いてみたいことがあるんだけど、いいかな?」
その言葉に、子どもたちは目を輝かせた。
「なになに!?何でも聞いて!」
「ありがとう。えらい人から頼まれてね、みんながお仕事についてどう思っているのか聞きたいんだ」
「えらいひとにー?」
「なんでー?」
「へんなのー」
もっと大事なことかと思っていた子どもたちは、若干肩透かし感を覚えたが、イアンが聞くくらいだから大事なのだろうと思い直す。
「まず、みんなはどんなお仕事があるか、知っているかな?」
「おしごと…?えーと、イアンさまは、おやくにんでしょ?」
「そうだね」
もう違うが、イアンは否定せず頷く。
そのことを皮切りに、いろんな職業が出てきた。
メイドや護衛、庭師、商店などの身近な職業が中心だ。
屋敷から外に出ることもあまりないため、職業、ひいては世の中の仕組みも知らない部分が多いのだろう。
イアンは、身近な鍋や家具などを作ってくれる職人や、馬や船で荷物を運ぶ仕事など、子どもたちが知らない職業を挙げた。
みな、興味深そうに聞いている。
「それで、みんなはやってみたいお仕事はあるかな?」
「ぼく、パンが大好きだから、パン屋さんになりたい!」
「わたしは、イアンさまみたいにお役人になりたい!」
口々に子どもたちは教えてくれるが、一部の子どもたちは黙ったままだった。
ある程度、みながやってみたい職業を話し終えたとき、その一部だった少女が口を開いた。
「ーーーでも、大人になってもおしごとができない人もいるわ」
彼女の名は、リー。
生まれた時から視力を持たず、皮膚が弱くて太陽に当たれない体質だった。
リーは、他人の手を借りなければ生きられない自分が大嫌いだったし、大人になった時に働けるとは、到底思えなかった。
だから、どんな職業に就きたいか聞かれても、黙っていたのだ。
「そうかもしれないね。でも、世の中にはいろんなお仕事がある。知ることで自分に向いているお仕事を見つけることができるかもしれないよ」
イアンの優しい声を聞いて、リーは泣きそうになった。
どんな仕事を知ってもできるわけないのに、と。
だが、そんなことイアンに言えるわけがない。
服をぎゅうっと握って黙り込んだ、その時。
「あのね、私は、リーと一緒にドレスを作りたいの」
すぐそばで、可愛らしい声が聞こえた。
いっとう仲のいい少女、アビーだ。
アビーは、いつもリーのそばにいて、太陽に当たらないよう、危ないことのないよう、目の代わりにもなってくれた。
おしゃべりが好きで、いつも見えているものをリーに教えてくれる、優しい子。
リーとはいっとう仲がよく、ご飯の時も、お風呂の時も、寝る時もいつも一緒だった。
そんな彼女が、どうしてドレスを作りたいと言い出したのか。
ーーーそれは、少し前の曇りの日。
ずっと晴天が続いていたから、久しぶりに庭に出られたリーは、嬉しく思っていた。
いつも通りアビーとおしゃべりしていたのだが、リーが急に黙り込んでしまった。
そういう時は、大抵なにかあった時だ。
リーも黙って待っていると、しばらくしてアビーが弾丸のように話し始めた。
「リー、すごいわ!!すっごいきれいだった!ドレス!!ひらひらしてたわ」
「えっ、なに?」
「だから、ドレスに宝石よ!キラキラしてて本当に素敵だったの!!」
どうやら、商家の貴婦人やお嬢様方の団体が通りかかったようで、彼女たちが身につけていたドレスや宝飾品が、とてもきれいだったらしい。
リーにはあまり想像がつかないのだが、アビーが嬉しそうなので、よっぽど素敵だったのだろうと思う。
「わたし、ドレス作ってみたいなぁ。そうだ、リーも一緒に作ろうよ!」
「え、わたしも?」
「うん。リーは、花冠もすごくきれいに作れるじゃない!きっと、お裁縫だってできるわよ」
花冠を作るのは、リーの得意なことだった。
作ってほしい子の頭を触ることで、その子にぴったりの大きさの花冠を作ることができるのだ。
花冠の作り方を覚えた時には、ただ手元にある花を順番に挿していたが、それでは良くない。
世界には、色のバランスというものがあり、多い色を全体に、少ない色を合間に散りばめた方がきれいに見えるのだと、アビーが教えてくれた。
それ以来、リーは、花の色や種類ごとに置いてもらった束を触って大体の数を把握し、頭の中でバランスを考えながら作っていくようになった。
そうやってできた花冠は、みんなから大好評だった。
褒められると、とても嬉しい。
スピードも出来ばえもどんどん上がっていき、今では誰よりも一番速く、きれいに仕上げられるようになった。
しかし、お遊びの花冠とお裁縫は、全くの別物だろう。
お裁縫は糸と針を使うと聞いたことはあるが、針は尖っているから危ないと、持たせてもらったことはなかった。
「アビー、花冠は慣れているからできるけど、お裁縫は難しいと思うわ。針は危ないって言っていたし」
「そんなことないわ。花冠だって、すぐ作れるようになったじゃない。お裁縫だって、針が尖ってるのは片っぽだけなんだから、そこに気をつければいいのよ。私が注意して見てるし、やり方さえ覚えれば、すぐできるようになるわよ」
「そうかなぁ」
「できるわよ!いっしょにやりましょ」
「…うん」
「やったぁ!約束だからね」
何事も慎重なリーと違い、アビーは積極的でプラス思考だ。リーは、アビーの明るさに何度も救われて来た。
だが、夢と現実は違う。
大人からすると、リーがドレスを作るなんて不可能ろう。
リーが否定される前に否定しようとした矢先、優しい声がした。
「そうか。アビーはいろんな色を使って絵を書くのが得意だし、リーは手先が器用だから、きっと素敵なドレスを作れるだろうね」
まさかの肯定だった。
リーが驚いていると、弾むようなアビーの声がした。
「そうでしょ!?それでね。私、一番初めのドレスは、リーのために作るって決めてるの!」
「えっ、わたし?」
「そう。リーったら、色白できれいな銀髪だし、オパール色の目だってキラキラしてて、とっても美人さんなんだもの!きっと、どんなドレスだって似合うわ!」
「…そうなの?」
目が見えないリーには、容姿の美醜は分からない。
アビーが言うならそうなんだろうと思うくらいだ。
「本当に、リーは、とってもきれいよね!」
「きっとすごく似合うと思うわ」
「いいなぁ、わたしにもドレス作って!」
「私にも!」
わいわいと盛り上がる中、リーたちから少し離れた隅に座っていた少女が、ポツリと言った。
「…わたしもドレス、作ってみたいな」
とても小さな声だったが、その声ははっきりリーに届いた。
「いっしょに作りましょう。みんなで協力すれば、きっと大丈夫よ」
「…リー、ありがとう」
リーが聞いているとは思わずびっくりした少女だったが、かすかに笑ってそう答えた。
少女の笑顔を見たのは初めてだったため、大人たちは、とても驚いていた。
少女は、赤ん坊の頃、発作が起こり、片方の手足がうまく動かなくなってしまった。
家族はそんな彼女に辛く当たり、見かねた近所の人から話があって、ここにやって来たのだ。
大人たちは優しく接したが、距離を縮めたり、手助けをしようとすると、途端に顔がこわばってしまう。
子どもたちからも距離をとって、いつもひとりで身の回りのことをして、隅っこにいた。
彼女の閉ざした心を開くのは難しいかもしれないと思っていたのに、まさか自分からドレスを作りたいと言ってくれるなんて!
翌日。
イアンは、女の子パワーに圧倒され、なかなか聞けなかった男の子たちから話を聞いた。
仕事をすることに対しては、「すぐにでも働きたい」と、意欲的だが、どんな仕事をやりたいか聞くと、首を傾げている。
しかし。
「どんな仕事でもいいけど、たくさん稼げる仕事がいいな。大人になったら結婚して、奥さんと子どもをお腹いっぱい食べさせたいから」
と、誰かが言うと、口々に「おれも!」「ぼくも!」と、同調する声があがった。
まさか男女でこのような違いがあるとは思わなかったが、みんなの気持ちを聞けてよかった。
できれば、このことをセオに直接伝えることができればいい。
イアンは、そう思いながら、ジョンに聞き取りができた旨だけを書いた手紙を送ったのだった。




