44、イアンたちのために
セオの高熱は、翌日には下がったが、しばらくは頭が重くてだるい感じが続いた。
眠気も強く、朝起きられなかったり、お昼寝することもある。
瀬央の知識は文章で知ることが多いが、今回は動きのある図や写真だったため、負担が強かったのかもしれない。
一週間後。
完全復活したセオは、ジョンを呼び出して、にこにこしながらこう言った。
「あのね、イアンのお屋敷のことなんだけど、領地から補助金を出して生活を保証しながら、なにか仕事をできるようにしていくのがいいと思うんだ」
ーーーこの、とんでもないことをいきなり言い出すパターンも何度目だろうか。
ジョンは若干、遠い目になりながらも、ちょっと興味が湧いていたりする。
慣れって怖い。
「……申し訳ありません。おっしゃられる意味が分かりかねますので、説明していただけますか」
「あー、ごめん。えっと、こないだ、イアンのお屋敷のことを聞いたでしょ?それで、考えたことがあったんだ」
イアンの屋敷のことについて気になったセオは、ジョンにいろいろ聞いていたのだ。
今、屋敷では十数名の子どもたちがイアンといっしょに暮らしているそうだ。
中には、目が見えなかったり、発達が遅れている子もいるらしい。
生活スペースは、一階に子どもたち、二階にイアンと別れている。
今は、別々に過ごす時間が多いが、以前はいっしょに食事をしたり、散歩に行ったりと、密にかかわっていたらしい。
子どもたちの世話は、イアンの妻の友人たちである、近所の主婦が行ってくれている。
だが、年齢的にも子どもの世話は厳しくなっており、人手も足りなくなりつつあるのだという。
それに加えて、金銭的な問題が出てきてしまった。
今までの貯蓄や不労所得も合わせても、子どもたちを養えるのも、十年が限界だという試算が出たそうだ。
それを聞いたセオは、瀬央の知識も引っ張り出しつつ、いろいろ考えたのだった。
「子どもたちは、イアン夫妻の大切な家族だ。引き取ったからには面倒をみるのが当たり前、無理なら最初から引き取るなという意見もあるかもしれない。でも、穿った見方をすれば、本来の親が負っていた養育の義務を、果たしてくれていることになる。それなのに、イアンひとりが子どもたちの養育にかかる経費を負担しているのは、おかしくないかな?」
「言われてみればそうですが…今更、生みの親を探してお金を請求するのは、難しいのではないでしょうか?」
「そうだね。でも、こう考えたらどうだろう?子どもたちは、いずれ働き始めて、税を納めてくれるようになる。つまり、恩恵を受けるのは?」
「領地、でしょうな」
「うん、そう。つまり、子どもたちの養育の責任は、領主ということになる」
ーーーそう言ったら、別邸にいる父はイチミリも理解できず、目を白黒させて拒否するのだろうが。
想像するとおかしい。
にやけてしまうのをごまかすために、セオは紅茶を一口飲んで続けた。
「でも、領主が引き取って養育するのは、現実問題、難しいよね?だから、養育をお願いするかわりに、補助金を支給するようにするんだ。でも、補助金を出す基準を納税にしてしまうと、将来、働けないかもしれない子たちには必要ないのではって話になる」
この世界は、ひたすら特権階級に甘い世界だ。
『生存権』や『平等権』、『福祉』といった考え方もない。
庶民は自分たちで食い扶持を確保しなければならないため、貧困や手がかかるなどの理由で、弱い立場の子どもや老人は、捨て置かれることもある。
セオは、そういった子たちも受け入れるために、補助金のみに頼らない運営をしようと考えた。
領主が責任を負うべきは、「すべての子どもたちの養育」という方向に持っていくためだ。
「だから、地域の人の手も借りて、働ける場所を併設したいと思うんだ。内職とかから始めて、仕事に慣れたら、もっと大がかりな設備投資をしてもいい。例えば、木工所だったら、木を切る、削る、運ぶ、形を整える、掃除する、いろんな工程があるよね?複雑な工程が難しい子も得意な工程があると思うし、イアンみたいに両足が動かなかったとしても、座ってできる工程もある。採算が取れるようになったら、なにより、子どもたちみんなが、働いてお給料をもらえるようになったらいいと思うんだ」
働いて対価をもらえる、それでほしいものを買えることは、喜びにつながるはずだ。
補助金に頼りきらない運営ができるようになれば、「将来働き手にならないかもしれない子に補助金なんて」と言い出す領主もいないだろう。
「ーーーセオさま、失礼します」
それまで黙って聞いていたジョンは、セオがなにか聞き返す前に、額や首筋に手を当てた。
先日も知恵熱を出したのだ。いろいろ考えていたので、今日も無理しているのではと思ったのだろう。
「数日かけて考えたから、だいじょうぶだよ」
セオが笑うと、ジョンも微笑んだ。
熱も高くないし、大丈夫そうだ。
「失礼いたしました。セオさま、イアンたちのことをここまで考えてくださり、本当にありがとうございます。早急にイアンと話し合いの場を設けましょう」
ジョンは、すぐにイアン宛に手紙を書いた。
こんなふうに紙を手軽に使えるようになったのは、とある領地で紙が発明され、安価に流通し始めたからだ。
しかも、『肥料』と同じように、国が一枚噛んでおり、まずは、紙が多く必要であろう役所等に十分供給された後、貴族や役人、商家等を中心に注文が取られた。
値段は今までのものの十分の一ほどだ。
転売防止のため、毎年、一律で値段を決めることになっており、破れば罰則まである。
今後は、誰でも買えるように商店などで取り扱えるように動いているらしい。
『肥料』を流通させるとき、セオはあえて商家を通さなかったし、直接的な利益は領民に還元できるようにした。
今まで当たり前だった、貴族や商家の特権を無視した形だ。
まさか、紙の流通も同じような方法を取るとは思わなかったが、セオと同じように庶民を優先したのは確かだろう。
国主導ということもあり、紙は速やかに全領に広まる。そうすると、なにが起こるか。
きっと、庶民の間にも学校ができ、教育が広がっていくはずだ。
今までのように知識や教養は、貴族や商家の特権ではなくなるのだ。
そのことに、長年、甘い汁を吸い続けてきた貴族たちは、すぐに気づかないだろう。
自分たちの税で暮らし、偉ぶっている姿を見て、庶民たちはどう思うのか、少し考えれば分かるだろうに。
この物語は、『腐敗した国を正すために、主人公が立ち上がる』というストーリーだ。
今は国王も健全だし、国全体が腐っているとは思わないが、ちょっとあれな貴族も多いらしい。
レオンにも、入学前に、「いいか?この国の半分以上の貴族はクソだ。クソの子どももクソだから、気をつけろよ」と、真剣に言われたくらいだ。
直後、「そのような言葉づかいはセオさまの前ではなさりませんよう」と、カーターに怒られていたが、それはともかく。
今回のことが革命の土台になるのかもしれないと、セオは思う。
たった五年で教育制度を敷き、革新的な考えまで広がるのは無理があるとは思うが、主人公がとんでもない天才、もしくは、前世の記憶の持ち主だったなら、話は別だ。
主人公についてはさっぱり思い出せないが、この世界をよくするために動いているのは同じだろう。
なんとなくセオは、名も覚えていない主人公に、親近感を覚えている。




