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41、イアンとの再会

「それでは、こっそり出てきたのですか?どれだけ屋敷のみなが心配することか…」

「ぼくは、悪くない!悪いのは、ウソをついたジョンだよ」

 セオはきっぱりと言いきり、その時ジョンは、やっとセオが怒っていることに気がついた。

「セオさま、」

「ぼくが、どんなに心配したと思ってるの!おうちにいるんだろうけど、どうして会ってくれないかは分かんないし!…ぼく、嫌われること、なにかしたかなぁって」

 ずっと不安だったことを吐き出したセオの目に、ぶわりと涙が浮かび、ジョンは、慌てて慰めた。

「そんなことはありません!!セオさまと会わない方がいいというのは、二人で話し合って決めたのです」

「だから、イアンは会いたくないんでしょ…?」

 セオの目から、とうとう大粒の涙が零れ落ちてしまった。

 ジョンは、セオのそばに行くと「失礼します」と言うと、大泣きしているセオをひざに乗せた。

「セオさま、決してそんなことはありません。とある事情があって、会わない方がセオさまを悲しませずにすむだろうと話し合ったのです」

「事情…?ぼくを、悲しませないため…?」

「はい。ですが、その判断が心配をおかけすることになってしまい、大変申し訳ありませんでした」

 イアンは深く頭を下げた。

 そして、セオが泣き止むと、口を開いた。

「それでは、本当のことをお話ししましょう。驚かれる内容かと思いますが、かまいませんか?」

「うん。お願い」

 セオは泣きながらも、しっかりとジョンを見た。

 ジョンは、言葉を選びながら口を開く。

「実は、イアンはーーー視察から帰る道中、事故に遭ったのです」

「えっ!?」

「命は助かったものの、足に大けがを負いました。傷自体は完治したのですが、医師からは、もう歩くのは難しいと言われているのが現状です」

「そ、そんな…」

 思いがけない事実に、涙はひっこんだのだが、次は、さぁっと血の気が引いてしまった。

「セオさま、大丈夫ですか?」

 ジョンは、セオを抱っこしたまま立ち上がり、背中をぽんぽんしながら、一階に向かった。

 勝手知ったる他人の家。

 台所の椅子にセオを座らせると、湯を沸かし始める。

 隣のリビングには数人の小さな子がいたが、セオの赤い目とひどい顔色に心配そうな顔をしている。

 面倒を見ていた近所の主婦は、ジョンの客人ということで、さりげなく遠ざけようとしていたが、とある子が制止を振り切って、セオのもとにやってきた。

「おねーちゃん、どうしたの?」

「お、おね…?」

「エンエンしたの?」

「よしよししてあげる!」

 ひとりがくれば、もう止められない。

 次から次に小さな子がやってきて、イスに座っているセオの頭を、なんとかして撫でようと、必死に手を伸ばしてくれる。

「みんな、ありがとう」

 なぜ『おねーちゃん』と呼ばれたのかは分からないが、小さな子の気持ちは単純に嬉しい。

 セオが笑顔になると、小さな子たちの表情も輝いた。

 見守っていたジョンは、湯が沸いたところでカップに注ぎ、水を足すと、カップをセオの前に置いた。

「さぁ、みんな。お姉さん、今からあちあち飲むからね。危ないからこっちで遊びましょう」

 それを好機と見た主婦は、みなをリビングに誘導する。

 セオが笑って満足した子どもたちは、素直にバイバイして戻っていったのだった。


 猫舌なため、ぬるめに調整されている白湯を一口飲んだセオは、じんわりとした温かさを感じ、ホッと息をついた。

「…ねぇ、ジョン」

「なんでしょうか?」

「なんであの子たち、ぼくのことおねーちゃんって言ってたのかな?」

「幼いですからね。まだ、男女の区別がついてないのかもしれません」

「そっかぁ」

 セオは普通に納得していたが、ジョンは、単純に間違えられたのだと思っていた。

 セオは、目がぱっちりしていて、中性的だからだ。

 しかし、ジョンはあえて子どもたちとセオの誤解を解かなかった。

 それは、『女の子』だと思われていた方が都合がいいからだ。

 この狭い町では、知らない人間の噂なんてすぐに流れる。

 『領主の息子』が部下の屋敷にひとりで訪れるなど、弱みに繋がりかねないからだ

 しかし、その人物が彼女なら、絶対セオに結びつくことはない。

 

 セオが白湯を全部飲むと、ジョンはカップを洗って、今度はセオと手を繋いで二階に向かった。

 誰もいない廊下を歩きながら、話をする。

「セオさま。…イアンは、セオさまが怪我のことを知ると、動揺して体調を崩されるのではないかと心配していたのです」

「…でも、ずっと?ずっと会わないつもりだったの?」

「いえ。セオさまがもう少し大きくなればお伝えするつもりでした。ですが今回は、飛び級されて環境も変わりましたので、負担になってはいけないと」

 セオは、自分のふがいなさに唇を噛んだ。

 瀬央の知識というチートにはだいぶ助けられてきたが、そんなチートよりも、周りに心配されない、当たり前の健康が欲しかったと強く思う。

「…イアンの気持ちは分かった。でも、ぼくはイアンに会いたいよ」

「かしこまりました。それでは、聞いて参りますので、ここでお待ち頂けますか?」

 ジョンがそう言ったのは、細かな装飾がされた、重厚そうな扉の前だった。

 どうやらここが執務室で、中にイアンがいるらしい。

「…分かった」

 そう答えながらも、不安が表情に現れていたのだろう。

 ジョンは安心させるように笑んで、扉の向こうに消えて行った。

 ひとり残されたセオは、その場にしゃがみ込む。

 一体、どんな怪我をしたのか。無事なのか。

 もし会いたくないと言われたらどうしようーーー。

 再び泣きそうになった時、がちゃりと扉が開き、ジョンが出てきた。

 涙目のセオを見て、慌てて「イアンも会いたいそうですよ」と告げる。

 その言葉を聞くなり、すぐさま立ち上がったセオは、部屋の中に飛び込んだ。

 机に座っているイアンは、セオを見るとにっこり微笑んだので、再度セオの涙腺は決壊した。

 感情のままに抱きついてしまったのだが、イアンはしっかりと抱きしめてくれた。

「イアン、やっと会えたー!」

「さみしい思いをさせてしまって、申し訳ありません。事実を知ると驚かれると思ったのですが、真逆の気遣いになってしまいました」

「会えたからいいよ〜!」

 イアンの腕は温かく、力強い。

 安堵したセオは、いつまでも抱きついていたのだった。

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