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38、お出かけ

 シリルと合流し、馬車で郊外へと向かった。

 王都と隣の領地の境目にあるため、二時間以上はかかるらしい。

 車内は簡易の暖房で暖められていたし、もこもこひざ掛けも用意されていて、快適にすごすことができた。

 心配していた馬車酔いもなく、窓から外を見たり、シリルと話をしていると、あっという間に着いたのだった。

 菓子店は、森の中にあった。

 建物はすべて木でできており、温かみがある。店構えは広く、天井も高い。

 ショーケースは二つもあり、たくさんのケーキが並んでいた。

「わぁ、どれもおいしそうだね」

「だろう?本当にどれもおいしいんだ。特に、ブルーベリーパイが絶品だよ」

「じゃあ、それにする」

 大好きなブルーベリーパイが絶品だと聞いたら、頼まない理由はない。セオは即決した。

「ほかに食べたいのはある?甘さ控えめなのは…ガトーショコラか、季節のゼリーかな」

「ガトーショコラがいい!」

 最近、セオは苦いチョコレートなら食べられることを発見したばかりだ。

 シリルがお勧めするということは、きっと甘さ控えめで美味しいのだろう。

「じゃあ僕は、『フルーツたっぷり特製タワーケーキ』と、ガトーショコラで」

 セオといっしょに菓子店や甘味処に行くようになって、シリルはケーキ全種類を頼まなくなった。

 セオは、どれだけ食べたいケーキがたくさんあって、絶対にひとつしか頼まない。

 貴族なのだからお金はあるだろうに。

 そのことが不思議で、シリルは聞いたことがある。

「食べたいのがいくつかあるなら、全部頼んだらいいんじゃない?」

「でも、たくさん頼んでも食べきれないよ」

「食べきれなかったら残せばいいじゃないか」

「だめだよそんなの。もし誰かほかの人がそのケーキを買いたいけど買えなかったとして、残してるのを見たら悲しいでしょ?作ってくれた人にも失礼だし」

「そっか、そんな考え方もあるんだね」

 シリルは納得したのだが、セオは真面目な顔で続けた。

「それに、食べ物を残すとね、『もったいないお化けさん』が出るんだよ。食べ物を粗末にすると、『おのこしは許しまへんで』って言いながら、夢で追いかけて来るんだって」

「それは…怖いの?」

 生まれた時から貴族なシリルは、食べたいものを食べ、食べきれないなら残す世界で育った。

 『もったいない』という言葉になじみがないので、どんなおばけかは想像できなかったが、そこまでセオがこだわるのだ。

 食べ物は残してはいけない。

 シリルはそう、考えるようになった。

  

 ケーキを二つ頼むようになったのは、アップルパイとブルーベリーチーズケーキの間で悩んでいるセオを見かねて、チーズケーキを頼んだことがきっかけだった。

 お裾分けすると、セオもアップルパイをお裾分けし返してくれた。

 その日以降、シリルはケーキを二つ頼むようになったのだ。

 ひとつは自分の食べたいもの、もう一つは、セオといっしょに食べられるもの。

 セオが食べる量は自分の三分の一だ。

 美味しいものや食べたいものでおなかいっぱいになってほしいとも思う。 



 落ち着いた雰囲気の個室に案内され、セオは紅茶、シリルはコーヒーを頼み、ケーキといただくことになった。

 ブルーベリーパイは、サクサクさ加減と中のジャムの甘さと量が丁度で、シリルが分けてくれたガトーショコラは、しっとりしているのにほろ苦くて、セオの好みの味だった。

「パイもガトーショコラもほんとに美味しい!シリル、教えてくれてありがとう」

「口に合ったようでよかったよ。僕のタワーケーキもボリュームたっぷりで美味しいよ」

 シリルがにこにこしながら食べているケーキ。

 タワーという名にふさわしく、皿のど真ん中に高さ15センチほどのスポンジがそびえ立っている。

 周りには、季節の果物と色んな種類のアイスクリームとホイップクリームがこれでもかと添えられている、ボリューム大丈夫な一品だ。

「そうなんだ、よかったね」

 笑顔で答えながらも、セオの視線は決してケーキには向けられることはない。

ーーー見てはいけない。

 見たら最後、確実に胸やけがして、せっかくのパイが食べられなくなるだろうから。

 そんなことを考えていると、なぜか『メデューサ』という単語が浮かぶ。

 それを振り切るように、セオは言った。

「ぼく、このパイ持って帰りたいな」

「ブルーベリーパイだけでいいのですか?ほかにも、パイはありましたが」

 すかさずメイが答える。

「そうだね、ラズベリーのパイも甘酸っぱくておすすめだよ。それに、ガトーショコラも気に入っていたよね?」

「うっ、ぐぬぬ…誘惑がすごい…」

 本当言うと、ほかのパイも食べてみたい。

 いつもは次への楽しみに取っておくが、馬車で二時間の距離なので、早々来られないだろう。

 だが、いくつも買ったって食べられないのは同じだ。

「………他は、また今度、来た時にする」

 セオは、熟考の後、小さな声でそう答えた。

「かしこまりました。それでは、先に注文して参りますね」

 こうして、再びショーケース前に戻ったメイは、すべてのパイと、ガトーショコラを二つずつ購入した。

 なぜ二つなのかというと、別邸の料理長に「出先でセオさまが好まれる食べ物のあったら、味の研究をしたいので買ってきてほしい」と頼まれていたからだ。

 馬車で二時間は遠い。

 是非、このパイたちも別邸の味の一つに加えてほしいものだと考えていると、シリルに仕えるメイドもやってきた。

「セオが持って帰るなら、僕もパイ全種類お持ち帰りしようかな」とシリルが言ったからだそうだ。

 彼女はおしゃべり好きらしく、待っている間、話しかけてきた。

「シリルさまは、御一家そろって健啖家なのです。料理人たちは、朝から晩まで料理を作るのに追われ、大変そうですわ」

「そうなのですか」

「はい。以前は、食べきれないほど作るのが当たり前だったのですが、シリルさまが、「残したら『もったいないおばけさん』が出てくるから、ダメなんだって」と話されて以来、毎日決まった量を作るようになり、食事が残ることもなくなりましたの」

「そうなのですね」

「はい。ですから、料理人はみな、セオさまに感謝しているのです。本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。いつもセオさまによくしていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。それにしても、皆さま、お背が高くてすらっとされているのに、その体のどこにあれだけ大量の食事が入っていくのか、不思議ですわ」

「そうですね」

 シリルのメイドは一切気にしていないが、メイの返答は、セオに関すること以外は画一的だ。

 店員は、笑いたくなるのを必死にこらえながら、ひたすらケーキを箱詰めし続けたのだった。



 喫茶を出た後は、セオお楽しみの古書店だ。

 こじんまりとした小さな店舗に、色褪せた本が並んでいる。

 王都の大きな図書館も素晴らしいが、こういったところも素敵だと思う。

 セオは、ワクワクしながら棚の端から順に見ていった。

 興味を持ったのは三冊。

 王都の図書館にもなかった書籍で、今から百年以上前の古いものだ。

 一冊は学術書で、あとの二冊は、栄華を誇っていた貴族の生活について書かれたものらしい。

 新しい知識は得られないが、今と生活や考え方とどう違っているのか知ることも面白い。

 さんざん悩んだ挙句、セオは学術書と貴族の生活についての本、一冊ずつを買うことにした。

 セオが本好きなことを知った店主が、「こんな子どもなのに感心だ」と、抱き合わせで値段を安くしてくれたこともある。

 王都の書店の店主も、行くと歓迎してくれ、おまけしてくれる。

 セオは、本好きな人に悪い人はいないとつくづく思ったのだった。


 ちなみに。

 長い長い帰り道。

 早起きした上にはしゃいだセオが、暖かい車内で睡魔に抗えるはずもなく。

 メイの予想通り、しっかりとお昼寝をすることになったのだった。

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