33、夏休み、領地へ
季節の変わり目に体調を崩すことがあったが、セオはそれ以外は休まず学校に通った。
夏休みになったら、すぐに領地に帰ることとなる。
終業式の前の日、セオはカーターにお土産を買いに行きたいことを伝えた。
カーターは、すぐにお金を用意してくれた。お土産を買うには多いくらいだ。
「こんなにいっぱい、使いきれないよ」
「せっかくですから、美味しいものも召し上がって下さいませ」
と、カーターはにこにこする。
セオは、たまにシリルと買い物に行くくらいで、ほとんどお金を使わない。
別邸にいる誰かさんが金を使いまくっているのを思うと、もう少し贅沢してもいいと思っている。
終業式が終わった。
もらった初めての成績表は、もちろん主要教科はすべて「A」だ。
試験はすべて満点で、学力試験の時にあったカンニング疑惑もすっかり晴れたところか、教師たちも一目置いているほどだ。
一方、体育は「C」だったが、これは仕方がないと思う。
帰り道、セオは、護衛と一緒にお土産を買いに行った。
王都には貴族御用達の、『デパート』のような建物があるらしい。
行ってみて驚いた。
食料品、衣服、装飾品、日用品、雑貨など、ありとあらゆるものがある。
料理店や甘味処などもたくさんある。
セオは、散々悩んでひとつの甘味処に入り、ブルーベリーのかき氷を頼んだ。
まるで雪のようにふわふわで、口の中ですぐに溶けてしまう。とても美味しくて、あっという間に食べ切ってしまった。
その後、お土産を買いに行った。
いくつかの店舗を回り、日持ちのする焼き菓子を買う購入する。
護衛に酒類とおつまみになりそうな乾物を選んでもらい、セオは満足して帰宅した。
もちろんお金は余ったが、セオがニコニコしてかき氷が美味しかったことなどを報告してくれるので、カーターも笑顔でおつりを受け取ったのだった。
二日後、セオたちは領地に出発した。
船酔いが酷かったメイには陸路を勧めたが、「セオさまと一緒に船で帰りたいです。今度は、絶対にご迷惑をおかけ致しませんので」とのことだったので、一緒に船に乗った。
「メイ、大丈夫?」
「はい。酔い止めを飲みましたし、気合を入れましたので」
さらっと答えるメイの目は据わっている。
そして、前回のように寝込むことはなかった。
恐らく自己暗示で船酔いに打ち勝ったであろうメイのことを、セオは、改めてすごいと感じたのだった。
そんなこんなで、無事、侯爵家の屋敷に着いた。
「「おかえりなさいませ」」
ホールには使用人がそろっており、総出で迎えてくれた。
「ただいま、みんな!おみやげ、いっぱい買ってきたからね」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
代表してジョンが笑顔で答える。
セオは、お土産を渡しながらひとしきり話をしてから、私室に戻った。
速やかにお茶の用意がされ、口にしたセオは、ほっと息をついた。
別邸で淹れてもらうお茶も美味しいのだが、慣れ親しんだこの味が一番だと思うのは不思議だ。
そのまま、しばらくソファにもたれてボーッとしていた。
開け放たれた窓から、爽やかな風が入ってくる。
じゃわじゃわとやかましい虫の音。
ちらちらと木の隙間から揺れる陽光。
目を閉じたセオは、ここがいいな、と思う。
ホームシックになんてなっていなかったし、別邸の生活も楽しかったが、やはりふるさとは特別なものらしい。
そんなことを考えていると、ふわぁとあくびが出た。
「長旅でしたし、お疲れなのですね。さ、ベッドもご用意してございます。おやすみくださいませ」
見逃さないメイドに促され、セオはまだ昼なのにベッドに横になった。
学校に行き始めてからだいぶ体力がついたと思ったが、九歳なのに、未だにお昼寝が必要な時があるだなんて、嫌になる。
だが、今回は長旅だったのだから仕方ない。
そう自分に言い訳しながら、セオはあっという間に眠っていたのだった。
翌日、セオは庭師たちに会いに奥庭に行った。
「いつも肥料の研究とか、ほんとにありがとう!今日集まってもらったのはね、大変なことが決まったからなんだ」
「えっ、大変なこと?」
「なんかやらかしたっけ?」
ざわざわする庭師たちだが、セオがニコニコしているので、悪い話ではないのだろうと思いながら、次の言葉を待つ。
「なんと!国王陛下から、金銭的な援助をするから、肥料を全領に広げたいって話がありました!」
「「「…は?」」」
思ってもみない規模の話に、軒並み顎がガクンと落ちている庭師たち。
セオはお茶会でのことをざっと説明した。
「それでね、担当になったお役人さんたちが、肥料のことを勉強したいんだって。ぼくの夏休みに合わせてここに見に来てくれることになってて」
「そりゃ大ごとですな!」
「そうなんだよ。だから、みんなにも手伝ってもらいたくて。ぼくは座学をするから、みんなには奥庭と肥料の説明を頼みたいんだ」
と、セオはニコニコしているが、庭師たちにとっては青天の霹靂だ。
「いやいやいや!」
「俺たちは無理ですよ!」
「もし、粗相なんかしたら大ごとじゃないですか!」
口々にそう言った庭師たちだが、セオが困った顔をしたので、一斉に黙った。
「みんなに迷惑をかけてるのは分かってる。ぼくも自分で説明できるならそうしてるんだけど、ずっと外にいるのは難しいでしょ?だから、みんなに助けてもらいたくて」
「くッ。そこまで言われちゃ断れねぇ」
「わかりましたよ、協力します!」
勝負あった。
というか、最初からセオの頼みを断れるわけがない。
「ところで、お役人はいつ来るんすか?」
「あさって」
「「「あさって!?」」」
「の午後から、明々後日の午後まで」
「「「まさかの一日半!?」」」
あまりにも急だし、長すぎる。
目が飛び出しそうになる庭師たちだが、セオは声のぴったりさ加減に噴き出してしまった。
「驚かせてごめん。さ、打ち合わせしよう」
だが、すぐに切り替えたセオに言われて、庭師たちは腹をくくって頷いたのだった。
二日後、役人たちがやってきた。
初めはガチガチだった庭師たちだが、汗びっしょりになりながら土に触れている姿を見て、緊張などどこかにふっ飛んだ。
彼らは地位を鼻にかけることはないし、庭師たちにも敬意を持って接してくれる。
もちろん、セオにもだ。
そして、二日間の視察が終わるころには、がっちり握手を交わし、両者の間には深い絆が生まれていたのだった。




