表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/57

32、初めての買い物

 本格的に授業が始まった。

 ランドルフは、セオの許可を得て、二日目のホームルームの際、セオの口当てについてクラス全体に説明してくれた。

 その大切さを身に沁みて分かっているルークは、「隣の席なので、僕も見ておきます」と言って、よく話しかけるようになった。

 それはそれで嬉しいのだが、王族のルークは、昼食をセキュリティの整った専用の部屋で食べる。

 他に話す人もいないセオは、ひとりで昼食を食べなければいけないのが、少し悲しかった。


 それが解決したのは、更に一週間ほど経った頃だった。

 後ろの席のシリル・ファラーと仲良くなったのだ。シリルは、ファラー伯爵家の第二子だ。

 蜂蜜色の髪と赤銅色の瞳を持つ長身の男子で、セオと並ぶと、残念ながら二歳くらい離れた兄弟にしか見えない。

 きっかけは、授業中、セオが消しゴムを落として、それを拾ってくれたことだ。

 次の休み時間、セオは勇気を出してお礼を言った。

「あの、さっきは消しゴムありがとう」

「どういたしまして。あの、不躾な質問で申し訳ないんだけど、ブライアントくんって、勉強得意なの?先生にあてられても、ぜんぶ正解してるよね」

「セオでいいよ。そうだね、勉強は嫌いじゃないかも」

 セオの言葉に、シリルは目を輝かせた。

「じゃあ、僕に勉強教えてもらえないかな?僕、そんなに勉強ができるほうじゃないのに、たまたま試験の結果が良くて、このクラスになっちゃって困ってるんだ」

「ぼくでよかったら、いいよ」

「ありがとう!ぼくのこともシリルって呼んでくれ」

 シリルと話すようになると、同じように勉強を教えて欲しいという子も増え、話す子ができていく。

 口当ても見慣れたのか、一歩ひいたところがなくなったように思う。

 

 セオは、友達ができたこと、元気に学校に通っていることを手紙に書き、ジョンとレオンに送った。

 それを読んだふたりは、ちゃんと通えているようだと、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。



 二ヶ月ほど経ったある日。

 ルークは、公務があるということで早退していたため、セオとシリルはふたりで教室を出た。

「セオ、この近所に新しいケーキ屋ができたそうなんだけど、知ってるかな?」

「もしかして、図書館の隣にできた、かわいいお店のこと?」

 徒歩で通学しているセオは、道路を挟んだ向かいの店がしばらく工事をしていて、最近オープンしたことを知っていた。

「かわいいのかい?それはちょっと行きづらいかな」

「自分で行ってみたいの?」

「うん。自分で買い物するのが好きなんだ。いろんなお店に行ってるよ」

 この世界、貴族は買い物も使用人に任せるのが一般的だ。自分で買い物に行くシリルは、かなり珍しいタイプだろう。

「そうなんだ。ぼくも行ってみたいな」

 セオがそう言えば、シリルは嬉しそうな顔をした。

「実は、今日行く予定だったんだ。都合がつけば、一緒に行かないかい?」

「じゃあ、護衛に聞いてみるね」

 急なことだがとセオが護衛①と②に相談すると、そんなに長い時間でもないならと許可が出た。

 メイが心配するだろうから、セオも長居するつもりはない。

 

 店までは徒歩五分ほどの距離だが、シリルの馬車に同乗させてもらうことになった。

 そのため、護衛②が別邸に買い物に行くことを知らせに、徒歩で別邸に戻ることになった。

 セオは、多分三十分もかからないのに大げさだなぁと思っていたが、甘かった。

 まず、馬車が学校から出るまでに十五分ほどかかったからだ。

 聞けば、爵位が上の馬車から出ることになっているので、毎日こんな感じらしい。

 ファラー家の別邸までは、ここから十五分ほどかかるそうなので、通学だけでも一時間かかるようだ。

 セオは、改めて辺境伯家の別邸の近さに感謝したのだった。


 やっとケーキ屋に着いた。

 新しいこともありとても綺麗で、あちこちに可愛らしい雑貨が飾られていた。

 そして、ショーケースにはたくさんのケーキが並べられて、目移り必至だ。

 ケーキだけでなく、クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子もあった。

「ほんとにどれもおいしそうだね。一つずつ買っていこうかな」

 さすが金持ち。シリルは、ためらいなくそう言って、店員に申し付けている。 

 セオは悩んだが、ケーキはひとつだけ、クッキーは三種類買うことにした。

 シリルがしていたように自分でお金も払って、品物を受け取る。

 初めてのひとりでの買い物は、大満足で終わった。


 帰りも送って行くと言われたが、家はすぐそこだ。

 全部買いしたシリルの梱包の時間がかかることもあり、セオは護衛たちと一緒に徒歩で帰ることにした。

 シリルは驚いていたが、毎日徒歩で通学しているので大丈夫なことを伝えると、笑って見送ってくれた。


 別邸では、メイが門扉のところで待っていた。

 買い物に行くとは聞いていたが、いつもより帰宅が遅いので、心配していたようだ。

「ただいま。遅くなってごめん。これ、友達とケーキ屋さんで買ってきたんだ」

 セオがケーキの入った袋を渡すと、メイは笑顔になった。

「おかえりなさいませ。それはようございました。ケーキは、今、召し上がりますか」

「ううん。ご飯の後食べる」

 料理人は、毎食心をこめて作ってくれている。

 ケーキを食べたら残してしまうだろうから、後で食べることにしたのだ。

「かしこまりました。それでは、一旦厨房に参りますので、失礼します」

 メイが厨房にケーキを持って行くと、料理長は大喜びだった。

「セオぼっちゃまがご学友と買い物に行かれたなんて…!ほんとうによかった」

 彼だけでなく、別邸の使用人は、セオのことを『ぼっちゃま』と呼ぶ。

 それは、オリヴィアの息子だからだ。

 嫁に行ったとしても、辺境伯家の血を引いていることには変わりない。

 そして、レオン一家と同じように思っていた。

 

「ケーキは、夕食の後、召し上がられるそうです」

「そうですか。それでは、夕食は軽めにいたしましょう」

 にこにこと料理長は請け負う。

 そういった配慮もあり、夕食後、セオはおなかが張りすぎることもなく、レアチーズケーキを堪能することができたのだった。


 翌日のおやつの時間に食べるのは、もちろんセオが買ってきたクッキーだ。

 チョコレート、キャラメル、ブルーベリーの三種類がある。

 室内にいたのは、護衛①とメイ、洗濯物を持ってきていた、別邸のメイドの三人だ。

 セオは、キョロキョロと辺りを見回して、「内緒だよ」とクッキーをおすそ分けする。個包装なので持って帰れるからだ。

 ①とメイドに選んでもらった後、メイにはチョコをこっそり渡した。

 なぜなら、メイは甘いもの、とりわけチョコが好きなのを知っているからだ。

 だが、そのことを隠したいのか、人前では遠慮して選ばなかったりする。

「ありがとうございます」

 受け取ったメイは、ポケットに入れて業務に戻ったのだが、その口の端は上がっている。

 以前に比べて、今は表情自体が柔らかい。

ーーーきっと、セオがよく笑うから、つられるのだろう。

 偶然その表情を目にした護衛①は、そう思いながら、目元を柔らかくしたのだった。


 その日の夜。

 セオがベッドに入れば、メイと護衛①の仕事は終わりだ。

 いつもは「お疲れ様でした」と解散するのだが、その日は違っていた。

 護衛①がメイを呼び止め、差し出したのは、セオからもらったクッキーだった。

「おれ、甘いもの食べれなくて。断ろうと思ったんですけど、セオさまがすごく嬉しそうに「選んで」ってもって来て下さったので、断れなかったんです。苦手じゃなければ、もらってくれませんか」

「…ありがとう」

 メイの細い手が、護衛①が差し出したクッキーを受け取った。ほんの少し、指先が触れる。

「では、これで。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 それぞれ自室に向かう二人の耳は、なぜだか、ほんのりと赤くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ