31、ルークの心情
ーーーどういうことかというと。
幼い頃、ルークには母の実家からついてきた者たちが世話係としてついていた。彼女たちは、母の忘れ形見ということもあり、とてもルークを甘やかした。
天上天下、唯我独尊。
幼いルークは、本気で自分の思い通りにならないことはないと思っていた。
状況が一変したのは、五歳の時。
ルークの将来を心配した陛下が、母の代からの世話係を一新したのだ。
新しい世話係は、ルークと接して驚いた。
寝る時間や食事の時間さえも決まっておらず、生活リズムが整っていなかったのだ。
世話係は絶句したが、まずはスケジュールに沿って生活できる方法を考えた。
ルークの生活は、ほとんどが部屋の中だ。
「ケガをしては困るから」という理由で、庭にもほとんど出ていなかったらしい。
外に出ないのは、幼児にはよくない。
世話係は、外遊びを簡単なスケジュールに取り入れることから始めた。
朝起きたら整容、朝ごはんの後は散歩、昼ご飯の後は、天気が良ければ庭遊びだ。
鬼ごっこやかくれんぼなど、ルークがそれまで知らない遊びを一緒になって楽しんだ。
しかし、楽しすぎて外遊びの時間を終われないことがあった。
怒ったルークは、世話係を叩き、その世話係は泣く真似をする。
驚いて止まったルークに、別の世話係が謝ることを教えた。
王族は、対外的に謝ってはいけないという側面があるが、人に悪いという気持ちを持つことは大切だからだ。
今までと全く違う環境に、時には苦しみながらも、ルークは、少しずつ人間的に成長していった。
一年が経つ頃にはだいぶ落ち着いたため、家庭教師がつき、勉強や礼節等の授業を受けるようになった。
初めは嫌だったが、昨日まで分からなかったことが今日分かるようになる。それが楽しかった。
特に好きになったのは、剣術だ。
視察で行った騎士団の模擬戦でみなかっこよく、自分もそうなりたいと始めた。
走り込みや素振り、筋トレなど、ルークなりにがんばって取り組んだのだが、悔しいことに、兄の足元にも及ばないことだった。
兄には、天賦の才があるらしく、時には大人と戦って勝つくらい強い。
ルークが剣術の話をして怒ったのも、そこに原因があった。
実は、少し前に年齢別の剣術大会があり、ルークは三戦目で敗退したのに、兄はなんと優勝したのだ。
負けたのが悔しくて悔しくて、物陰で落ち込んでいる時に、ヒソヒソと貴族たちが話をしているのが聞こえてきた。
「第一陛下は文武両道で素晴らしい。一方、第二殿下は…」という、ルークを揶揄するものだった。
王族の悪口を言うのは不敬罪に当たる。
護衛が窘めに行こうとするのを、ルークは制して、気づかれないようにその場を去った。
貴族たちに兄と比べられていると知り、ショックすぎてひとりになりたかったのだ。
その日以来、剣術への劣等感がルークを苦しめることとなる。
それなのに、セオが剣術の話をしてきたものだから、揶揄されたと思い、カッとしてセオの口当てを取った。
それで終わると思っていたのに、「返して!!」と、セオに言われて驚いた。
まさか、言い返してくるなんて思ってもみなかったし、王族であるルークに、今まで大きな声を出す人はいなかったからだ。
そうこうしているうちに、セオがせき込み始めた。
ルークが驚いている間にメイドがやってきて、護衛によって父のところに誘導される。
父は、厳しい顔をして言った。
「見なさい、これがお前がやったことの結果だ。おまえは他人にあんなしんどい思いをさせられるほど、いつから偉くなった?」
容赦なく言われて、ルークは生まれて初めて、自分の行動の責任というものを理解した。
ーーー自分が、セオをこんなに苦しめた。
今まで口当てなんて見たことがなかったし、どうせ咳が出るなんて大げさに言っているのだろうと深く考えなかったから。
顔を真っ赤にして苦しそうなセオが死んでしまったらどうしようと思うと、どくどくと鼓動が早くなり、冷や汗が止まらなくなる。
幸い、新しい口当てをつけて咳は止まり、本当にほっとした。
そしてセオは、そんなにしんどい思いをしてなお、口当てを気にしていた。
メイドが事前に回収しておいたものを渡すと、とても大事そうに受け取って。
お針子が作ったものだとも言っていたが、セオがあんなにも大事にしている理由は分からない。
ルークの服も誰かお針子が作ったものだが、ぐしゃっとされても取り返そうとは思わないだろう。
だが、ルークが大切じゃなくても他の人が大切なものがあるし、逆もあるのだと、ルークは理解した。
同時に、ここまでしんどい思いをさせた自分のことを、セオは怒っているだろうと思うと、怖くなる。
だが、帰る時。
セオは、ルークに手を振ってきた。
その目に怒りはないように思えて、ルークは声にならない声で、「なんで」と呟いていたのだった。
その後、ルークは父や世話係と話をして、セオは、ルークが剣術の話をしたくないことを知らなかったのではということを聞き、心底驚いた。
それだったら、ただルークが意地悪しただけになる。
ますます落ち込んだルークに輪をかけたのが、セオが熱を出したと聞いたことだ。
「きっと元気になられますよ」
と、世話係が励ますが、元気になったと聞いても、ルークはしゅんとしたままだ。
きっと、仲直りできるか心配しているんだろうと思った世話係は、声をかける。
「今度お会いしたときに、ルークさまからお声をかけて、謝ったらきっと許してくれると思いますよ」
「…そうかな」
いつになく弱気なルークは、目にいっぱい涙を溜めている。
きっと不安で心細かっただろうに、自分が悪いのだからと、こらえていたのだろう。
世話係は、そっとルークの肩に手をかけた。
「許すか許さないかは、セオさまの自由です。もし、許していただけなかった時は、一緒に泣いて差し上げますので」
「…ありがと」
そう言って顔をあげたルークの目には、もう涙はなかった。
セオに謝ることを決めたルークだが、入学式では、セオと目線がかけらも合わなかったため、許してもらえるのだろうかとドキドキしていた。
セオたちの昼食会に押しかけた時は、ちゃんと謝れて「仲直り」と言ってくれた時は、涙が出そうなくらい嬉しかった。
こうしてルークは、またひとつ成長することができたのだった。




