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30、初めての登校日

 いろいろあった入学式翌日。

 レオンとセオは、別邸の玄関前にいた。今日、レオンは辺境伯領に帰るのだ。

「いいか?くれぐれも無理はするな。学校でなにかあったら、ランドルフ・アスターという教師に言え。そいつは俺の友人だからな。殿下でもいい。殿下で解決できないことがあっても、陛下に相談できれば大抵のことは解決するだろう。できることはすると言っていたから」

 国王には貸しが二つある。

 ひとつは、ルークの口当て事件で、もう一つは肥料のことだ。

 侯爵家別邸の動きに注意してもらうよう頼んだ。

 王には子飼いの影もたくさんいるので、しっかり見張ってくれることだろう。

 それに、エドガーにもカーターにも気をつけるよう念を押している。

 近くで守れないのが辛い。

「わかった。いろいろありがとう。またお手紙書くね!」

「ああ、待ってるからな」

 ぎゅぅっとセオをハグしたレオンは、馬車に乗り込んだ。

 領地を出て来た時と同じように、セオは笑顔でレオンを見送ったのだった。

 レオンがいたのは一週間程度だが、それでもギリギリの日数いてくれたのは分かっているから、辛くはなかった。


 レオンが治める辺境伯領は、国の最西に位置しており、広大な山と森に囲まれている。鉱山などの資源も豊富にあるため、国有数の豊かさを誇るが、辺鄙な土地だけあって大変なこともある。

 平地があまりないため、人々は狭い集落で固まって暮らさざるを得ない。人口も少なく、開墾しようにも、人が足りないのだ。

 男性陣のほとんどは鉱夫や狩猟で生計を立てており、女性陣は料理や育児を一緒に行っている。

 それなのに、鉱山を狙って隣国がちょっかいを出して来たり、山林にたくさんいる害獣を定期的に間引く必要があるものだから、かなり忙しいのだ。

 そういうわけで、領主にも政治手腕より、なにかあった時に策を練り、先陣を切って戦える強さが求められた。

 レオンも幼い頃から、近所の子どもたちと剣術や弓の練習に明け暮れた。父親たちに連れられて、山奥に狩りにも行った。

 野宿もざらだ。

 その時は、みんなと同じ釜の飯を食べ、雑魚寝をする。貴族だからといって獣が手加減してくれるわけでもなく、実力がものを言う世界だ。

 最低限、母から貴族の文化やマナーは習ったが、そんなふうに育ったものだから、貴族としての特権意識が身につくはずもない。

 女性陣も同じだ。

 母も妻も他家から嫁いで来てくれたのだが、初めは「王都の別邸で社交を担当致します」と言っていた。

 父もレオンも了承していたのだが、領地のことを知ってもらうことは必要になる。

 領民と一緒に家事や子育てをしてもらうのだ。

 初めは、賑やかで乱雑な生活に驚いていたが、すっかり慣れるころには、足の引っ張りあいしかない社交界が煩わしく感じてしまったらしい。

 あっさり手のひらを返して領地に留まることになったため、あれだけ大きな別邸に誰もいないという事態になっているのだ。

 本来なら、王都のあれだけの一等地に別邸を持っていて誰もいないなど、貴族たちからは総攻撃を受けるだろう。

 しかし、そのことに文句を言う貴族はいない。

 普通の貴族とは大きく違うが、防衛の面でもなくてはならない存在。

 代々、王家にも一目置かれているので、わざわざ貶す者がいないのも当然だった。

 


 二日後、初めての授業の日。

 歩いて学校に向かったセオは、ついてきた護衛と門のところで別れた。

 生徒の使用人は、校内には立ち入り禁止だからだ。

 その代わり、学校専属の護衛やメイドがいる。

 恐らく、全員に使用人がつくとなると、大変な人数になってしまうからだろう。


 生徒用玄関の前に、新入生受付ブースがあった。

 教師に名前を告げると一瞬、他の職員全員の視線がセオに集まる。学力試験満点の天才児について、知らない者はいないからだ。

 だが、次に顔をあげたときには誰も見ていなかった。

 変だなと思いながら、セオは案内された教室へと向かったのだった。


 中に入ると、まだ誰も来ていなかった。護衛がひとり、教室の隅にいるくらいだ。

 貴族の間では遅く行ったほうがえらいという考えがあるようで、大抵の子たちはギリギリに来るらしい。

 遅れたらどうするのだろうかと考えながら、セオは一番前の窓際の席に座った。

 まだ席は決まってないので、どこに座ってもいいと言われていたからだ。

 視力はいいので本当は後ろの席でもいいのだが、身長のことで前が見えないのではと心配されるのは辛い。自分から座った形だ。

 しばらくすると、ぽつぽつと生徒たちがやってきた。

 彼らはセオを見ると、ちょっと驚いたような表情をして目をそらす。多分、口当てをしているからだろう。

 半分以上埋まった頃、ルークが入ってきた。

 みな立ち上がりかけるが、学校のなかでは、学生の身分は平等とされているので、ルークはそれを制した。

 セオの隣が空いているのを見ると、さりげなくそこに座る。

 付き合いがあるのは公にしていないので、言葉は交わさない。セオは、座ったまま紳士の礼をして、ルークは頷いた。


 やがてチャイムが鳴ると、背が高い教師が入ってきた。セオが試験で質問した時、答えてくれたのと同じ人物だ。

「ランドルフ・アスターという。一年間このクラスの担任になることになった。よろしく頼む」

 多くの生徒たちは、その顔の怖さに顔をひきつらせていたが、セオは、試験の時に話した教師が担任で、更にレオンの友人なことに驚いていた。

 その日は、自己紹介をしたり、クラスごとに校内を案内されたり、学ぶ授業の説明をして教科書が配られたりして、半日で終わった。

 休み時間には話をしたりする子たちもいたが、セオが目をやると逸らされる。

 ちゃんと自己紹介時には「咳が出たりしないように口当てをつけています。ごびょーきじゃないです」と説明したのだが、異質に思えるのだろう。

 しゅんとしているセオに、ルークは声をかけたいのをぐっとこらえた。

 だが、今後なにかのきっかけを見つけて堂々と話をできるようにはなりたいと思う。


 ちなみに。

 「ちょっと一年生はやめておきましょうか」と、言われ続けてきたランドルフ。

 言外に「顔が怖いから」という言葉が隠されているのは理解していて、それもそうだと納得していた。

 それなのに、今年に限って一年生のクラスの担任になったのは、もちろん規格外のセオがいるからだ。

 体よく押し付けられたと言っても過言ではない。

 自身も困ったなぁと思っていたが、ランドルフの顔に慣れるまで涙目になる、セオ以外の子どもたちも、だいぶかわいそうなのだった。

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