29、肥料、全領へ
和やかな雰囲気で食事は終わり、食後のお茶を楽しんでいる時だった。
「それで、今日来たのは『肥料』についての話もしたかったからなんだが、かまわないかな?」
と、国王が言った。
「え、肥料ですか?」
唐突な言葉に、セオは目をぱちくりさせる。
肥料の存在はまだブライアント領だけでしか広まっていない。
どうして国王が知っているのだろうかと疑問に思ったからだ。
「あー、言うの忘れてたな。おれが報告してたんだ」
「そうなの?」
セオは、首を傾げた。
「そうなのって…おまえ、肥料の発明がどれだけすごいか分かってるのか?」
「でも、まだ他の領地に広めるところまではいってないよ?」
もう一度反対に首を傾げたセオに、みな『だめだこりゃ』という表情だ。セオが解せないと思っていると、咳払いしたレオンが言う。
「とりあえず、肥料についての現状とか、セオの考えを話してくれるか?」
「? わかった」
セオは、以下のことを話した。
ブライアント領では、すっかり肥料は定着している。
作物自体が強くなったため、多少の天候の変化くらいでは病気にもならない。収穫量は平均二、三割程度増えた。
その結果、年貢を納めても余る作物が多く、農民の食事量は増えた。同時に、余った作物は市で販売され、手に入れた貨幣で日用品や衣類などを購入し、生活は少しずつ改善しているようだ。
また、安く農作物が手に入るようになった領民は喜び、市は活気づき、屋台も増えた。
しかし、いいことだけではない。
昨年度は、同じ野菜が集中して作られ、値崩れしかけたことがあった。セオが新しい料理を考案し、屋台に出してブームになったため、なんとか乗り切った形だ。
そのため、今年からは庭師同席のもと、地域の代表者で何の野菜を育てるか等話し合いをしてもらうことにした。
まだ目処はついてないが、ゆくゆくは他領にも輸出したいと思っている。
その際は、『こちらの指定した価格で販売すること』、『税を上げないこと』を最低条件としたい。
なぜなら、農民の生活の質をあげるのが一番の目標だから。
それに、市が活発になれば税収が増えるため、領主にも十分還元されるため、寧ろ税を上げることが悪手となる。
肥料の存在が当たり前になったら、それぞれの領地で肥料作りを行ってもらいたい。
そのためにこちらは庭師たちを派遣し、肥料の作り方や使い方、知識を現地の農民に教える。
知識も教えるのは、研究を続けてその土地に合った肥料を開発してもらいたいからだ。
実際に作物を作りながらになるので、最低でも二年以上になるのではないか。
ブライアント領は、派遣+知識料なとで、ある程度まとまった金額をもらいたい。
そこまでが、今セオが考えていることだ。
そう伝えると、その場はしんとした。
「えっと、すぐには難しいってことは分かってて」
あまりにも夢物語だったかとわたわたするセオに、レオンは頭にぽんと手を置いて大丈夫だと伝える。
「大丈夫だ。みんな、セオがそこまで考えていると思わなかったから、驚いているだけだよ」
「ほんと?」
「本当だとも!すばらしい…素晴らしいよ!」
興奮した国王も手を伸ばそうとしたが、生憎テーブルが広いので届かなかった。
なかったことにして、にこにこと国王は続ける。
「ぜひ国として支援させてもらいたい!」
「えっ」
セオは驚いたが、報告した時点で、大人たちの間でそういう話になっていたのだろうと納得した。
「ーーーそれは、補助金を出すとか、政府主導で全国に広めてもらえるとか、そういうことでしょうか?」
「話が早いね。まさに、そういったことを考えていたんだ」
「農民の生活の改善についてちゃんととりくんでくれるなら、ぼくは構いません。国が主導で広めてくれるなら、よりスムーズだ思いますし」
「そう言ってくれて嬉しいよ!もちろん、話し合いにはセオにも入ってもらう予定だよ。報奨金も出すし、陞爵も含めて考えよう」
「待ってください。今、そんなことになったら父が散財するだけです。ぼくも目立ちたくはないので、全国に肥料が定着してからーーー代替わりしてから、まとめていただくことはできませんか?」
父が捕まるまで、あと六年だから。
そんなことをセオが思っているとは知らない国王は、感嘆の息を吐いた。
「セオはほんとに九歳かい?まるで大人みたいだね」
レオンから『天才』だとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
末恐ろしい。
将来、侯爵家の領主としておいておくにはもったいない人材だ。ぜひ、宮中にきて政治にかかわってもらいたい。
そう思っていると、目を細めたレオンと目が合った。「宮中なんてやるわけないだろ」という目だ。分かっている。
こうして、肥料は政府主導で広めていくこととなったが、まずは役人が肥料とはどういったものか理解する必要がある。
勉強会を行うとともに、次のセオの長期休みに、役人が同行して説明を受けることとなった。
その後、話し合いがなされたが、骨子にはセオの意見がそのまま取り入れられ、かなり驚いた。
王の圧力がかなり強いらしい。
肥料の配布と肥料作りは、同時に行うことになった。
肥料はブライアント領からの輸出となるが、自領の肥料の確保もあるので、二年間の肥料を輸出するのが厳しそうだったからだ。
他領での肥料作りを行うことになり、セオは庭師たちを集めて希望者を募ることにした。
実際に作物を作り、効果を確かめながら肥料作りを行うので、最低でも二年間はかかるであろうこと、もし、希望者がいない場合は、役人にすべての知識を叩き込んで送り出す了承は得ているので、嫌なら手を挙げなくて構わないこと。
「生活が大きく変わることになる。よく考えて」
と、そう伝えたのに、なんと、半数も手を挙げてくれたのだ。
セオが驚いて理由を聞くと、口を揃えて、「肥料を広めるという使命に魅せられた」と答えたので、セオは嬉しく思った。
だが、一番の理由は違う。
数年前に聞いた、「みんながおなかいっぱい食べられるように、肥料を全領に広げたい」というセオの想いを、ずっと叶えたいと思っていたからだ。
翌年。
王は、長年の研究が実を結んだとして、『肥料』の存在を公開し、段階的に全領に広める声明を出した。
『気候が温暖なブライアント領で検証し、効果が出たため』という後付けの理由を添えて。
肥料を撒いた時とそうでない時の収穫量の違いや、市の収支、肥料の研究結果などをまとめた資料が提出され、反対意見は出なかった。
農民に有利な条件に、一部の貴族からは「優遇しすぎではないか」という意見もあったが、王が、発案者とは言わない上でセオの考えを伝えると、心ある貴族は涙し、特権を傘に着ている貴族は、影で文句を言った。
まずは、気候が似ている侯爵領周辺の領地から取り組むこととなったが、肥料の効果は抜群だった。
その後、十年もしないうちに全領に広がり、知らない者がいないほど、当たり前のものになっていくのである。
将来的には、発案者がセオであることを公表する予定だが、それまでは国王の手柄となる。
国王の株が爆上がりする中、庭師たちは、本当の功労者、セオの「セ」の字も言えないことにもやもやするのであった。




