28、大変な食事会
皆に慰められ、とりあえず気を取り直したセオは、レオンおすすめの落ち着いた隠れ家的料理屋にやってきていた。
落ち着いた個室に案内される。
今日の食事会は、『学力試験お疲れ様会』だ。
レオンたちだけではなく、大抵の貴族たちも今日は親子で食事に行くものらしい。
それを聞いたセオは、「みんなでごはんを食べたい」と言った。メイや護衛たちもせっかく王都に来たのだから、おいしいものを食べてもらいたいと思ったのだ。
メイたちは驚いた。使用人と主人たちが一緒に食事をするなど、考えたこともなかったからだ。
総出で説得するも、セオは納得しない。
困ったメイは、レオンに説得してもらおうとしたのだが、「今回だけ、いいんじゃないか?」と、あっさり言われてしまったのだ。
主人と使用人たちの距離が近い辺境伯では、一緒に食事をすることもある。
というわけで、今日はふたりではなく、五人での食事だ。
遠慮していた三人を、セオは席に座らせた。
いつも立っている三人が座っているのは、目新しい。セオはにこにこした。
何を頼むかは、よく来ているレオンが主導して決めてくれた。好き嫌いや肉派か魚派かなどを聞いて、どんどん注文していく。
注文を聞きにきた店員も、使用人が座っていても驚かず、にこやかに注文を受けたのは、さすがだと言えるだろう。
それからも楽しく談笑していたのだが、ふいに廊下が騒がしくなると、護衛たちは表情を固くした。
扉の前に出て、いつでも剣を抜けるように構えていたが、じっと耳をすましていたレオンが言う。
「ーーー大丈夫だ、脇に控えてくれ」
「「はっ」」
なにかあってもセオを守れるよう、立ちあがっていたメイも壁際に立った。
セオ自身も、レオンに促されて立ち上がる。その時点で、セオは嫌な予感がしてきた。
人の気配はどんどん近づいてきて、セオたちが注目している扉が開く。
そして。
「来ちゃった☆」
と、扉を開けたのは、某ひげおじさんーーーこの国の、国王なのだった。
そのあとにルーク、おつきの者や店員が続く。
店員は、三人の座っていた椅子をすばやくとりかえた。いくらなんでも、誰かがさっきまで座っていた椅子に、国王と王太子を座らせるわけにはいかないからだ。
ふたりが座ると、
「国王陛下、第二王太子におかれましては、お会いできて光栄でございます」
そう言ってレオンが頭を下げたので、セオも頭を下げる。
「うん、座りなさい」
その言葉に、レオンとセオは椅子に座る。
「昨日は、手紙をありがとう。本当に体調はよくなったのか?」
「はい。今日の試験も、ちゃんと受けることができました」
「そうか。本当によかった」
「お気遣いいただきまして、ありがとうございます」
セオは、座ったまま礼をした。
ジョンに仕込まれているので、座っていても礼は美しい。
「陛下、恐れながら先触れをいただいていたでしょうか」
普通、こういった場合は先触れを出す必要があるし、そもそも都合を聞かずに合流するのはあり得ない。
それは王族でも同じだ。
というか、癒着を疑われる今の状況の方があり得ない。
「いや、思いついたのが先ほどだったので間に合わなかったのだ」
国王の言葉に、レオンは珍しくにっこりと笑いかけた。それに、国王の肩がびくりとし、顔が引きつる。
なぜレオンが笑ったかというと、国王の悪戯が悪質だったからだ。
長い付き合いだ。
レオンたちが試験後にこの料理屋に来ることは、すぐに予想できたのだろう。
百歩譲って先触れが間に合わなかったとしても、普通ならこの店に着いた時に、店員がダッシュで伝えに来るはずだ。
それに、普通は扉を開けてすぐ国王が入ってくることもない。
恐らく、驚かせたいからと口止めをしていたに違いない。
「それでは、予約していた料理店に断りを入れて、こちらに来られたのですね」
「そぅ、かもしれないが」
「先方の料理店も側近の方々も、急な変更で大変でしたね」
国王の側近たちは、無言で深く頭を下げた。
もっと言ってやってくれという圧を感じたのは、セオだけではないだろう。
「私が懇意にしている、この料理店にも迷惑がかかってしまったかもしれませんが、そこは後で謝罪しておきましょう。さて、再度メニューを再考しましょうか。何を食べられますか?まずは、野菜たっぷりサラダでしょうか」
「すごく反省してるから、勘弁してくれ…」
レオンがそう言ったのは、国王が野菜を大嫌いなことを知ってのことだ。
その後も、ちくちくと国王に嫌味を言うレオン。どんどんと声が小さくなっていってしまう国王。
なにか言える雰囲気ではなかったので、黙ってそちらを見ていると、「セオ」と、緊張した表情のルークに呼びかけられる。
「なに?」
「なにって…」
セオの反応に、面食らった様子のルークは、黙り込んでしまった。
「えっと、やっぱり敬語の方がいいですか?」
「違う。…その、こないだのこと、怒ってないのか?」
「もう怒ってないよ。もう一回おんなじことされたら、すっごい怒ると思うけど」
「もう二度としない!約束する。…ほんとうに悪かった」
王子も国王と一緒で謝ってはいけないのかと思っていたセオは、ルークが普通に謝ったことに目をパチクリさせて。
「うん、いいよ。仲直り」
にっこり笑うと、ルークも安心したように口元が緩んだのだった。
その様子を見て、大人たちもほっとしていたのだった。
本当は、王のワガママに慣れている側近たちは、いつもならちゃんと諫めるのだ。
だが、先日のお茶会以降、ルークがそれはもう落ち込んでいたので、いい機会かもしれないと思い、止めきれなかった。
それに、この料理屋がレオンの行きつけで店主たちの口も硬い。多少の混乱はあっても、悪いことにはならないだろうという確信があった。
まぁ、たまには王も怒られるといい。
という、悪い考えもあったことは否めないが。
その後、注文し直した料理が来ると、和やかに食事が始まった。
思う存分嫌味を言ったレオンは、すっきりしたのかいつもの笑顔だ。一方、怒られた王の顔色は若干よくない。
王サイドの人間が自分の食事量を気にしている様子だったので、セオはいつも以上にお肉などを皿によそってもらった。
しかし、レオンにはお見通しだったようだ。
「セオ、肉は好きじゃないだろう。病み上がりだし、無理して食べなくていい」
行儀は悪いが肉を三切ほど持って行ってくれる。
「おいしそうだったから食べれるかなと思ったけど、確かに多かったかも。ありがと」
「セオ、わたしもいつでも食べるからいいなさい」
「えっと、ありがとうございます」
すかさず乗ってきた国王に、セオは若干ひきながらがんばった笑みで返した。
「おれも。おれも食べれるから」
ルークまで張り合うように言ってくる。
「うん、ありがとう」
と答えながらも、王族はなんでこんなにぐいぐいくるのだろう、と思うセオなのだった。




