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26、入学式&学力試験

 入学式の前日になって、セオはやっと床上げができた。

 いつもより少ないがパン粥も全食し、「これで入学式行けるね」と本人もにこにこしていたが、なによりほっとしていたのは周りだった。

 なぜなら、某ひげおじさんから、体調を心配する手紙が毎日きていたからだ。

 レオンはその度に返事を書いていたが、時間も取られるし、うっとうしいなと、若干イライラしていた。

 

「セオ。急かして申し訳ないが、この手紙に返信を書いてもらえるだろうか」

 と、朝食を終えたばかりのセオに切り出したのも、仕方がないことだろう。

「てがみ?ぼくに?」

「あぁ。国王陛下からだ」

「おぅ…」

 どおりで、やたら便せんも封筒も豪華なはずだ。

 手紙には、『体調どう?もし、明日の入学式に出られないようなら、息子が急病ってことにして延期するから、気軽に言ってね☆』的なことが書いてあった。

 えらいフランクだが、レオンに言わせると「そういう馴れ馴れし…いや、気さくなところもあらせられる」とのことだ。

 それにしても、セオひとりのために入学式を延期するとは、ものすごいことを考えるものだ。

 もし実現したら、今から学校側も王城の人たちも、てんやわんやになることだろう。

 そんな迷惑なことは望まない。

 一瞬遠い目をしたセオは、「すぐに書くよ!」と請け負って、急いで手紙を書いた。

 九歳とは思えないほど字が整っているのは、セオの中に書き方の基準があるからだ。

 誰に教えてもらったものではないので、もしかしたら瀬央が前世で何か文字を習っていたのかもしれない。

 『ご心配、ありがとうございます。熱は下がったし、元気になりましたので、明日は行けそうです』というセオの返信は、速やかに早馬で城に送られたのだった。



 翌朝。

 朝食を食べたセオは、ぴかぴかに磨き上げられ、真新しい制服に身を包んでいた。

 制服は、白いシャツに黒いベストと上着、同じく黒のスラックスとシンプルだ。ベストと上着の左胸にはポケットがあり、そこに学校の紋章が刺繍されている。さりげなくお洒落だ。

 口当ても同じ色で合わせている。

 制服姿を見たメイは、「とてもよくお似合いです」と、うっすら目に涙を浮かべながら言った。

 レオンも、「大きくなったな」と笑う。

 寝込んでからは痩せてしまって、体調を崩した時にはちゃんと育つか心配することもあった。

 しかし、その頃に比べると背も伸びて、しっかりしてきている。

 セオの成長を感じ、感慨深く思ったのだった。


 そして今、背中にキャメル色のバッグを背負ったセオは、レオンとともに学校に歩いて向かっている。

 なぜ徒歩なのかと言うと、乗降所が混んでいると、移動時間以上の時間がかかるからだ。

 待つのが嫌いなレオンは、馬車でなんて行かない。

 しかし、たいていの貴族は、体裁のために、たとえ五分であろうとも馬車で行くほうを選ぶのだという。

 セオは好きにすればいいと言われたが、乗り降りに時間がかかるなら、めんどくさいのでセオも徒歩でいいかなと思うのだった。



 入学式は、新入生と保護者のみで行われた。

 割と広い講堂は、ずらりとイスで埋まっている。

 というのも、住居や経済的な問題が許せば、第二子以下の貴族の子たちも通うので、生徒数は多いのだ。

 特に、下級貴族たちはなにか間違って上級貴族と近づきになれないかと、どんどこ子どもを送り込んでいるらしい。

 そもそも、配偶者が早世した場合、たいていは再婚して子どもをもうけることが多いため、ブライアント侯爵家の子どもがセオひとりしかいないというのがかなり珍しいのだ。

 といっても、国王が後妻をめとらなかったことや、再婚して子どもができた時に後継ぎ問題が生まれることもあり、最近では必ずしもそういったことはなくなっている。

 まぁ、ブライアント家の場合は、当主の評判が悪すぎて、誰も後妻に来てくれなかっただけだが。



ーーーそれは置いておいて。

 講堂に案内され、初めて同い年の子たちをたくさん見たセオは、驚いていた。

 ルークが特別大きいのかと思っていたが、むしろ標準くらいなのかもしれない。というか、自分が小さいのではということに思い至り、セオは愕然としていた。

 セオドアはとても大きかったし、寝込んだりすることがあるといっても、今も普通より少し大きいくらいだと思っていたのだ。

 それなのに、男の子どころか、女の子も身長が高い子が多いのではないか。 

ーーーいや、まさか、そんな。

 往生際が悪いセオは、見える範囲での生徒たちの体格チェックに全身全霊をかけていたため、ほとんどうわの空で入学式を終えた。

 そのため、新入生代表として挨拶をしたルークや、来賓として祝辞を述べた国王が、じっとセオを見ていることには気づかなかったのだった。


 入学式後は、新入生だけ別の教室に案内された。

 机と椅子は豪奢なつくりで、椅子もふかふかだ。さすが貴族学校だと思う。

 ここでは、学力試験を受けることになっている。

 この学校は、貴族なら誰でも入れるため、入学試験がない。その代わりに学力試験が行われ、その成績でクラスが振り分けられるらしい。

 その準備等を教職員が行うため、明日明後日は休みになっている。

 レオンによると、セオからすると試験は簡単すぎるそうだ。八割取れれば首位になれるらしい。

 それではと、目立つのが嫌なセオは、七割正答することにした。

 

 教師から、試験について簡単な説明があった。

 制限時間は六十分だが、早く終われば帰ってもいいらしい。

 説明が終わると、問題用紙と回答用紙が配られ、試験が開始される。

 セオは、わくわくしながら問題用紙に目を通したのだがーーーざっと読んで、首を傾げた。

 なぜなら、国語も算数も、ジョンが最初に用意した教本レベルの問題だったからだ。地理や歴史なども、どれも初歩中の初歩だ。

 あまりにも簡単すぎないだろうかと、セオは思う。

 確かに自分の学びが早いのは理解しているが、他の子の学習レベルがこの程度ということはないだろう。

 なぜなら、セオは寝込んだりしたこともあって、一般的な教育開始時期より遅かったとジョンは言っていたからだ。

 となると、普通は五歳頃から家庭教師がつくはずだ。そして、いくらなんでも、あの薄い教科書を学ぶのに三年はかからないはずだ。

 つまり、どういうことか。

 多分、これは学力試験前の復習試験で、満点を取ることを前提に作られているのだろう。

 もしくは、セオに配られた問題用紙が間違っているか。


 とりあえずセオは、解答用紙をすべて埋めた。

 かかった時間はたった五分。

 その後、何か説明があるだろうかと待っていたが、十分ほど経っても動きがないため、手を挙げて聞くことにした。

 やってきたのは、壮年の男性教師だった。やたら背が高く、目つきが鋭い。

 彼は、セオのそばに膝をついて、目線を合わせてくれた。

 見かけは怖いが、いい先生なのだろうと思いながら、セオは小声で聞く。

「あの、これで試験は終わりですか?」

「終わりだが…どういう意味だ?」

「えぇと、ほかに試験があるのかなと思って」

「ない。終わったら帰りなさい」

「わかりました。…あと、ぼくの問題用紙、違ったりしてないですか?」

「なに?」

 教師は驚いて問題用紙を確認したが、間違ってはいない。

「…いや、合っているが、どうした?」

「いえ、だったら大丈夫です。帰ります。ありがとうございました」

 荷物を持ったセオは、そのまま席を立った。

 よくわからない質問に眉をひそめながらも、教師は、セオの試験用紙を回収したのだった。

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