24、初めてのケンカ
お茶会は進み、案外ルークとの会話が問題ないことに、セオはほっとしていた。
そして、さらにもう一つケーキを食べきったルークの視線が、部屋の奥に定まった。
この部屋は子どもの顔合わせに使われるようで、おもちゃや遊具が置いてある一角があるのだ。
「行ってみよう」と誘われたセオだが、レオンと離れてしまう。
不安に思っていると、「疲れたらいつでも帰ってくればいい。お菓子もたくさんある」とレオンが頭を撫でてくれた。
何でもお見通しらしい。
頷いたセオは、ルークといっしょにおもちゃのところに向かったのだが。
ルークの横に並んだセオは、彼の身長が五センチほど高いのに気づいてしまった。
体つきがしっかりしており、体格も一回り大きいようだ。
ーーーあれ?もしかしてぼくって貧弱?
少々ショックを受けながら、いや、王子がなにか大きくなることをやっているのかもしれないと思い、聞いてみる。
「ねぇ、なんか運動とかやってるの?」
「運動…剣術くらい、か」
「剣術!すごいね」
身体が弱いセオは、ちょっと走ったりしたこともない。そんなことをすれば、メイたちが飛んで来て止めるだろう。
ルークが大きいのは、運動をしているからだとセオは納得したが、なぜかルークからの返答はない。
剣術の話がよくなかったのだろうか。
別の話を振ろうかと、口を開きかけた時だった。
「おまえ、その口のへんなやつなに?」
と、不機嫌な口調でド直球な質問がきたので、セオは一瞬ぽかんとしてしまった。
「口の変なやつ」=口当てのことだと、脳内で変換されるのに時間がかかったが、なんとか答えをしぼりだす。
「口当てだよ。喉が弱いから、咳が出ないようにつけてるんだ」
「ずっとか?」
「ごはんとかおふろのとき以外は」
「ふぅん。外せば?」
「は?」
ーーー人の話聞いてた?
と、セオが思った瞬間、ルークはとんでもない行動に出る。
なんと、セオから口当てをひったくったのだ。
それだけではなく、手でぐしゃっと握りつぶし、床に捨ててしまう。それを近くにいた護衛が回収し、胸元にしまいこんでしまった。
流れるような連携プレイにセオが唖然としていると、ルークは何ごともなかったかのように遊具で遊び始めた。
やがて、硬直から解けたセオの心に湧き上がってきたのは、怒りだった。
口当ては、ひとつひとつお針子が作ってくれたものだ。
こんなことをされる謂れはない。
「返して!!」
気がつけば、大声が出ていた。
まさかそんなことを言われると思わなかったらしい王子は、目を丸くしてこちらを見たが、むっとしたように口を曲げた。
「お前の他に誰もしてねーんだから、しなくていいだろ」
「咳が出ちゃうからしてるって説明したでしょ!」
「咳なんて出ねーじゃん。嘘つき」
「今はだいじょぶだけど、いつ出るか分かんないの!返してください」
セオは、護衛に手を差し出した。
床にぽいっとされた口当てなど使えないが、それとこれとは別だ。
だが、護衛は知らんぷりを決め込み、さらにその手を「しつこい!」と王子が叩き落とす。
ーーーもう、なんで分かんないの!
怒ったセオは、更に文句を言おうと口を開けて息を吸い込んだのだが。
ひゅっと喉が鳴ったかと思うと、げほっと咳が出た。
セオは、とっさに両手で口を覆ったが、もう遅い。
咳きこみが止まらなくなってしまい、苦しくて床に座り込む。
「おい」
さすがに焦るルーク。護衛も慌てて口当てを取り出したのだが。
「失礼致します」
と割り込んだのは、光の早さで駆けつけたメイだった。
メイは、外出時に持っていくポーチの中から、鎮静作用のある予備の口当てを取り出し、セオに手早くつけた。
そして、顔を真っ赤にしながら咳をし続けるセオの背をそっとさする。
同時に、王の護衛がやってきて、ルークをテーブルの方に誘導した。
セオが何らかの病だったとして、ルークにうつっては大ごとだからだ。
しかし、本当に病を警戒していれば部屋の外に出ているだろう。セオが口当てをしている意味は聞いているので、ポーズ的な意味合いが強い。
「大丈夫か?」
遅れてレオンもやって来ると、セオは涙をぼろぼろ零しながら手を伸ばした。
床に座り、自分の身体にもたれかけさせるようにしたレオンは、ハンカチで涙をぬぐってやった。
そして、レオンと目配せあったメイは、果実水などを手配するために離れた。
代わりに、レオンがセオの背をさする。
そのうちに咳は断続的になり、やっと止まったが、セオは真っ赤な顔で少しぐったりしていた。
メイが薄めた果実水を持ってきてくれたので、セオは少しずつ飲んだ。
「今日のところは、これで解散していいか?」
こうなってはお茶会どころではないだろうと、レオンは振り向いて王に言う。
「もちろんだ。早く連れて帰ってあげなさい」
ほっとしたセオを、レオンは慎重に抱き上げる。
果実水が薄められていたのも、レオンができるだけ揺らさないようにしているのも、喉を刺激しないためだ。
視界が高くなったセオは、再度、ルークの護衛に向かって手を伸ばした。
「こちらですね」
しかし、それに答えてハンカチに包んだ口当てを見せたのは、メイだった。
セオが口当てを持って帰りたがるだろうと思って、護衛から回収していたのだ。
セオは、それを大事そうに受け取ると、王に向かって謝罪の意味でぺこりと頭を下げた。
「セオが頭を下げる必要はないよ。ルークにもよく話しておく。この詫びは後日、必ず」
王がそう言ったのは、二人ともセオたちのやりとりを見守っていたので、なにがあったか知っているからだ。
「それでは、お先に失礼します」
レオンは入り口に向かって歩き、セオは、王子に目をやった。
固まっていたルークは、目が合うとびくりとしたので、ばいばいと手を振ってやる。
口当てが戻って来たので、もうセオは怒っていないし、『やっちまった』という顔をしているルークは、次に同じことはしないだろう。
だったら、たくさん怒られるのはかわいそうだ。
手を振ったセオに、目を見開いたルークの口元が動く。
しかし、言葉にはならず、セオにはなんて言ったのかは分からなかったのだった。




