23、お茶会
午後からは、レオンが本屋に連れて行ってくれた。
たくさんの本を見たセオは、目を輝かせた。
今日は見るだけにするつもりだったが、入ったからには一冊は買わなければいけないという不文律があるらしい。
(そんなものはないが、甥っ子に甘いレオンがなにか買ってやろうとそう言った)
散々悩んだ後、セオは王都の文化や歴史について書かれた本を買ってもらい、にこにこだ。
ほとんど子どもが来ることがない店主は喜び、五ページほどの風景画が書かれた小冊子をおまけしてくれたのだった。
翌日の午後。
お茶をしていた時に、レオンがこう言った。
「明日の午後、俺の友人と茶会をすることになっている」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「実は、そいつの子どもがセオと同い年で、今年から貴族学校に行くそうなんだ。茶会に連れてくるらしいから、セオがよければ一緒に行くか?」
「えっ」
「知り合いができていたら、学校も少しは安心かと思うんだが」
「…うん、そうだね」
てっきり目を輝かせて「うん!」と言うかと思っていたレオンは、セオの歯切れが悪いことが気になった。
「いやなのか?」
「うぅん。いきなりで驚いただけ」
なんとか笑顔を作ってそう答えたセオだが、レオンの言う通り、乗り気ではなかった。
学校に行って、みなの自分に対する反応などを確認してから、周りとどのような関係性を築いていくか決めようと思っていたのだ。
一対一だと、ちゃんとできるかどうか不安だ。
「おじ上のおともだちって、どういう人?」
「ま、悪いヤツじゃない。子どもの方は、あんまり会ったことがないから分からんが、言うことを聞かなくて困ると言ってたような…」
「そっかぁ…」
自分は大人しい方なので、果たして気が合うだろうか。
セオの不安が分かったのか、レオンはその頭をぽんぽんする。
「今回顔合わせしたからといって、友達にならないといけないわけじゃないからな。話してみて、気が合わなかったらムリに付き合う必要はない」
「うん。ありがとう」
セオは、がんばって笑った。
別に気が合わないくらいかまわないのだが、「変な子」と言われてしまうのは困る。
それに、その子となにかトラブルがあると、レオンに迷惑をかけてしまうかもしれない。
セオにとって、それが一番怖いことだった。
色々考えていたからか、セオは寝つきが悪かった。
朝から食欲もなく、大人たちは心配したが、セオは、「だいじょぶ!いっしょに行けるよ」と笑顔を作っていたので、それ以上は止めないでおいた。
朝から磨きあげられたセオは、軽く昼食を取った後、礼服に着替えた。どうやら、制服と一緒に頼んでおいてくれたらしい。
黒に近い紺色で、シンプルな意匠のものだ。
口当てともお揃いの色なのは、事前に口当ての色見本を別邸お抱えの仕立て屋に送り、その中のひとつと合うように作ってくれたからだそうだ。
口当ては、今のところ侯爵家のメイドしか作れない。そのため、王都で困らないようにと、色んな色でたくさん作ってくれていた。
「セオさま、とてもお似合いです」
「凛々しくなったな」
大人たちが口々に褒めてくれる。
セオは「ありがとう」とにこっとするが、緊張は高まるばかりなのだった。
馬車に乗ってやってきたのは、豪華な外観の一軒家だった。この一軒家は、実は高級料理店で、主に貴族同士の顔合わせに使われているらしい。
レオンとセオ、メイと別邸の護衛は、身体チェックをして、小さな個室に通される。
個室に案内されたのは、位が高い順で部屋に入ることになっているからだそうだ。
「じゃあ、おともだちはえらいひと?」
「まぁ、そうだな。…なんていうか、この国で一番な」
「…え?」
「つまり、今から会うのは、陛下と王太子だな」
「〜ッ!!」
叫ばなかったセオは、本当にえらいと思う。
「そうだな、そうなるよな」
でっかい目を零れんばかりに見開いているセオに、レオンは苦笑する。
前にセオに言ったことは嘘ではない。
たまたま同い年で、同じクラスで仲良くなったのだ。
「まぁ、俺にとっては普通の友人だから、そんなに身構えなくていい」
「…あ〜」
そう言われても、そんなすぐに飲み込めるわけがない。
頭を抱えていると、最悪なタイミングで迎えが来てしまった。
細かな装飾がされた扉の前で、セオは大きく深呼吸をする。
ゆっくりと扉が開く。レオンに引き続き、セオも入室した。
豪奢な家具が置かれた、豪奢な部屋だった。
入り口近くには猫足の豪奢なソファセットがあり、一方にはひげをたくわえた男性と、整った顔の子どもが座っていた。
優雅に紳士の礼をしたレオンが言う。
「フォード辺境伯にございます。お久しぶりです、陛下」
同じく、紳士の礼をしたセオも名乗る。
「お初にお目にかかります。ブライアント侯爵家嫡男、セオドア・ブライアントと申します。どうかセオとお呼びください」
深く頭を下げたセオに、王は目を細めた。母のオリヴィアも知っているが、よく似ていると思う。
「うむ。かけなさい」
王がそう言ってくれたので、レオンたちは向かいの席についた。
すると、待機していたメイドたちが速やかにお茶会の準備をしはじめる。
さすが顔合わせに使われる高級料理店だけあって、茶器も豪華で、軽食やお菓子、ケーキもテーブルいっぱいに用意された。
用意が終わると、ぞろぞろとメイドの多くは出ていった。どうやら、従業員だったようだ。
「ルーク、挨拶を」
場が落ち着くと、王は傍らの息子に言った。
「はい、父上。ぼくは、ルーク・フェルロカルズだ。セオ、これからよろしく」
「よろしくお願いします」と頭を下げると、「同い年だからな、敬語じゃなくてよいぞ」と王が言う。
戸惑ってレオンを見上げると、頷いてくれたので、
「えっと、じゃあ、よろしく」とセオも返した。
「では、これ以降は堅苦しいことはなしにしよう。わしのことは、気軽に『おじちゃま』とも呼んでくれて構わんぞ」
「呼べるわけないだろう。それに、セオのおじはおれだけだからな」
レオンの見知った仲というのは本当らしい。国王相手に、えらい軽口だ。
王たちのメイドがサーブし始めたので、メイもそれに倣う。
「何を召し上がりますか」と聞かれるが、見たことのないお菓子やケーキもある。
チョコっぽい一口大の四角いお菓子があり、セオはこっそりメイに聞いたが、もちろんメイも知るわけがない。
こそこそと話していると、「それはラミントンだ」と、声がした。
話を聞いていたらしいルークが教えてくれたらしい。
「チョコとココナッツでできてる」
「あまい?」
「甘いな」
「あんまりあまくなくて、サクサクしたお菓子ある?」
「じゃあ、このブルーベリーパイがいい」
「たべる」
一口食べると、酸味があってサクサクしていた。セオ好みだ。
「おいしい!教えてくれてありがとう」
「いや。セオは、甘いのは苦手なのか?」
「うん。ルークさまは好きなんだね」
ルークの皿には、生クリームがたっぷりのフルーツケーキ、濃厚そうなチョコレートケーキがのっている。
「あぁ。毎日ケーキでもいいくらいだ」
「…そんなに好きなんだね」
自分なら、確実に胃もたれを起こすなと思いながら、セオはブルーベリーパイを食べきったのだった。




