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20、待っていたのは

 やがて馬車は、中心部に入ったようだ。

 公共のものと思われる大きな建物や、商家が立ち並んでおり、特に人通りが多い。

 やがて馬車は、長く続く塀の先にあった門に入っていった。

 前庭には噴水があり、完璧に手入れされた生け垣や花壇がある。奥に見える邸宅は、全貌が見えないほど大きく、一体何階建てなのかと思うくらい高い。

 それだけではない。

 馬車が止まった玄関前は、馬車の乗り降りありきで作られているようで、通路の床は黒い大理石か何かだった。屋根も設置されている上、ロータリーまである。

 「高級ホテル」という単語が頭をよぎり、思わず白目を向きそうになったセオは、なんとか耐えながら馬車を降りた。

 待ち構えていたドアマンが、二メートルはあろうかという大きな玄関扉をゆっくりと開ける。

 きっと使用人たちがいるだろうから、笑顔でとちらずに挨拶を。

 そう思っていたセオだが、そこに立っていた想像していなかった人物に、大きく目を見開いた。




「よう、長旅お疲れさま」

 そう言ってニヤリと笑ったのは、なんとレオンだったのだ。

「な、なんでここ、いるの…?」

「そりゃ、おまえを出迎えるためだよ。初めてのところだろ?緊張してるんじゃないかと思ってな」

「き、きんちょうしてた…」

 安堵したセオの目に、薄く涙の幕が張る。

「よしよし、頑張ったな」

 レオンはセオの頭をよしよしとなでると、ひょいと抱き上げた。

 ぎゅっと抱きついたセオは、「もう重くなったよ?」と言う。

 降ろしてほしいのか、このままがいいのか分からない。笑ったレオンは、後ろの使用人たちのほうを振り向いた。

「みんな、この子がオリヴィアの一人息子のセオだ。王都は初めてだから、よろしく頼む!」 

 それは、「客人としてではなく、妹の子として」という念押しだ。

 レオンが目配せをしたので、セオもできるだけ大きな声で挨拶をした。

「セオです!よろしくお願いします!」

「「かしこまりました!」」

 声を揃えて頭を下げる使用人たちは、口当てをしていながらも、その可愛らしさに、内心撃ち抜かれていたのだった。

 みなの表情が緩む中、エドガーだけは相変わらずの無表情だったのを、レオンは見ていた。



 全体挨拶を終えると、使用人たちは解散し、セオは、穏やか笑顔のおじいちゃんを紹介された。

「ようこそいらっしゃいました。家令のカーターと申します。旦那さまからも、誠心誠意尽くすよう仰せがありました。なにかあればいつでもお申しつけ下さい」

「うん。こちらこそよろしく」

 カーターは笑顔だったので、どうやら嫌がられていないようだ。セオたちはホッとする。

 じゃあ、セオを歓迎していないのは、エドガーだけなのか?それとも、今のところはレオンがいるので、歓迎しているフリをしているのか。

 大人思考が出てきたセオは、悲しい考えを頭を横に振って消し去り、メイのひどい船酔いのことをレオンに伝えた。

 こちらの使用人の挨拶も必要だが、今は難しいからだ。

 「それなら、体調が回復してからにするか」と、レオンはあっさりしたものだ。

 メイはメイドたちによって部屋に案内されることになり、セオたちは応接間に移動することになった。



 レオンがだっこしたまま移動したのは、セオが辺りをキョロキョロし通しだったからだ。

 やはり侯爵家とは装飾品など次元が違う。

 やたらと大きな壺や像、鎧などが廊下のあちらこちらに置いてあるし、高い天井にはシャンデリアのようなものがキラキラしている。

 そのどれもが高価そうだが嫌みではない。さすが辺境伯別邸。

 と、ひとりで納得していると、応接間に着いた。

 家具などは茶を基調としていて、落ち着いた色調だ。

 革張りのソファにそっと下ろされた。セオなど足がつかないほど座面が広く、ふかふかだ。

 レオンも隣に座ると、メイドたちが素早くお茶の用意をし始めた。

 美味しそうな菓子やケーキがずらりと並ぶ。

 どれも一口サイズで、セオが食べやすいように配慮してくれたようだった。

 「最低五個はお選び下さい」といつも言うメイはいないが、セオは嬉しくなってちゃんと五個選んだ。

 クッキーはサクサクで、果物が載ったケーキもそんなに甘くない。

「おいしいね」

 とにこにこするセオは、実は知らない。

 その味を出すために、別邸の料理長は侯爵家の料理長に、セオの食事の嗜好を教えてほしいと手紙をだし、侯爵家の料理長は、便せん十枚以上にもわたって返信。

 その情報をもとに、研究に研究を重ねた結果だったことを。

 後日。

 料理長に美味しいと伝えたところそう返されて、「辺境伯家クオリティって…」と白目を剥きかけたセオなのだった。


 それはともかく。

 セオがおやつを半分ほど食べたところで、レオンは話しを切り出した。

「で、旅はどうだった?船は大丈夫だったか?」

「うん!船はすっごいおっきくてね、窓から海のなかが見えたのが楽しかったよ!船長さんも、メイにもいっぱいよくしてくれたの」

「それはよかった」 

「馬車に乗ってからもすごかったんだ!侯爵領とぜんぜん違ってた!ぜんぶ建物は白くてきれいで、いろんな窓とか屋根の色があったの!道も広くてきれいだし、町の人もいっぱいいろんな服着てるし。それでね、」

 馬車の中ではしゃげなかった分、興奮したセオは一気に話し始める。

 聞きながら、レオンは内心舌を巻いた。

 純粋な子どもの感想だけではなく、文化や経済についての考察も入っている。

ーーーこれでまだ子どもなのだから末恐ろしい。

 聞いていた使用人たちも、同じ感想を抱いたのだった。

 

 ひとしきりしゃべって満足したセオは、喉が渇いてカップに口をつけた。お茶は温くなってしまっていたが、飲みやすく美味しい。

 ほうと息をついた後、はっと我に返る。

 初対面な使用人もいる中で、どう考えても喋りすぎたのではないか。

「…ひとりでいっぱいしゃべっちゃった。ごめんなさい」

「いや、謝る必要はない。俺も王都にきた時は領地と違いすぎて驚いたからな。じゃあ、明日辺り、ちょっとこの辺ちょろっとするか」

「行きたい!」

「図書館や本屋もあるぞ」

「えっ、ほんと!?」

 セオの目が輝いたのは、本を読むのが大好きだからだ。

 この世界の本は、数が少なく、偉い人が自分の知識や考えを後世に残すために作られることが多い。

 もうだいぶ学ぶことがなくなってきているセオにとって、本は数少ない知識の源なのだ。

 なんとか紙だけでもたくさん作れるようにならないものか。もし機会があれば、どうやって製本してるかなども見てみたい。

 そういえば、前世の紙はどうやって作っていたんだったか。

 無意識に瀬央の知識を引き出そうとしていたからか、急に眠気を自覚した。

 ふぁあ、とあくびが出てしまうと、護衛たちはそわっとし、レオンはすぐに抱き上げてセオの寝室に向かう。

 他家に来たばかりということもあり、もたもたしていると、「まだだいじょぶ」とムリをする可能性があるからだ。

 

「じぶんであるけるよ」

「まぁ、だっこさせてくれよ。いまのうちだから」

「ん…おじ上は、いつまでいるの?」

「入学式までだな」

「そっか、よかった…」

 もうほとんど目を閉じていながらも、喜びでセオの口元はもにもに動く。

 寝室に着くと、持ってきた荷物が端のほうに置かれてあった。荷解きができるメイが休んでいるので、手をつけていないのだろう。

 護衛たちは、すぐさま荷物を開け、眠るにあたって必要なものを探していく。

 まず出てきたのは、寝間着だった。

 レオンがそれに着替えさせている間に、愛用の枕が見つけ出された。

 着替えさせ終わり、ベッドに寝かせると、もうほとんど目も閉じているのに、その右手はなにかを探している。

「まだ出てこないらしいから、もうちょっと待ってくれ」

 レオンが髪を梳いて宥めていると、やがて護衛②が

、お目当てのものを探し出した。

 セオお気に入りの毛布だ。

 護衛がその毛布を被せると、レオンが右手に毛布を握らせてやる。セオは、なぜか右耳だけを毛布で隠してから意識を手放した。

 最近できた、寝る時の奇妙な癖だ。 


 しばらく柔らかな表情でセオを見ていたレオンは、

護衛のふたりに交代で休み、どちらかはセオについているように言い、部屋を出た。

 目が覚めた時に、知っている者がいた方が安心だろうからだ。

 そして、自室に向かったのだった。

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