19、王都へ
王都に出発する日は、入学式の十日前に決まった。
王都へは、馬車で三十分程度の船着き場から、船で二泊三日の旅になるらしい。
三日目の午後には王都に着くが、慣れない船旅で体調を崩すかもしれない。
向こうの生活に慣れ、万全の体調で入学式を迎えるためにも、予備日を多く取っているらしい。
ついて行くメイドは、あまり多くても迷惑がかかるだろうと、メイひとりになった。
護衛は二人だ。
希望者の中から、特に剣術と持久力の優れている者たちに決まった。
いよいよ、王都への出発の日。
早朝だというのに、使用人総出での見送りとなった。それは強制ではなく、彼らが希望したからだ。
「どうか、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
代表して、ジョンがそう言った。
この屋敷の統括と、領地の管理もしなければならないジョンは、王都には行けない。
「みんな、行ってきます。お手紙書くね!長いお休みには、すぐ帰ってくるから!」
セオは笑ってそう言って、馬車が出発してみんなが見えなくなるまで手を振っている時も、無理をして笑顔を作っていた。
セオになって、三年。
常にいっしょにいてくれていた人たちがいなくなることは、不安で寂しい。
だが、前世大人だった瀬央は、見送る大人たちの心配や不安が強いことも知っている。
できるだけ心配をかけたくないから、セオは出発前も不安を口にはしなかったし、笑顔で家を出ることに決めていたのだ。
馬車に揺られること数十分で、船着き場についた。
セオは、果たして船の安全性は担保されているのだろうか、船に酔わないだろうかと心配していたのだが、前者の心配はすぐに吹き飛んだ。
船着き場には鋼鉄で作られた船がたくさん並んでおり、まるで港のようだったからだ。
川幅もかなり広く、二、三隻ずつ大きな船が余裕で行き来している。
海と言われても信じてしまいそうなくらい流れもゆっくりで、広い。
道理で海難事故などの報告書が少なかったはずだと、セオは納得した。
「すごいね、船おっきいね!」
「はい。大きいですね」
メイは、はしゃいでいるセオを見て安堵していた。
王都に行きたがってはいなかったし、使用人たちと離れるのは初めてで、時間が経つと寂しくなってくるのではと心配していたのだ。
心配していた船酔いもなく、セオは元気いっぱいで過ごした。
しかし、残念ながら酷い船酔いになってしまったのは、メイだった。
セオの世話をするどころではなく、昼も夜もなく横になるしかない。食事もほとんど食べられず、心配したセオは、お水を持ってきたり、自分の部屋の広いベッドを譲ったりした。
セオとしては、いつもしてもらっている分、返せることがあるのが嬉しかったのだが、メイとしては、主に世話をさせていることが心苦しすぎた。
護衛たちは、女性が横になっているのだからと気を遣って近づかず、むしろ、セオがあれこれしてくれるので安心してさえいたのだが。
二日目。
意を決したメイに呼ばれた護衛①は、「お願いだから、セオさまを働かせないで」と、涙目で懇願を受けることとなったのだった。
かなりの美人であるメイは、仕事できて隙が無い。
いつも高根の花な彼女が弱っていて、とどめに、涙目って。
思わずドキンとしてしまったのも仕方ないだろう。
「か、かしこまりましたーー!」と、謎に大声で答えた護衛①は、ダッシュで退室した。
そして、メイの世話を女性船員に頼むと、護衛②とふたりでセオの注意をひいて、極力セオがメイのところに行かないようにしたのだった。
三日目の午後、船は無事王都に着いた。
護衛と一緒に船を下りたセオは、船長と相対する。
「心配りをしてくれたおかげで、いい旅路になったよ」
「それは、何よりのお言葉でございます。学生生活がよきものになるよう、陰ながら応援しております」
「うん、がんばるね」
セオは、にこっと笑うと馬車に乗った。
船長は親切で、セオだけでなくメイにも色々配慮してくれたので、セオは本当に感謝していた。
だが、貴族は、外で平民に謝罪や感謝の言葉を言ったりしてはいけないので、ありがとうも言えなかった。
貴族って面倒だなと、セオは改めて思うのだった。
セオたちを迎えに来ていたのは、辺境伯別邸の執事だった。
髪をきれいに後ろに撫でつけ、メガネをかけている。少し神経質そうな青年だ。
「エドガーと申します。ようこそおいでくださいました」
「セオです。これからお世話になります」
セオがにこっと笑うも、エドガーは無表情のまま深く頭を下げた。
セオは、ちょっとしゅんとする。
レオンは、あまり別邸には行かないから使用人たちは喜ぶと言っていたが、セオはレオンの血縁とはいえ、知らない子どもになる。
歓迎されないのも仕方ない。
手を煩わせないようにしようと思いながら、セオは馬車に乗り込んだのだった。
別邸までは馬車で一時間ほどだったが、セオは何も言わず、ひたすら窓の外を見ていた。
さすが王都。
いろんな発見があり、とても面白い。
馬車の往来はひっきりなしで、道もおおむね片側二車線に整えられている。歩道との間に溝があり、幅も広く取ってあるのは、もし馬車が歩道の方に逸れたとしても避けられるようにだろう。
建物は真っ白で、石畳も白をベースにしている。
その分、扉や窓枠はカラフルで、あちこちに花壇もあるので色鮮やかだった。
人の行き来も多く、みな色んなデザインの服を身につけている。女性では、髪や耳などに装飾品をつけている人も多い。
きっと、生活に余裕があるのだろう。
侯爵家の領民たちは、やっと食べ物に困らなくなったくらいで、まだまだ衣服や装飾品にお金を割くことは難しいくらいなのに。
生活の差は大きいと改めて知り、セオはショックを受けたのだった。
そんなわけで、車内はシンとしている。
護衛たちは、セオが気を遣ってなにも言わないことを察していた。
執事も執事で、セオの存在を無視しているのか、無表情のまま、ひたすら前を向いている。
これは酷いのではと、護衛たちは思っていた。
出迎えというのは、歓迎している意を伝える目的がある。
例え歓迎していなくても、使用人の仕事は、上辺だけでも取り繕い、相手に歓迎していると思わせることだ。それができていない以上、エドガーは出迎えの役割を果たしていないと言える。
ふたりは、せっかくの初王都を楽しめなくしているエドガーにかなり腹を立てていたが、護衛という立場なのでなにも言えなかった。
きっとメイがこの場にいたら怒り狂って抗議しただろうが、残念ながら、今は別の馬車で横になっている。
もし、と護衛①は考える。
セオがセオらしく生活することが難しいのなら、辺境伯家の使用人とは距離を置き、自分たちだけでセオのお世話をしたほうがいいだろう。
別宅に行っても使用人の態度が同じなら、メイが復活するのを待って相談しなければと考えたのだった。




