18、まさかの展開
その年の秋。
冬になったら雪が降って来られなくなるため、その前にとレオンが来ていた。
セオは大喜びで、楽しくお茶をしていたのだが。
「ーーーそういえば、春になったら学校に通うだろう?準備はできているか?」
と、なにげなくレオンがいったものだから、セオは目を丸くした。
「えっ、学校って…貴族学校のこと!?」
「あぁ。跡継ぎに決まっている第一子は、九歳になったら必ず通わないといけないことになっているんだが、知らなかったか?」
「ううん。貴族学校があるのは知ってたけど、ぼくは、通わないとおもってた…」
理由はふたつ。
まず一つ目は、住むところ問題だ。
学校には別邸から通うことになるだろうが、その別邸に父と愛人たちが住んでいる。
セオが王都にいるなら、父が領地に戻らなければならないだろう。下手に政治に手を出されでもしたら厄介だ。
そして、別邸には愛人たちが残ることになるが、彼女らと同居なんて、どう考えても不可能だ。
これ幸いと命を奪われる可能性が高い。
そして二つめに、セオの体調が安定しているとは言いえ、口当てが手放せないことだ。
王都は人が多いので、ここより空気が悪いだろう。
だからといって通えないほどではないだろうが、セオの健康面に関して鉄壁の守りを敷く使用人たちが、外に出したがらないと思っていたのだ。
まずは一つ目の懸念が解決しないことには、どうにもならないだろう。
セオが住むところ問題について伝えると、慌ててレオンは言った。
「別邸から通わせられるわけがないだろ!それに、学校に通うのは数年だし、それくらいなら領地に誰もいなくてもお咎めはない」
「よかったー」
最悪の可能性は免れてホッとしたが、まだ解決はしていない。
「じゃあ、どこから通うの?地方からでてきた子が住み込みできるとこがあるの?」
「寮のことなんてよく知ってるな。だが、おすすめはしない。自律訓練の一貫で使用人は連れて行けないし、男ばかりだから掃除も行き届いてない。セオは身体が弱いから心配だ」
「そっかぁ」
じゃあ通うのムリじゃない?と思ったセオは、不思議そうにレオンを見つめた。
だが、レオンはニヤニヤしている。きっと、なにか別の解答があるのだろう。
案の定、レオンは楽しそうに切り出した。
「あのな、おれがこの話を持ち出したのは、どうしてだと思う?」
「準備のこと、心配してくれたからじゃないの?」
「まぁそれもあるが、冬になる前に準備をしたかったからだ。おまえが辺境伯の別邸から通うつもりがあれば、だが」
「えっ、そんなことできるの!?」
だって、侯爵家の別邸がある。
事情があるとはいえ、伯父の辺境伯の別邸から通うことができるのか。
驚いたセオに、してやったりとレオンは笑った。
彼には、たまにそんな幼いところがある。
「できるさ。王都に別邸をもたない貴族もいるし、持ってても学校から遠かったりするからな。その場合は、親戚を頼ったり、懇意にしてる貴族に下宿させてもらうことが許されてる。…ジョン、侯爵家の別邸ってどこだったか?」
「学校から馬車で三十分、といったところでしょうか。混む時間帯ですと、倍の時間かかるかもしれません」
「俺の別邸から学校までは五分だ。走れば三分で着く。この距離の差だけでも、十分理由にはなるだろうさ」
「ち、近いんだね…」
「まぁ、ばあさんの時代にな」
聞けば、学校は王都の中心地にも近く、近所には店もたくさんあるのだとか。
それを聞いたセオは、外堀は完璧に埋まっていたことを理解した。
正直、行きたいか行きたくないかと聞かれれば行きたくない。せっかく領地の把握もできて、これからというところだからだ。
だが、そっちはジョンたちに任せておけば大丈夫だろう。なんせ、今までそうだったのだし。
問題は、自分自身のことだ。
勉強面については、「これ以上お教えすることはありません」とジョンに言われたので、苦労することはないのだろう。
苦手だった貴族の会話やふるまいもだいぶ慣れたので、足元を掬われるようなことにもならないはずだ。
だが、うまく人間関係が築けるかというと、自信はない。
セオ的には、得体のしれない口当てをしていることと、子どもと関わった経験がないので、失敗してしまう未来しか見えない。
どっかでセオがヒョイッと出てきて、相手が「得体がしれない」と引いてしまう、残念なパターンが頭をよぎる。
最悪、無視されるくらいで済めばいいのだろうが、下手に絡まれたりすると厄介だ。
そんなことを考えこんでいると、レオンは心配そうに問うた。
「もしかして、どうしても行きたくないのか?」と。
セオは、直感的に理解した。
レオンは学校に通うのが義務のように言っていたが、きっと通わなくてもいい逃げ道があるのだと。
そして、セオが「行きたくない」と言えば、通わなくてもよくなる。
だが、そう聞いてくれたことで、逆にセオは腹を括ることができた。
レオンが学校に通う方向で話を持ってきたということは、セオにとって有益で、できると判断したからだ。
その期待に、応えたいと思った。
「うぅん、行くよ。えっと、よろしくお願いします」
ぺこりとセオが頭を下げると、レオンは嬉しそうに手を叩いた。
「よし、任せとけ!おれらは滅多に王都に行かないから、使用人らは喜ぶだろう。ここからは誰がついていくんだ?」
「恐れながら、私が」
一番にそう言ったのは、もちろんメイだった。控えていた護衛とメイドも、手を挙げている。
「…あとの者は、また話し合いで決めておきます」
と、ジョンはにこやかに言ったが、また揉めそうだと内心、頭を抱えたのだった。
ーーー先ほど、セオが察した通り、基本的に第一子は必ず貴族学校に通うことになっているが、例外も存在する。
「領地にいる必要がある」「王都に行くことで体調を崩す可能性がある」というのは、その例外に当たる理由だ。
レオンも、セオは領地で伸び伸び育っているのだから、学校には行かないのだろうと思っていたが、まさかのジョンから、「辺境伯別邸から学校に通わせてもらうことは可能だろうか」と、相談があったのだ。
「王都に行けば、父の存在が近くなるし、もちろん健康面の心配もある。だが、セオには子ども同士で過ごす時間が必要なのではないだろうか。そしてできれば友を作り、色んな経験をしてもらいたい」と。
レオンは、ふたつ返事で了承した。
だって、なんだかんだレオンも、学生生活は楽しかったから。
悪友ができてやんちゃばかりしていた時もあったが、彼らとは、いまだに繋がりがあり、会えばくだらない話で盛り上がる仲だ。
セオにも、同じように信じられる仲間ができるといい。
ジョンもレオンも、そう願っている。




