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15、号泣と忠誠

 一方、ジョンが泣き出してびっくりしたのはセオだ。

「えっ。ジョン、どうしたの?どっか痛くなった?じいにきてもらう!?」

 急に泣き出したジョンにおろおろしながら後ろを振り向いたセオだが、そこには同様に号泣しているメイと護衛がいた。

「え、えぇぇだれか来てーー!」

 珍しくパニックになったセオは、廊下に出てそう叫び、何事かと使用人たちが駆けつけた。しかし、室内の光景に唖然とした。

 いつも冷静で、感情を表に出すことのないメイとジョンまでもが泣いている。

 目の前の光景が信じられず「なんか急にみんな泣いてるの!なんで!?」というセオの問いに、誰も答えられなかったのだった。


 号泣している三人は退室し、別の者たちがセオについた。

 ちょうどおやつの時間になったため、セオはとりあえずお茶をすることになった。

 だが、頭は先ほどのことから切り替わらない。

「ぼく、なんか悪いこと言っちゃったのかなぁ?…ことばがつよかったかも」

 昨日からずっと、肥料のことだけを考えていた。

 いくら最良だと思ったとはいえ、他領にも出荷すると主張しすぎてしまったのが、大人からしたら泣くほどだめだったのかもしれない。

 …いや、泣くほどだめってあるだろうか?

 だめならちゃんとジョンは言ってくれると思うし、そもそもだめすぎたら怒るだろう。

 とは言っても、あの時しゃべっていたのはセオなので、何かしらの原因があるのは明らかだ。

 落ち着け、冷静に、と自分に言い聞かせるセオ。

「大丈夫ですよ、たとえそうだとしても、みなさんセオさまが大好きですから。仲直りすればいいのです。もう少ししたら、話しを聞いて参りますね」

 メイドがそう言って慰めるが、セオは、気もそぞろだ。大好物のクッキーもほとんど減っていない。

 とりあえず置かれた五枚はがんばって食べたが、おかわりはしなかった。

 お茶が終わったので、「それでは、お話しを聞いて参りますね」とメイドが出ていったのだが、今度はそれきり帰ってこなくなってしまう。



ーーーそれもそのはず。

 使用人棟で、腫れた瞼を布で冷やしているジョンから、一部始終を聞いたメイドは、「セオさま、すごい!すごすぎますぅぅ!!」と、大号泣していたのだから。

 ジョン達は、セオの前だったこともあり、かろうじて無言での号泣だったのだが、本人が目の前にいない今、同じように話しを聞いた使用人たちは、感動して泣き崩れていた。

 「たち」というのは、騒ぎを聞きつけた他の使用人

たちも一緒に聞いたからだ。

 ーーーかつて、領地の垣根を超えてここまで民のことを考えてくれた貴族がいただろうか。 

 いや、いないだろう。

 道路や建物を整備したりはあったが、民の収入が増えるようになんて考えてくれた貴族はいない。

 自分たちの主はすごいんだぞと、みな大声で叫びたい気持ちだった。

 実際、何名かがクッションやら布やらで口を覆って叫び出してしまい、まるで神の奇跡を目撃したようだと、ジョンは苦笑する。

 使用人棟に引き上げてきたのはやはり正解だったようだ。母屋だったらセオにまで騒ぎが聞こえてしまい、余計パニックになっていただろう。 


 その後、大号泣のメイドから、三人を泣かせてしまったと、セオが気に病んでいると聞いたジョンは、すぐに目元を冷やしていた布をとって起き上がった。

 メイと護衛もすぐさま起き上がり、共にセオの元へ走りだす。

 

「…帰ってこないね」

 一方、セオは不安な気持ちを抱えたまま、ソファで本を読んで、というか、本を開いたまま座っていた。

 落ち着けと自分に言い聞かせていたが、全く落ち着かない。

 そのうち、力なくこてんとソファに横になってしまったセオに、そばにいるメイドはオロオロし始める。

 セオ命なジョンやメイが、まさか本当に愛想を尽くすわけがない。話を聞きに行ったメイドが、すぐにでも誤解だったと帰ってくると思っていたが、こんなに遅いのは確かにおかしい。

 その時、ノックの音がしていつも通りになったジョンたちが戻ってきた。

「!」

 セオは素早くソファに座り直す。なにを言われるのかという緊張で、手に汗がにじんだ。

 三人は、セオの前で膝をついた。

「先ほどは、中座することになってしまい、申し訳ありませんでした。すべての民におなかいっぱい食べてもらいたいというセオさまの言葉に感動して、思わず涙してしまったのです」

 そうジョンに言われて、てっきり自分がやらかしたのだと思っていたセオは、その言葉に目をぱちくりさせた。

「え?」

「まさか、自領だけでなく、他領の民のこともお考え下さるとは。その広い志と強い思いに、強く感激致ししました」

「セオさまがお悪いことはございません。驚かせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 メイと護衛にも言われて、ホッとしたセオは、全身の力が抜け、もう一度ソファに倒れ込む。

「よかったー。じゃあ、なんでおはなしを聞きに行ったメイドはすぐ帰ってこなかったの?」

「使用人たちは、事の顛末を聞き、順番にセオさまの尊さに倒れております」

「たお、だいじょぶかな…?」

 前世の記憶が、「推しが尊い」という言葉を連想し、それじゃないと自己ツッコミを入れる。

 セオは、「倒れている」というジョンの言葉を大げさだなぁと思っていたが、実は使用人棟では。

 


 セオの話を聞く→感動して号泣→並んで座り、瞼を冷たい布で冷やしながら、セオに絶対の忠誠を誓う、というループが、最後のひとりまで行われたのである。

 特に、セオと共に肥料の研究をしていた庭師たちは、その場に膝をついて泣き崩れるありさまだった。

「ぞんなずばらじいげんぎゅうをごいっじょできるなんで、いっじょうのたからです!」

 と、子どものようにわんわん泣いた。


 結局、その日はみな仕事にならなかったので、「できることは明日で構わない。しかし、きっちり責任を持って終わらせること」というジョンのお達しがあった。

 みな、酒を飲んで騒ぎたい気持ちはあれど、早めに休んだ。そして、翌日は早朝から張り切って働いたのだった。

 

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