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14、セオの目指す未来

 肥料の件は、それだけでは終わらなかった。

 数日後、庭師たちとの打ち合わせを終えたセオは、ジョンを呼び出してこう言った。

「今年の冬から、希望者に肥料を売ろうと思ってるんだ。だから新しく『お抱え』の商家を作ろうと思って」

「そうなのですな」

 ジョンは、少し複雑な思いでうなづいた。

 『お抱え』というのは、貴族の直轄の商家のことだ。


 肥料は革命的な発明だ。

 貴族がこういった商品を発見した場合、『お抱え』の商家を作り、裏ルートで他国に売るなどして、売り上げはポケットマネーに入れるのが普通だ。個人の収入となるので、領地にも還元されない。

 優しいセオならば、肥料を無料配布するかと思っていたジョンは、少し残念な気持ちで、渡された「商家届出書」に目を落とした。

 「商家届出書」とは、その名の通り、新しく商売を始めるうえで必要な書類だ。

 代表者は庭師のひとりの名前だった。ということは、セオ個人の収入にはならず、領地の収入になる。

 セオのポケットマネーだと、父親に知られた時に面倒なことになるからだろうとジョンは検討づけた。

 書類を読み進めていくと、売り上げ予想、原価率等に基づいた販売価格が記入されている。

 それを見たジョンは、大きく目を見張った。


「セオさま、こ、この販売価格は…!」

「え、そんなに高い?これでも庭師といっしょにぎりぎりまで値段をおさえたと思うんだけど」

「違います、逆です!安すぎます!!」

「うん、格安にしたんだ」

 販売価格は、ジョンが予想していたより一桁少なかった。反面、販売数はかなりの数を見込んでいる。

「しかし、こんなにすぐ売れるものでしょうか。肥料は、先日までこの世になかったものです。存在が浸透するまで時間がかかるのではないでしょうか?」

「そうかな。視察に行ったエハイルは、あの後、腐葉土実際に使って効果が実感できたみたいだし、その地域周辺は肥料の効果を知ってるよ。確実に買ってくれるんじゃないかな」


 先日、視察に行った役人に、ジョンがエハイルのその後を聞いてみたのだ。

 村人は、だまされたと思ってやってみるかと、いくつかの畑に適当に腐葉土を混ぜてみたらしい。

 そうしたら、たったそれだけのことで作物が早く大きく育ち、効果を実感した。

 肥料の効果を理解してくれているなら話は早い。

 きっと肥料の購入にも積極的だろう。

 エハイルとその周辺は、領地の中でも中心的な農村だ。その地域が多く買ってくれたとしたら、初年度からかなりの額の売り上げが見込めるだろうと、セオは思っている。


「それに、みんな、安くて新しいものは試してみたいよね?それで効果があったら、次の年は買ったひとが買ってないひとにおすすめしてくれると思う。一度買ってもらえたら、毎年買ってもらえるようになると思うし、来年はわからないけど、再来年は来年の三倍は売れると思うよ」

「ーーーそこまでの想定をされているので、このお値段なんですね」 

「うん。それでも、農家によったら買うのが難しい経済状況かもしれない。そういう人たちには、貸しつけも考えてるよ」

 お金がなくて肥料を買えない→肥料を買った周りは収穫量が上がる→自分のところの収入は変わらず生活が苦しいままで辛い、という負のループにならないように。

 希望者には、肥料代を一定額まで前借り可として、その年の秋に返金してもらう仕組みも作る予定だ。

 もちろん利子は取らない。


 

 次から次にぽんぽんでてくる案に、ついていけなくなって頭が痛くなってきたジョンは、そっと額に手をやった。

 セオは、まごうことなき天才だ。

 凡人なジョンの思考は、時折追いつかないことがある。

「だいじょぶ?」

 しかし、そんなジョンを心配して小首をかしげるセオは、年相応にかわいらしい。

 ジョンは、深呼吸をして自分を落ち着け、セオに先を促した。


「あとね、裏の畑はね、このまま肥料の研究をするのに使わせてもらいたいんだ。ぼくが考えてるのはふたつ。まず一つ目は、果樹や花に特化した肥料を作ること」

 前世のおぼろげな記憶では、野菜と花等につかう肥料は、少し種類が違ったように思える。土に栄養を与えるという意味では同じだろうが、より特化したものを作りたいのだ。


 目的は、この領地でしか育てられない花や果樹の生産性を増やすことだ。

 現在も作って他領や他国に出荷しているのだが、需要に対して供給が追いついていない状態だ。

 専用の肥料を導入することで生産性があがれば、値段も下げざるを得ないだろうが、安定供給ができるし、取引先も拡大できるかもしれない。

 せっかく輸出入に便利な河川があるのだから、もっと拡大していきたいとセオが説明すれば、ジョンも「それはいいですな」とうなづいた。


「でしょ?あともうひとつはね、畑用の肥料の改良を続けて、いろんな種類の肥料を作ることなんだ」

「いろんな種類、ですか?」

「うん。前に地理の勉強をしたときに、ほかの領地には、雨がたくさん降ったり降らなかったり、寒かったり暑かったりするところがあるって言ってたでしょ?たくさん肥料の種類があったら、今まで畑が作れなかった場所にも畑が作れるようになるかもしれない」

 そういった所では、他に特産物はあれど、食糧問題がさらに深刻だ。そういったところにも肥料を届けたい。


 しかし、ジョンは、目が点になった。

「待ってください。セオさまは、他領にも肥料を輸出するおつもりなのですか?」

「そうだよ?」

「それよりは、公共事業としてうちの農地を広げ、できた作物を出荷するほうが収入につながるのではないでしょうか?」

 他領全体の収益が上がるより、自領の生産性を高めて作物として出荷したほうが収益になるだろう。

 そう思ってのジョンの言葉に、セオはキョトンとした後、首を振った。


「ちがうよ、ジョン。ぼくが肥料を広めたいのはね、みんながおなかいっぱい食べられるようになってほしいからなんだよ。だから、ほかの領地にもぜったい必要だし、安く売るの」

 視察に行ったとき、セオは思った以上に民の暮らしが中世なことに驚いた。

 まずは生活水準をあげることが必要だと思ったのだ。

「たしかに領地の収入はだいじだよ。でも、それいじょうに、ほかの領地の人たちも、おなかいっぱいで元気でしあわせだなぁって思えるようになってもらいたいんだ」

 肥料を使うことで今までより収穫量が増え、多少天候が崩れても、毎年安定的に収穫できるようになる。

 つまり、より安定した収入が見込めるようになるのだ。

 そうなると、暮らしの目安が立てやすくなり、毎日に余裕ができる。

 作物の余剰分は、市で売ることもできるだろう。

 そうすると市が賑わい、町の人も新鮮な農産物が手に入る機会が増える。きっと屋台も増えるだろう。農民は貨幣を手に入れ、肉や魚など、いつもは食卓に出ないおかずが買えるかもしれない。


 逆に言うと、肥料を使った収穫量などその程度なのだ。

 だからセオは増税するつもりもないし、もし他領に肥料を輸出する時が来ても、「肥料を使うことによる増税はしません!」という一筆を領主に書いてもらおうと思っている。

ーーーまぁ、肥料の改良には時間がかかるし、そんな未来がくるまでには、あと数年かかるだろうが。

 


「ーーッ、なんと…!」

 セオの確固たる決意に、ジョンは、熱いものがこみあげてきた。

 セオは、庶民の生活を知った時、貴族である自分の生活との違いを知って驚いていた。きっとその時から、「なんとかしたい」という思いがあったのだろう。

 それ以降、庶民についての授業をなくしたのは、庶民に同情しすぎるのが良くないと思ったからだ。

 セオは優しくて素直で、特権意識などほぼ持っていない。

 しかし、今のままだと将来、社交場で他の貴族につけいられ、悪く言われ、セオが苦しむ可能性も考えられる。

 貴族には貴族の付き合いと考え方があるからだ。

 だから、貴族らしい考えなども多く授業に取り入れたのだが、セオの考え方の根底は変わらなかった。

 だが、とジョンは思う。


 考え方を変えれば、今のセオだからこそ、「みんながおなかいっぱい食べられるように」と、肥料を広く活用する方法を考えることができたのだ。

 他領にも輸出し、民にも肥料のことが多く知れ渡るようになれば、それがブライアント侯爵家の発祥だということも噂されるようになる。

 きっと民も他領の領主たちも一目置くはずだ。

ーーーその手柄が、王都にしかいない現在の当主でないことはあきらかなので、誰が暗躍しているかは、分かる人には分かる。

 そうすれば、誰もセオのことを悪く言うものはいないはずだ。味方が増えれば、守ってくれる人もいるだろう。

 

 ジョンは決めた。

 これからは、貴族らしくないセオが、セオのままで生きていけるよう、全身全霊を持って支えることを。

 改めて、素晴らしい主人に仕えられることを誇りに思う。

 ジョンの涙腺は、感動に耐え切れず決壊したのだった。

 

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