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13、肥料の研究

 セオが今回、「特に農村部の視察に行きたい」と言ったのは、理由があった。

 過去の農村部の経済的なデータを見る中で、豊作と凶作の年の差が激しいのがひとつ。

 ジョンに聞いても、「天候に恵まれない年はありますからなぁ」と言うだけで、明確な理由は分からないという。

 この世界には温湿度計がなく、紙も貴重なため、天候のデータをとっているわけもない。

 だが、セオが知る限り台風が来たことはないし、死にそうに暑かったり寒かったりすることもない。雨だって豪雨はなく、時折十分な量が降っているように思えた。

 この領地は植物を育てやすい環境なのだ。


 だから、天候以外にも作物が育たない理由があるのではないかと思い、庭師たちの作業を見てみるようになった。

 そして、肥料が使われていないことに気が付いたのだ。

 さりげなく聞いても、土の良し悪しはもちろん、土に混ぜる栄養は知らないという。


 セオは、もしかすると農村部でも同じかもしれないと思った。

 土が痩せているのに毎年同じように植え付けを行うから、ちょっとしたことで不作になる。なにも要因がなかったら、ちゃんと育って、それが豊作と思われているだけなのではないかと。

 だから、農村部の畑を見たかったのだ。

 肥料は使われていないのか、使っているならどのようなものを使っているのか、どの程度知識があるのか知るのが目的だった。

 本当は、ある程度の知識があるなら品種改良なども検討しようかと思っていたのだが、まだ準備段階もできていない状態だった。


 帰りの馬車の中で、セオは、うとうとしながら考えていた。

 かくなる上は、試してみるしかないだろう、と。



「おかえりなさいませ、セオさま。ご無事に帰られて何よりです」

 帰宅後、帰ってきたセオを出迎えたジョンは、感慨深いものを感じていた。

 家に戻ってきた主を出迎える。

 家令として当たり前のことが、初めてだったからだ。

 しかし。

「ただいま、ジョン!そういえば、庭に畑ってあったっけ?」

 その言葉に、ジョンの感慨深さは吹き飛んだ。

「ーーーございません。貴族の屋敷には、必要がありませんので」

「そっか。今日の視察でね、畑に栄養が必要なことをみんな知らなかったんだ。肥料があると、生産量が増えるから、研究してみたいんだ。庭園の奥に畑をつくってもいい?」

 あえて「貴族の屋敷には必要ない」と言ったジョンをスルーして畑を作りたいというセオ。

 ざっくりとした説明で、「畑に必要なヒリョウとやらを作りたい」と理解したジョンだが、即答はできない。


「…きゅうに言っても、だめだよね」

 黙っていると、セオはちょっとしょんぼりして、何か考えているようだった。

「どうしてもむりなら、どこか別のところでもいいよ!でも、見に行きたいから、できるだけ近くがいいな」

 一瞬、あきらめるかもしれないと思ったが、そんなわけがなかった。

 目を一度閉じ、ため息をかみ殺したジョンは、しかたなく譲歩する。

「……庭師に、どこか土地が使えるか確認してみましょう。庭師がだめだと言ったら、別の土地を用意します」

「ありがとう、ジョン!」

 大喜びのセオに、ジョンは頭を抱えそうになった。

 どこの貴族の庭に、畑があるというのか。

 そして、それを作るよう希望したのが、当の貴族本人だと、誰が思うだろうか。

 レオンに報告するネタがひとつ増えたと、ジョンは遠い目をしたのだった。



 それからすぐに、表からは絶対見えない奥庭に畑が作られた。

 セオは、前世の記憶をふり絞って思い出した数種類の肥料を、畝ごとに種類と濃度を変えて作物を植える計画を立てた。実践したのは庭師たちだ。

 セオは天気と体調がいい時に様子を見に行き、土のふかふかさ加減を確認した。そして、庭師たちに「いい土」について伝える。

 その効果は、ひと月も立たないうちに現れた。

 肥料を混ぜたほうが、より早く大きく育ったのだ。

 同時に、虫や雑草が多くなったりしたが、

「それはいい土ってしょうこだよ。虫も草も、いい土が大好きだから」

 とセオが説明し、害虫を駆除し、雑草をこまめに抜くことで解決したのだった。



 三月後、初めて肥料を使ったイモが収穫された。

 掘ってみた庭師たちは驚いた。

 実が大きく育ち、たくさん生っていたからだ。大収穫だった。

 特別にみなで味見をすることになり、特に大きなものはシンプルにじゃがバター。ほかにも、シチューやパイなど、料理がたくさん用意された。

 使用人たちといっしょに食べるのは初めてで、セオは大喜びだ。

 「おいしいね!」と笑っていつもよりたくさん食べるセオに、ジョンはやっと、畑を作ってよかったと思ったのだった。

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