12、はじめての視察へ②
「みんな、ほんとに知らないのかなぁ?」
「それでは、村人に聞いてみましょうか?」
「うん」
護衛は、近くの村人を呼び止め、話をしたいと伝えた。怪しんでいる。どこの村もだが、知らない者に対する警戒は強い。
「お仕事中失礼します。えぇと、こちらでは、ふよーど?を作ってるんでしょうか?」
「ふよーどぉ?なんだべ、それは」
「やはり、あれは違うそう…違うって」
敬語でセオに話しかけそうになった護衛は、慌ててごまかした。
「…そっか。おじさん、あれは子どもが遊んだ跡なの?」
「落ち葉け?そうだ。落ち葉は邪魔だけん集めるのは子どもの仕事だ。好きに遊んだ後は、そのままたい」
「…そっか」
「で、そのふよーどはなんなんだべ?」
「見に行く?」
「だめで…だめだよ。馬車から離れてはお嬢様が心配される」
「だいじょぶだよ。入口までだから、馬車からも見えるよ」
セオはにこにこしながら言うが、大丈夫ではない、と護衛は心の中で思った。
メイは怖いのだ。
護衛は剣技を学んであらゆる強者とも戦ってきたが、なんというかメイはそういったのとは違う怖さがある。
この世には逆らってはいけない人がいると学べたのは、過去に思い上がっていた自分にとってはいい経験だったが、村人だけでの接触でも気をもんでいるだろうに、林に行くことになったら、後からシメられるのは明らかだ。
だが、時すでに遅し。
「ちょっとだけ」とセオが歩き出してしまったのだ。
こうなれば、ついていくしかない。
護衛を真ん中にして、右手に村人、左手にセオという順で雑木林まで歩いて行ったのだった。
同中、護衛は、「とある研究で、作物にはヒリョウというものが大切だと分かった。腐葉土はその一種で、落ち葉の塊からできるらしい」と村人に説明したが、うさん臭そうだ。
それはそうだ。
自分も農民だったが、そんなことを聞いたら同じことを思うだろうから。
雑木林の入口につくと、そこにはかなりの量の落ち葉があった。
セオが近寄って確認しようとすると、護衛のストップが出た。離れた場所で護衛に山を崩してもらう。
少し待って、安全が確認できたようで、許可が出た。
外側は葉の形が残っていたが、中は良い感じに発酵が進んだようで、黒い粉末状になっている。
「ほら、ちゃんと腐葉土になってるよ!この黒いところは、元は落ち葉なんだけど、冬の間に見えない生き物が栄養にかえてくれたものなんだ。畑に混ぜたら、土が元気になる。そしたら、作物も元気になるんだって」
「…坊、どこでそんなん習ってん」
「遠くから来た人に聞いたんだ。いい土は茶色いんだって。でも、ぼくも知ってるだけで、どれくらいこうかがあるかわからないんだ」
「そうか。土に混ぜたらいいんか?」
「うん!ふかふかな土がいいんだって」
「そうか。ありがとな、坊」
かがんだ村人はセオの頭を撫でようとしたが、その前に護衛がすっと間に入る。
何事か察したのか、それ以上は何も言わず、村人は皆のほうに戻っていった。
セオたちも馬車に戻ろうと振り向いたが、その瞬間、護衛は、「失礼します」とセオを抱きあげた。
そのまま、振動を与えないように小走りに馬車に戻っていく。
その顔色が白いのは、馬車の窓に黄緑色のドレスが見えたからだ。それに、もう一人の護衛も早くという風に手を降っている。
もしかしなくても待ちかねている。護衛はできるだけ急いだ。
どこか緊張をはらんでいる護衛に、メイが怒ってるかもしれないと、セオもドキドキしてきた。
危ないことはしないと言っておきながら勝手に馬車から離れたし、見知らぬ人とも接触を持ってしまった。
メイからすれば、約束が違うとハラハラしたのではないだろうか。
セオは、馬車についた瞬間謝ろう、と心に決めたのだった。
馬車の中に入ると、やはりメイが待ち構えていた。
「メイ、心配かけてごめんね!ぼくは元気だし、こわいこともなかったよ。あのね、腐葉土を見に行ってたの!」
セオは、わたわたと話し、メイは素早くセオの全身と体調を確認し、特に変わりがなかったため安堵したようだった。
「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです。ふよーど、とはなんでしょう?」
メイの返しはいつもと同じで、セオはどうやら怒っていなかったようだと安堵しながら説明した。その間、セオは着てきた服に着替えさせてもらう。
一方で、二人の護衛たちは、メイの背中から冷たいオーラのようなものを感じていた。おそらく、セオの行動を止められなかったことにたいしてだろう。
同行した護衛は、冷や汗が伝うのを感じた。
しかし。
「あのね、護衛がちゃんと守ってくれたからだいじょぶだった!」
と、セオが褒めてくれたものだから、メイの責めるオーラは霧散し。
こっそり深い息をはいた護衛は、かばってくれたセオに感謝したのだった。