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11、はじめての視察へ

 当日。

 視察のために用意された馬車は、市井で使われるのと同じものだった。

 屋敷に専用の馬車はあるのだが、腐っても領主。家紋も入った華美なものなので、お忍びには向かなかったのだ。

 メイは、クッションやら上掛けやらを山程持ち込み、いつでも横になれるようにした。なにかあった時のために薬も用意している。

 最後の荷物チェックしているメイは、それなりに生地のいい、淡い黄緑のドレス姿だ。髪も結い上げられ、しっかり化粧もされている。

 美しく、気品がある。本当に商家の娘と言っても、みな信じてしまうだろう。

 無事当日の体調チェックをクリアし、馬車にやってきたセオは、大変身したメイを見て目を見張って、パチパチと拍手をした。

「メイ、すごくかわいい!とっても似合ってるよ!」

「ありがとうございます」

 手放しで褒めてくれるセオに、メイの口元も緩む。

 と言っても、メイを大変身させたのは、同僚のメイドだ。

 メイはおしゃれに興味がないため、髪とメイクに小一時間かかかる意味が分からず、若干不機嫌だったのだが、そんなこと頭から吹き飛んで、同僚に感謝していた。

 メイの基準はどこまでもセオで、ブレないのだった。


 全員が乗り込むと、いよいよ馬車が走りだした。

 この世界で乗り物に乗ったのが初めてなセオは、「うわぁ、すごい」と声をあげた。

 馬車はスプリングが効いていて、意外に揺れない。

 セオは夢中になって、窓から外を眺めた。

 仮にも領主邸があるのは、領地の中で最も栄えている街だ。

 建物はレンガ造りで、人通りも多い。

 それが、三十分もすると、木造の建物が目立つようになり、人通りもまばらになっていく。 

 見かける人の中には痩せていたり、ボロや作業着を着た子どももいた。

 ちゃんとした生活ができているのか、食べれているのか不安になる。

 セオは、改めて領民の生活が改善できるようにしたいと考えたのだった。

 やがて舗装されていない道路に入ると揺れが酷くなり、セオは諦めて横になった。

 クッションがたくさんあって、横になると快適だ。

 うとうとしていると、馬車が止まった。

「エハイルに着きました。セオさま、お加減はいかがですか?」

「だいじょぶだよ」

 通常運転のメイに、起き上がったセオは伸びをしながら答える。

 窓から外を見ると、畑が広がっており、近くにいた数人が、なにかあったかと集まって来ている。

 御者が打ち合わせ通りのことを伝えるのに、時間がかかるだろう。


 その間に、セオは子どもの従者が着ているような服に着替えさせてもらった。顔と手足も少し汚して、髪も乱す。

 どうしてわざわざ使用人の格好をしなければならないのかと、メイは複雑だ。

「メイ、どしたの?ぼく、使用人に見えない?」

 一方で、セオが気にしているのは、ただ使用人に見えるかどうかだった。

「いえ、変装は完璧でございます。…その、セオさまはお嫌ではないのですか?

 普通の貴族なら、「庶民の服が着られるか!」と激高する場面だ。

「この服?ぜんぜん!窮屈じゃないし、だいじょぶだよ」

 だが、セオはそう言ってにこにこしている。

 とことん、普通の貴族と価値観が違っているのだった。



 着替えが終わってしばらくすると、御者の説明が終わったようで、外に出る許可が降りた。

「セオさま、どうか危ないことはなさらないでください。体調がよくないと思われた時は、すぐに戻って来てくださいね」

 よほど心配なのか、メイの確認はこれで3度目だ。

「分かった、だいじょぶだよ」

 そう答えたセオは、使用人の服を着た護衛と一緒に馬車を降りた。護衛は、屋敷一の手練れだ。一見分からないが、服の中に暗器を山程しこんでいる。


 御者は、畑のすぐ近くに停めてくれていた。

 小川をはさんで左手に雑木林があり、右手に畑が広がっていた。村人たちがクワをふるっている。

 温かくなってきたので、これから畝を作るのだろう。

 エハイルでは、春はイモを植えるところが多いそうだ。


 セオは、馬車近くの畑まで行き、しゃがんで土を触ってみた。少し固くて、色も薄い黄土色だ。

 前世の記憶を朧気に引き出してみるが、畑の土は柔らかくて、土の色ももう少しこげ茶色だった気がする。

「つち、やせてるね。」

「え、なにが痩せてるんですか?」

「土だよ。ぱさぱさしてるし、色もよくないでしょ?」

「そんなこと、初めて聞きました。痩せているということは、土も肥えるのですか?」

「うん。肥料とか使うでしょ?」

「ひりょー?とはなんでしょうか?」

「畑にまく栄養だよ。知らない?」

 お互い疑問符をつけながらの不毛な会話が続いた後、セオは収穫量に差がある原因を聞いてみた。

「天候ですね。雨がいかにちょうどよく降ってくれるか、暖かな日が続くかで収穫量が違ってきます」

 という返事だった。


 土壌が豊かでないと作物も十分育たないという知識も、肥料という概念もないとは思わなかった。

 だって、と思ったセオは、雑木林に目を移す。

 あそこの入り口には、落ち葉の塊があるのだ。

 あれは、腐葉土を作るつもりで置いているのではないのだろうか。

 護衛に聞いてみると、「あれは、秋に子どもが落ち葉を集めて、上に布をかけて飛び乗るという遊びをするんです。それの残骸だと思います。俺もよくやりましたよ」という返答だった。

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