9、初めての授業
熱は三日後には完全に下がったが、それから三日経っても起きてもいいと許可がでない。
もう熱もないし、自分でトイレも行けるようにもなった。大丈夫だと訴えるが、みな過保護モードだ。
せっかく戻った体力がまた落ちてしまう。
そう必死で訴えて、ようやく短時間なら室内を散歩できるようになった。
そして、起きてもいい許可がでたのは、一週間後のことだった。
「今日から、少しずつ勉強をしていきましょう」
ジョンがそう言ったのは、さらに一週間経ってのことだった。
暇を持て余していたセオは、やっとかと喜んだ。
「はやく勉強したい」と訴えていたのだが、「熱が下がられたばかりです。知恵熱を出すといけませんし、もう少し先にしましょう」と言われ、なかなか始まらなかったのである。
自室の机に初めて座った。前には、ジョンが立っている。前世の学校みたいで、セオは懐かしくてワクワクした。
「まずは、基本的な読み書きと計算を学んでいきましょう」
そう言って配られたのは、薄い教科書二冊だった。表紙にはカラーで絵が描かれていたが、印刷ではなく直接描いているらしい。
この世界では、紙は割と貴重だ。だから本も少なく、識字率も低い。教育は、家庭教師を雇うなどして受けるもの。つまり、裕福な商家や貴族の特権となるらしい。
わくわくしながら教科書を開いたセオは、首を傾げた。
どう見ても、書かれているのは日本語のひらがなだ。
教科書をめくっていくと、イラストとともにカタカナやら漢字も出てくるが、小学校一年生で習うような簡単なものだ。
導き出される結論はひとつ。
この世界では、日本語が使われている。
そういえば、最初からみなと日本語でやりとりをしていたし、日本語で書かれた物語なのだから、母国語に違いないのに、なぜ勘違いしていたのか。
それは、みなの見た目と名前にある。
目鼻立ちがはっきりしており、みな美形なのだ。
髪と瞳の色もカラフルで、背が高く、手足もみな長い。
それにきて、表記はカタカナで、前世では海外で使われる名前だ。
勘違いしても仕方ないと思う。
「どうなさいましたか」
目を輝かせて教科書をペラペラめくっていたセオが、すん…となったのを不思議に思ったジョンが聞く。
どうしようかと思ったが、もう片方の冊子もペラペラとめくり、足し算引き算程度であることに気づいたセオは、直接言うことにした。
「耳貸して」
ジョンが耳を寄せると、セオは、小さな手でジョンの耳もとを隠しながら小さな声で話す。
「あのね、両方、分かるよ」
セオは、一番最後のページを難なく解いてみせた。
「夢で教えてもらったみたい?」
困ったように話すセオに、言わなくても大丈夫だと、ジョンは頷く。
「ですが、困りました。今のところ教科書はこの2冊しかないのです。今から難しいものを取り寄せるとなると、 2週間はかかってしまいます」
「じゃあ、ジョンが知ってる、僕に大事だと思うお話をして」
「分かりました。それではまず、この国についてお話しましょう」
今度こそ、セオはわくわくしながら聞くことができた。
簡易に書いてくれた地図によると、この国は、大きな大陸の右端に位置しており、できて五百年ほど。
南北に広く、楕円に近い形をしているらしい。
ブライアント侯爵家は、その中央辺りに位置している。大きな河川が流れており、北部にある王都と南部の中継地点にあるため、交易もしている。立地的に恵まれているらしい。
現国王は、善政を敷いており、国民から人気があるそうだ。王妃はふたりめの王子を産んだ後、亡くなったが、後妻は迎えず今に至っているとのこと。
ふたりの王子について。
上は八歳。才色兼備で将来有望な皇太子だと言われている。下は、少々やんちゃで五歳らしい。
「お二人ともお年が近うございます。特に、下の殿下はセオさまと同い年ですからな。もしかしたら、お会いすることもあるかもしれません」
「…そっかぁ。王子さまとかと会うのは、緊張するからやだなあ」
だって、物語だと王子は揃って主人公の味方なのだ。まず会いたくない。
ーーーあれ?とセオは思った。
物語では、「腐敗した国を憂いて」主人公が立ち上がったからだ。善政を敷いているなら、腐敗しているはずがない。
さりげなくジョンに聞いてみても、特に反応はなかった。つまり、現段階では健全なのだろう。
あと十年あるから、これからなにか起こってしまうのかもしれない。
そんなことを考えていると、初授業は終わった。
新しい知識を得るのは久々で、楽しい時間だった。
夢中になってオーバーヒートしそうになったのが分かったので、セオは保冷剤をまいた布で頭を冷やしながらベッドに横になった。
物理的に頭を冷やし、何も考えず眠ることで、考えすぎて熱が出ることは減っているのだった