0、プロローグ
セオドア・ブライアントは、侯爵家の跡取りとして生を受け、毎日大好きな肉と甘いものをたらふく食べ、幸せに生きていた。
しかし、五歳になったある日。
セオドアは、唐突に、この世界を「知っている」ことに気がついてしまった。
「知っている」のは、自分以外の誰かだ。
それを自覚した瞬間、セオドアは意識を失った。
「人に迷惑をかけてはいけない」
「命はみな平等」
小さな脳に、21世紀の日本で暮らしていた、平凡な読書好きサラリーマン、瀬央の常識や知識が押し入ってくる。
世界で一番偉いと思っていた子どもは、今までの自分の振る舞いを自覚し、どんどん小さくなっていく。
瀬央は困っていた。
気づいたらセオドアの頭の中だっただけで、乗っ取るつもりはない。
しかし、ここにいるということは、これからは自分がこの子にならなくてはいけないのだろう。
それだけは分かった。
『ごめんね。君の分もがんばるから』
そう声をかけると、セオドアはゆっくりと首をふる。
そしてとうとう、「これだけは」という小さなかけらをぎゅっと抱きしめると、きれいさっぱりいなくなってしまったのだった。