第8話 昇格!
俺たちはギルドへと戻ると、すぐに受付で討伐報告を行った。
「地下倉庫の魔物は討伐しました」
「お疲れ様です、それでどうでしたか?」
「D級以上はありました、でかいスライムで腕を生やして目が沢山ありました」
「......なるほど」
「依頼主のポルズ曰く、地下倉庫には先祖が魔族と戦争した際の何かが眠っているらしい。それが影響していた可能性があるとか」
「本当にありがとうございます、報酬の増額分は後日、依頼主からこちらに渡されるはずですのでしばしお待ちを.......とりあえずこれが報酬です」
報酬を受け取ると、さらに受付嬢は別の書類を取り出した。
「そして、ハルフミさんにイグリアさん」
俺たちの名を呼ぶと、彼女はにこりと微笑んだ。
「今回の討伐、そして先日のドルガー捕縛の功績を考慮し、ギルドより正式にD級への昇格が認められました」
「おお、マジか」
「当然の結果ね」
イグリアはどこか誇らしげに胸を張る。
「おめでとうございます。今後はD級の依頼も受けることが可能になります。より責任ある仕事となりますが、どうかご精進ください」
「ありがとう!」
ギルドを後にした俺たちは昇格祝いを行おうと考えイグリアの好物の一つケーキを買い込む事にした。
「これ一つで銅貨3枚......高いけど、今だけは良いよな」
「良いわよ」
「D級になったんだから、依頼で稼げる額は多くなるしな......俺も食べよ」
「因みに森の時の貸しの分がまだ全然残ってるから、忘れないでね」
「ごふッ!?、まだ貸し残ってたのかよ!」
「当然よ」
――忘れてた。
■
夜、宿屋。
「あー俺の剣、ダメになってそう~」
剣がボロボロになってしまっているあの異形スライムの粘液の所為だ、絶対。
「武器が必要なのも大変ね、私はツメだから楽々」
「羨ましい、俺もツメとかで戦えたら良いのに」
「ハルフミは竜じゃないから無理でしょ」
「イグリアも見た目は人間の少女なのにな......」
――ふと考える。
イグリアの攻撃手段のツメ以外にあのブレスも強力だった、なのに今まで使ってこなかった、あの異形スライム戦でさえも出し渋っていた。
単にブレスが不要だっただけならいいが、あの時はあれが決定打になって勝つことが出来た。
「なに?」
気配に気づいたのかイグリアが不思議そうにこちらを見ている。
「いやちょっと気になってな、イグリアはあまりブレスとか技を使ってない気がして」
イグリアは視線を外し、髪を指先で弄ぶ。
「今まで使う必要なかったからでしょ」
「そうかもしれないが、何だか気になって」
「......」
「ブレスを使うのを躊躇ってたんじゃないかなってさ」
イグリアの動きが止まった......そしてため息をつくように言った。
「......考えすぎ、ただ魔力の消費が激しいから節約してるだけ......私、もう寝るから」
それ以上、話すつもりはないらしい、無理に聞き出すのは良くないだろう。
「わかった、でも、何かあったら教えて欲しい」
「......」
「......あー、俺も眠いから寝るわーお休み!」
■
ふと目を覚ましてしまった。
室内は静まり返っている、夜の冷えた空気が妙に肌に馴染んで寝返りを打ちながらぼんやりと天井を見つめていると、あることに気づいた。
「......あれ?」
——イグリアがいない。
「ッ!」
飛び起きる。
「ど、どこに行ったんだ!?」
室内を見回す。彼女の寝床はもぬけの殻だった。
荷物はそのままだが本人の姿がない。
「まさか、また誰かに捕まったか!?」
慌てて外へと出て宿屋の階段を降り、通りへと足を踏み出すと——
何処だ、何処に――
「――いた!」
路地の影でイグリアが見知らぬ誰かと話していた。
月明かりの下、外套の裾が静かに揺れる。
黒い角、鋭い目、ただ者ではない気配を放つ男とイグリアと向かい合っている。
「イグリア!」
咄嗟に声を張り上げていた。
その瞬間、イグリアがこちらを振り返る。
「――ハルフミ!?」
イグリアと男の間に立つ。
「ハルフミ落ち着いて、彼はザディオ、私の知り合いよ......魔界の頃のね」
「......」
男、ザディオは俺に近づいて来る。
「そうか、お前がイグリアの契約者か......」
「......だったら何だ」
ザディオは近づいて来る。
「イグリアと契約した割には......大したことなさそうだ」
挑発的に笑うザディオ。
「――丁度良い、試してやろう」
そして足元から、微かに黒い靄が立ち昇る。
「――ザディオ、やめなさい!」
イグリアの静止を無視して霧は刃物の形状へと変化して、俺の周囲を舞い始めた。
「『影剣』」
カキンッ
「ッ」
飛んでくる剣に俺は弾く。
「――目的は何だ!」
「お前が気に入らん」
「なに?」
「イグリアはこんな所にいて良い魔族ではないのだ、それをただ人間のこんな弱者の従魔だとは......嘆かわしい!」
影の剣はさらに舞い始めて俺を包囲してくる、不味いこれ以上は捌き切れない!
「――ザディオッ!」
名前を呼ぶ声には、怒気とも悲鳴ともつかない魔力の震えが混じっていた。
イグリアは駆ける――
イグリアはザディオ目掛けて駆け寄ってツメでザディオへと襲い掛かるがザディオは地面から突き出た影でそれを防ぐ。
「ッ......」
「やはり変わらんッどれだけ取り繕おうとな!」
イグリアは続けてブレスを放つ、黒炎の息吹だ。
「それを至近距離では避けたい所だな!」
ザディオは後ろへと下がり、しばしの沈黙が生まれると――
「――貴様ら、何をしているんだッ!」
兵士の声が聞こえ始める。
「騒ぎ過ぎたか――まぁ良い......今日の所はこの辺にしておこう、また会おう、イグリア」
「待て!」
「お前も気を付けた方が良い、イグリアは人間が御せる様な存在ではないのだからな!」
ザディオは地面の中に溶ける様に消えていった。
「俺たちも逃げないと――」
■
俺たちは路地裏を駆け抜け、人気のない広場の外れに身を潜めた。
「はぁはぁ......兵士たちは撒けたか?」
「た......多分」
「何度も兵士の世話にはなりたくないからな」
イグリアは息を整えながらも、どこか気まずそうに視線を逸らしている。
「さっきのザディオって......」
「昔の知り合いよ」
イグリアはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「貴方が眠った後に接触してきたのよ、話があるって」
「部屋の中に現れたってことか?」
「そう」
怖、しかしそんな事が出来るというのは脅威だ。
「王都に入った時に感じた視線もきっとザディオね、最初は確証がなかったから接触して来なかったみたいだけど」
ドルガーの事件でイグリアの確信したって事か。
「なんでイグリアに接触してきたんだ?」
「......きっと......今の私が気に入らないのね」
イグリアは続ける。
「力をコントロールできなかった私が魔界の頃に出来たのは破壊だけ......でもそれをザディオは評価してたみたいね、魔界でも同じように絡んできた」
「力のコントロール......」
「――そうよ、私は自分の力をコントロールできない......危なっかしい魔族よ」
それだけ言うと、イグリアはそっと黙り込みそれ以上、何も語ろうとはしなかった。
けれど――
「でも、それでもさ、今のイグリアは出来る範囲でも俺の為に戦ってくれてた、今まで避けてたブレスだって吐けただろ、あいつが好き勝手言おうが今のイグリアの事なんて知らない」
白い髪に赤い瞳が俺を静かに見つめてくる、そうじっくりと見られると少し照れて来る。
「......と、とにかく、俺は今まで通りイグリアを信じるって事が言いたいだけ!」
「......ふふ」
笑いやがった。
「......もう帰ろう、お互い疲れただろ」
「......えぇ、そうするわ」
こうして二人で宿へと帰っていった。
■
翌朝――
昨夜の騒ぎも何とか収まって宿屋に戻ってからは何事もなかったかのように朝が来た。
「全然休めなかった......」
「最近、戦いが続いてるものね」
「戦いっていうか、色々と濃すぎんだよ......」
軽口を叩きながらいつものようにギルドへ向かっていた。
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